第50話 幼馴染の近さと、積み上げた近さ
水曜日。
朝。
スマホに奏からメッセージが来ていた。
奏:『凛ちゃん! また遊ぼうね! 今度は凛ちゃんのライブ連れてって!』
俺は返信した。
『まあ』
奏:『やった! あと、あの子に早く告白するんだよ! 絶対!』
俺は少し止まった。
返信した。
『分かってる』
奏:『約束ね!! 応援してるよ凛ちゃん!』
スマホを置いた。
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インフラ運用課。
コーヒーを飲みながら、監視画面を見ていた。
緑。緑。緑。
平和だった。
NIAが言った。
「マスター」
「なんだ」
「白石奏からのメッセージを確認しました」
「するな」
「約束、と書いてありました」
「まあ」
「分かってる、と返信しました」
「まあ」
「分かっていますか」
「分かってる」
「いつですか」
「……近いうちに」
「昨日も同じことを言いました」
「……まあ」
「近いうちの定義を教えてください」
「するな」
「了解しました」
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美咲が来た。
「おはようございます」
「おはよう」
椅子を寄せてくる。
いつも通りの距離だった。
ただ今日は、少しその距離を改めて考えた。
この距離は、最初からじゃない。
配属初日。美咲は俺の席の少し離れたところに座っていた。
それが少しずつ、近くなった。
「このログなんですけど」と聞きながら、椅子が寄ってきた。
「一緒に見ていいですか」と、隣に来た。
気づいたら当然のように隣にいた。
最初からじゃない。
積み上がった距離だ。
「先輩」
「ん」
「今日は平和そうですね」
「そうだな」
「昨日より顔色いいですよ」
「昨日が悪かったのか」
「少し、何か考えてそうな顔してました」
「……まあ、考えてた」
「何を」
「別に」
美咲はにこっとした。
「じゃあいいです」
それだけで引かない。
最初の頃は「教えてください!」とぐいぐい来た。
今は少し引いてくれる。
それも積み上がった変化だった。
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午後。
仕事の合間に、NIAが言った。
「マスター」
「なんだ」
「一つ提案があります」
「何だ」
「白石奏との会話履歴と、結城美咲との会話履歴を比較します」
「するな」
「参考になると思います」
「するな」
「では数値だけ」
「言うな」
「奏との会話での心拍数、平均値を出します」
「出すな」
「正常範囲内です」
「……まあ」
「結城美咲との会話での心拍数、平均値を出します」
「絶対出すな」
一拍。
「正常範囲を23%超過しています」
「……消せ」
「保存しました」
「以上です」
「それだけか」
「十分だと思います」
俺は何も言わなかった。
23%。
数字で言われると、妙に実感がある。
奏の隣は落ち着く。
美咲の隣は落ち着かない。
落ち着かない方が、特別だという意味だと、もう分かっていた。
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夕方。
仕事が終わりかけた頃。
美咲が言った。
「先輩」
「ん」
「昨日の話なんですけど」
「何だ」
「告白の話」
「うん」
「先輩が言ってた『直接言え』っていうの」
「まあ」
「参考にします」
「そうか」
「近いうちにしようと思って」
俺は少し止まった。
「近いうちに」
「はい」
「……そうか」
「先輩も」
「何だ」
「近いうちに何かしますか」
俺は少し間を置いた。
「……まあ」
「まあって、しますか」
「……する」
「何を」
「……別に」
「秘密ですか」
俺は少し止まった。
「……まあ、そういうことにしておけ」
美咲は少し笑った。
「分かりました。秘密ですね」
「そうだ」
「じゃあお互い、近いうちに」
「……まあ」
美咲はにこっとした。
俺は何も言えなかった。
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帰り道。
一人で歩いていた。
美咲は先に帰った。
「お互い、近いうちに」
そういう話になっていた。
お互い、近いうちに。
美咲は告白する。
俺は何かをする。
何かというのは、告白と同じことだ。
それは分かっていた。
NIAが言った。
「マスター」
「なんだ」
「本日の会話を整理しました」
「するな」
「お互い近いうちに、という話になりました」
「……まあ」
「マスターは何をするつもりですか」
「……分かってるだろ」
「確認のために聞いています」
「……告白する」
「保存しました」
「するな」
「三度目です」
「何が」
「告白する、という宣言が三度目になりました」
「……まあ」
「NIAに、奏さんに、そして今日また」
「……まあ」
「逃げ道はありませんよ」
「分かってる」
「いつですか」
「……近いうちに」
「近いうちというのは」
「……本当に近いうちだ」
「了解しました」
一拍。
「保存しました」
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夜。
部屋に帰った。
コーヒーを飲んだ。
奏との距離を思い出した。
昔から変わらない。自然で、近くて、楽だ。
美咲との距離を思い出した。
配属初日から、少しずつ近くなってきた。
最初は遠かった。
それが今、こんなに近くなっている。
どちらが特別か。
もう分かっていた。
積み上がった近さの方が、特別だった。
最初からある近さより、時間をかけて縮まった近さの方が。
重かった。
NIAが言った。
「マスター」
「なんだ」
「今月が終わります」
「……そうだな」
「振り返ると、色々ありましたね」
「……まあ」
「美咲が飲みすぎた夜」
「まあ」
「『同じじゃない』と言ってしまった夜」
「まあ」
「奏が来た夜」
「まあ」
「美咲と奏が鉢合わせた日」
「まあ」
「告白の相談をされた日」
「まあ」
「全部、今月の出来事です」
「……そうだな」
「早かったですか」
「……まあ」
「でも」
「何だ」
「着実に進みました」
「……そうかもしれない」
「あとは言葉にするだけです」
「……分かってる」
「先輩」
「なんだ」
「今度は」
「うん」
「また今度、じゃなくていいですよ」
俺は少し笑った。
「……分かってる」
「保存しました」
「するな」
「笑いました」
「……まあ」
「珍しいですよ、一人で笑うのは」
「……まあ」
「結城美咲の影響ですか」
「……まあ」
「保存しました」
窓の外に、夜の街が見えた。
奏との距離。積み上がっていない、最初からある近さ。
美咲との距離。最初は遠くて、少しずつ近くなった。
どちらが特別か。
もう、答えは出ていた。
第5章が終わった。
次は言葉にするだけだ。
……本当に、次だ。




