第五篇 失敗作の指
――『亡国の侍 異世界転移譚』第五話「三代の鍛冶師」連動
ティムは、失敗作の指を一本、屑鉄箱から拾った。
指に見えただけで、本当に何の部品かは分からない。
細長い真鍮片へ、同じ間隔で小さな刻みが入っている。片側には革を留めた穴。もう片側は熱で溶け、黒く丸まっていた。
屑鉄箱の中では、それだけが妙に整っていた。
「手が止まってるぞ」
ガルドの声が飛んだ。
ティムは反射的に真鍮片を袖へ隠した。
フェーン工房では、火を入れる前に屑を分ける。
鉄。
銅。
魔石を含むもの。
含んでいたかもしれないもの。
最後の二つを間違えると、炉が割れる。
今日から工房へ入ったティムが、最初に任された仕事だった。
「今のは何だ」
「何でもありません」
「何でもない物を隠すな」
ガルドが手を出す。
ティムは観念して真鍮片を載せた。
現工房主は、刻みを一目見るなり眉を寄せた。
「それは溶かさない。戻せ」
「屑ではないんですか」
「屑だ」
「では、なぜ」
「面倒だからだ」
答えになっていない。
ティムが箱へ戻そうとすると、別の手が横から奪った。
「懐かしい」
若い女鍛冶師――シュミだった。
刻みへ爪を当て、一つずつ数える。
「まだ残していたの」
「捨てると、親父が拾う」
ガルドが工房の奥を見た。
引退したはずのゴラムが、炉の脇で茶を飲んでいる。
「捨て方が悪い」
老人は言った。
「見つかる所へ置くから拾われる」
「見つからない所へ置けば、捨てたことにならないだろう」
「だから閉じ込めて伝わるものなどない」
「失敗作を伝えるな」
三代の会話は、いつも途中から始まっているようだった。
ティムだけが意味を知らない。
「これは、何だったんです」
シュミが真鍮片を自分の指へ重ねた。
長さはちょうど同じくらいだった。
「腕を作ろうとしたの」
「腕?」
「正しくは手甲だ」
ガルドが遮った。
「腕の代わりになるなどと考えた馬鹿が、余計な仕掛けを足した」
「父さんでしょう」
「設計したのはお前だ」
「止めなかったのは父さん」
「作らせたのは爺さんだ」
三人の視線がゴラムへ集まった。
老人は茶を啜った。
「経験させた」
「爆ぜましたよ」
「だから次は爆ぜない」
「次を作らせる気か」
「作るかどうかは、作る者が決める」
ティムは真鍮片を見た。
等間隔の刻み。
溶けた端。
失敗した物なのに、刻みだけは端正だった。
「この目盛りも、間違っていたんですか」
シュミの顔から笑いが消えた。
作業台の上へ真鍮片を置き、細い測り棒と合わせる。
一つ目。
二つ目。
最後まで、ずれはなかった。
「ここは合ってる」
「では、失敗していません」
ティムが言うと、ガルドが首を振った。
「部品が合っていても、物は失敗する」
「合っている部品まで捨てるんですか」
「捨てなければ、何でも残る。工房が屑で埋まる」
「残す理由があればいい」
シュミが言った。
「今はない」
「今はね」
ガルドとシュミが睨み合う。
ゴラムはティムを見た。
「お前なら、どうする」
初日の徒弟へ聞くことではない。
ティムは困った。
袖へ隠したのは、真鍮がきれいだったからだ。妹の髪留めにできると思った。
それを言えば、確実に追い出される。
「飾りにはしません」
「聞いていない」
「でも、溶かしもしません」
ティムは真鍮片を取り、測り道具を収めた棚へ向かった。
最下段の空いた場所へ置く。
紙札へ〈指〉と書きかけ、やめた。
用途を知らない物へ、勝手な名をつけるべきではない気がした。
代わりに、〈間隔・誤差なし〉と書いた。
「中途半端だ」
ガルドが言った。
「よい」
ゴラムが言った。
「私は好き」
シュミが言った。
誰に従えばよいのか、まるで分からなかった。
◇
昼前、工房の戸が開いた。
冷たい風とともに、見慣れない男が入ってくる。
左袖が空だった。
腰には、細く反った剣がある。
案内してきたミレアが何か説明したが、三人の鍛冶師は聞いていなかった。
男が鞘ごと剣を作業台へ置く。
鍔が欠け、鞘には古い泥と獣の血がこびりついている。
ティムには、ひどく傷んだ古道具にしか見えなかった。
「屑ですか」
思わず尋ねた。
ガルドが睨む。
シュミは剣へ顔を近づけた。
ゴラムは茶碗を置き、ゆっくり立ち上がった。
三代が同時に黙るのを、ティムは初めて見た。
炉ではまだ、朝の火が赤く息をしていた。
その光が鞘の隙間へ入り、見たことのない鋼の縁を細く照らした。
「火へ入れるな」
ゴラムが言った。
その声だけで、工房の空気が変わった。
棚の最下段では、失敗作の真鍮片が、誰にも見えないまま同じ赤を返していた。
*
この世界を、侍・伊庭八郎の側から描く本編は、
『亡国の侍 異世界転移譚』第一話「剣と銃」から。
第一話:https://ncode.syosetu.com/n5318ml/1/




