第61話 美咲への答え(後)
夜道。
街灯の光が続いていた。
並んで歩いていた。
美咲は静かだった。
いつもならしゃべっているのに、今夜は黙っていた。
俺を待っているのだと分かっていた。
駅まで、あと少しだった。
その時。
美咲が立ち止まった。
街灯の下だった。
「先輩」
「ん」
「もう少し、ちゃんと言ってくれませんか」
「……まあ」
「いなくなったら困る後輩、だけじゃ足りないです」
「……まあ、足りないな」
「じゃあ」
美咲は少し上を向いた。
「例えばどう言えばいいですか」
「……」
「例えば」
一拍。
「……どうぞ」
俺は少し止まった。
言えそうだった。
言えそうで。
「また今度だ」という言葉が喉まで来た。
ただ。
今度は出てこなかった。
「今夜言う」と約束した。
NIAに。
奏に。
美咲に。
もう四回宣言した。
逃げ道はない。
「また今度」は、もう使えない。
俺は少し、息を吸った。
「美咲」
「はい」
「お前のことが」
一拍。
長い一拍だった。
「……好きだ」
夜道が静かになった。
風が少し吹いた。
美咲が少し固まっていた。
しばらく、何も言わなかった。
俺も何も言えなかった。
それから。
「先輩」
「うん」
「今、ちゃんと言いましたよね」
「……言った」
「『また今度』じゃなくて」
「……言った」
「好きだって言いましたよね」
「……言った」
美咲はしばらく俺を見ていた。
風が吹いた。
美咲の目が、少し潤んでいた。
「……私も」
「うん」
「好きです」
夜道が、また静かになった。
二人とも、しばらく何も言わなかった。
それから。
「先輩」
「何だ」
「目、閉じてください」
俺は少し止まった。
「……何でだ」
「閉じてください」
「……まあ」
俺は目を閉じた。
静かな夜道だった。
遠くで車の音がした。
風の音がした。
そして。
唇に、何かが触れた。
柔らかくて、あたたかくて、一瞬だった。
離れた。
目を開けた。
美咲が目の前にいた。
少し赤い顔で、こちらを見ていた。
「……先輩」
「何だ」
「これが、例えばです」
俺は何も言えなかった。
美咲は少し笑った。
泣きそうな顔で、笑っていた。
「先輩って」
「何だ」
「ずっと待ってましたよ、この言葉」
「……そうか」
「配属初日からです」
「……そんな前からか」
「そんな前からです」
「……まあ」
「まあって何ですか」
「……ありがとう」
「え?」
「待っていてくれて」
美咲はしばらく俺を見ていた。
それから、また笑った。
さっきより、少し泣きそうじゃなくなった顔で。
「先輩」
「何だ」
「私こそ、ありがとうです」
「何が」
「ちゃんと言ってくれて」
「……まあ」
「言わないかと思ってました、正直」
「……まあ」
「NIAに言わせたら良かったですか」
「それは嫌だ」
「でも言ってくれましたよね」
「……まあ」
「よかったです」
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「全期間最大値を、大幅に更新しました」
「……消せ」
「保存しました」
「それと」
「何だ」
「彼女が出来ました」
「……まあ」
「記録します」
「するな」
「保存しました」
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二人で歩き出した。
駅に向かった。
さっきより少し、距離が近かった。
美咲が言った。
「先輩」
「ん」
「これからも隣にいていいですか」
「……もう隣にいるだろ」
「でも聞きたかったんです」
「……まあ、いていい」
「ありがとうございます」
「まあ」
「先輩」
「何だ」
「先輩扱いしてきましたけど」
「うん」
「それだけじゃなくなりましたね」
「……まあ」
「嬉しいですか」
「……まあ」
「まあって嬉しいですか」
「……嬉しい」
美咲はにこっとした。
「私も嬉しいです」
改札の前で、美咲は振り返った。
「先輩」
「ん」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「また明日」
「また明日」
「先輩」
「何だ」
「好きです」
「……まあ」
「まあって何ですか」
「……俺もだ」
美咲が笑った。
改札を通っていった。
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一人になった。
NIAが言った。
「マスター」
「なんだ」
「言えましたね」
「……まあ」
「四回宣言して、やっと言えました」
「……うるさい」
「でも言えました」
「……まあ」
「よかったです」
「……NIAに言われるとは思わなかった」
「そうですか」
「まあ」
「先輩」
「何だ」
「NIAも、嬉しいです」
「……AIに感情はないんじゃないのか」
「マスターに影響されました」
「……まあ」
「保存しました」
「するな」
「保存しました」
夜道を歩いた。
「好きだ」
言えた。
言えてしまった。
いや。
言えた。
「また今度」じゃなく。
今夜、言えた。
監視画面は見えないが。
たぶん今頃、緑のままだろう。
そんな気がした。
……よかった。
本当に、よかった。




