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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第51話 新人だった頃

 木曜日。


 昼休み。


 二人で近くのコンビニに行って、フロアで食べていた。


 美咲がおにぎりを食べながら言った。


「先輩」


「ん」


「聞いていいですか」


「内容による」


「先輩って、最初から仕事できたんですか」


 俺は少し止まった。


「何がきっかけだ」


「さっきの新人の子の対応を見てて」


「うん」


「先輩って全然慌てないじゃないですか、どんな障害でも」


「まあ」


「私は最初、全部慌ててたんで」


「今もたまに慌てる」


「でも落ち着いてきました。先輩が隣にいるからだと思って」


「まあ」


「先輩は最初からああだったのかなって思って」


 俺は少し考えた。


「……違う」


「違うんですか」


「全然できなかった」


 美咲がきょとんとした顔をした。


「先輩が?」


「そうだ」


「どのくらいできなかったんですか」


「ログの見方も分からなかった。コマンドも覚えてなかった。障害が起きるたびに手が止まった」


「……信じられないですよ、今の先輩しか知らないから」


「まあ」


「どうやって覚えたんですか」


「やるしかなかった」


「怒られましたか」


「怒鳴られた」


「えっ」


「当時の先輩に。深夜の障害対応で、手が止まって何もできなかった時」


「……先輩が手を止めたんですか」


「そうだ」


 美咲は少し、俺を見ていた。


「どうしたんですか、その後」


「怒鳴られながら、隣で手を動かしてもらった」


「先輩に助けてもらったんですね」


「まあ。ただ翌朝、全部ノートに書いた」


「何を」


「昨夜の障害の流れ。コマンド。ログの読み方。どこで詰まったか」


「全部ですか」


「全部だ」


「……それを毎回やってたんですか」


「最初の一年は毎回書いた」


「一年」


「そうだ。書かないと覚えられなかった」


 美咲はしばらく俺を見ていた。


「先輩って」


「何だ」


「そのノート、まだありますか」


「捨てた」


「えっ、なんで」


「覚えたから必要ない」


「もったいない」


「紙は場所を取る」


「でも」


 美咲は少し考えた。


「私のノートみたいなやつですよね」


「そうだな」


「……先輩も書いてたんですね」


「そうだ」


「じゃあ私も続けます」


「まあ」


「先輩みたいになれますかね、一年後」


「お前はお前のやり方になると言っただろ」


「でも先輩を参考にしたいです」


「勝手にしろ」


 美咲は少し笑った。


「先輩」


「ん」


「怒鳴られた後、どう思いましたか」


 俺は少し考えた。


「……やめようかと思った」


「え」


「インフラが向いてないんじゃないかと思った」


「でもやめなかったじゃないですか」


「まあ」


「なんでですか」


 俺は少し間を置いた。


「深夜に一人でログを見ていた時、急に原因が分かった瞬間があった」


「どんな時ですか」


「サーバが落ちた理由が分かった時。ログの中に答えがあった」


「うん」


「その瞬間が、気持ちよかった」


「気持ちよかった」


「そうだ。パズルが解けた感じ。それが面白くて続けた」


 美咲は少し黙っていた。


「それが」


「うん」


「『何も起きないのが仕事』という哲学に繋がりますか」


「まあ。止まれば全部終わる。だから俺が止めるわけにいかない、と思うようになった」


「怒鳴られた夜から」


「まあ」


「……かっこいいですね」


「かっこよくない。必死だっただけだ」


「必死なのがかっこいいんです」


「そういうものか」


「そういうものです」


 美咲はにこっとした。


「先輩って、自分のことかっこいいと思わないですよね」


「そんなことはない」


「思いますよ」


「……まあ」


「でも私は思います」


「まあ」


「最初から仕事ができたわけじゃなかった、って知れてよかったです」


「なんで」


「先輩も最初はできなかったんなら、私も続けられる気がするから」


 俺は少し止まった。


「……続けろ」


「はい」


「お前はちゃんと成長してる」


「……ありがとうございます」


「褒めてない。事実だ」


「褒めてます」


「事実だ」


「どっちでもいいです。嬉しいので」


 NIAが静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「本日の会話を記録しました」


「するな」


「新人時代の話をしました」


「まあ」


「初めて、過去の失敗を話しました」


「……まあ」


「誰に話しましたか」


「……美咲に」


「保存しました」


 美咲はおにぎりの最後の一口を食べた。


「先輩」


「ん」


「ありがとう、話してくれて」


「別に」


「でも嬉しかったです」


「そうか」


「先輩のこと、また少し分かりました」


「……まあ」


「先輩のことを知るたびに、もっと知りたくなります」


「そうか」


「おかしいですか」


「……おかしくない」


 美咲はにこっとした。


 昼休みが終わった。


 フロアに戻った。


 監視画面は緑のままだった。


 「怒鳴られた深夜の話」を、俺は美咲にしていた。


 誰かに話したのは初めてだった気がした。


 ……まあ。


 それだけのことだ。

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