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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第48話 奏が知っている凛

 月曜日。


 朝。


 インフラ運用課。


 コーヒーを飲みながらモニターを見ていた。


 緑。緑。緑。


 平和だった。


「神代先輩」


 美咲が来た。


「おはようございます」


「おはよう」


 美咲はいつも通り椅子を寄せた。


 土曜日の話は何もなかったように、いつも通りの朝だった。


 ただ。


 少しだけ、美咲の顔が柔らかかった。


 「今日は十分です」と言った顔と、どこか似ていた。


「先輩」


「ん」


「奏さん、面白い人ですね」


「まあ」


「先輩のことよく知ってて」


「昔からだからな」


「凛ちゃんって呼んでましたよね」


「小学校からそうだ」


「変えないんですか」


「変えてもまた戻る」


 美咲は少し笑った。


「そういえば」


「何だ」


「奏さんって、先輩が男だって知ってるんですか」


「知ってる」


「でも女だと思ってるんですよね」


「そうだ」


「どういうことですか」


 俺は少し考えた。


「……奏は、俺が男だという事実は受け入れてる。ただ、それで扱いが変わるわけじゃないと思ってる」


「なるほど」


「だから『凛ちゃんは凛ちゃん』で終わる」


「訂正しないんですか」


「しなくていい」


「なんでですか」


 俺は少し考えた。


「……奏は、俺が何でも変わらないから」


「変わらない?」


「声が変わっても、見た目が変わっても、奏は同じように接してくる」


「それがいいんですか」


「楽だ」


 美咲はしばらく俺を見ていた。


「でも先輩は変わりましたよね、最近」


 俺は少し止まった。


「そうか」


「奏さんも言ってましたよ。柔らかくなったって」


「聞こえてたのか」


「聞こえてました」


「……まあ」


「先輩」


「何だ」


「なんで変わったと思いますか」


 俺は少し考えた。


「……分からない」


「本当に?」


「まあ」


「奏さんに、誰かの影響って言われてましたよね」


「聞こえてたのか」


「聞こえてました」


 俺は何も言えなかった。


 美咲は少し笑った。


「先輩って、聞こえてないと思ってること、よく聞こえてますよ」


「……まあ」


「私の耳、いいんで」


「そうか」


 NIAが言った。


「マスター」


「なんだ」


「変化の原因を分析します」


「するな」


「結城美咲との接触開始から、87日目です」


「……消せ」


「その間に、マスターの行動パターンに変化が見られました」


「言うな」


「笑う回数が増えました」


「……」


「『悪くなかった』と言う回数が増えました」


「言うな」


「『まあ』と答えてから後悔する回数が減りました」


「……それは関係ない」


「相関関係があります」


「消せ」


「保存しました」


---


 昼休み。


 二人で近くの定食屋に入った。


 注文して、しばらく黙っていた。


 美咲が言った。


「先輩」


「ん」


「奏さんって、先輩の全部を知ってるんですね」


「まあ、長いからな」


「声が変わる前も知ってる」


「そうだ」


「手術のことも」


「知ってる」


「先輩が声にコンプレックス持ってたことも」


「知ってる」


「私は知らなかったです、最初は」


「まあ」


「でも今は少し、知ってますよね」


「そうだな」


「先輩が話してくれたから」


「まあ」


 美咲はしばらく箸を持ったまま言った。


「奏さんと私って、先輩のことを知ってる量は全然違いますよね」


「そうだな」


「奏さんの方がずっと多い」


「まあ」


「でも」


 美咲は少し、俺を見た。


「私の方が、最近の先輩を知ってると思います」


「……どういう意味だ」


「奏さんが知ってる凛ちゃんは、変わる前の先輩じゃないですか」


「まあ」


「変わった後の先輩を、一番近くで見てるのは私だと思って」


 俺は少し止まった。


「……そうかもしれない」


「変わりましたよね、先輩」


「奏にも言われた」


「私も言います」


「まあ」


「どう変わったか、分かりますか」


「……分からない」


「私は分かります」


「どう変わった」


 美咲は少し間を置いた。


「『悪くなかった』って言うようになりました」


「……まあ」


「『ありがとう』って言うようになりました」


「……まあ」


「『また今度、ちゃんと答える』って自分から言いました」


「……まあ」


「全部、最近のことです」


「そうだな」


「奏さんが知らない先輩です」


 俺は何も言えなかった。


「先輩」


「何だ」


「変わったのは」


 美咲は静かに言った。


「誰かのせいですか」


 俺は少し間を置いた。


「……まあ」


「誰かって、誰ですか」


「……分かってるだろ」


 美咲はしばらく俺を見ていた。


 それから、ゆっくり笑った。


「そうですか」


「まあ」


「分かりました」


「何が」


「別に」


 美咲はそれ以上聞かなかった。


 箸を持ち直して、定食を食べ始めた。


 俺も食べた。


 しばらく、静かに食べていた。


 美咲がぽつりと言った。


「先輩」


「ん」


「私のせいで変わったなら」


「うん」


「それ、悪いことじゃないですよね」


 俺は少し考えた。


「……悪くない」


「よかったです」


 美咲はにこっとした。


 今日一番、自然な笑い方だった。


---


 夕方。


 仕事に戻ってから、NIAが言った。


「マスター」


「なんだ」


「本日の会話を記録しました」


「するな」


「注目ワード」


「出すな」


「誰かのせいで変わった」


「……まあ」


「分かってるだろ、と言いました」


「……まあ」


「結城美咲は分かっています」


「……知ってる」


「マスターも、分かっています」


「……まあ」


「二人とも分かっています」


「……そうだな」


「あとは」


「何だ」


「言葉にするだけです」


 俺はコーヒーを飲んだ。


 あとは言葉にするだけ。


 NIAに言われるまでもなく、分かっていた。


 ……そういうことだ。


 あとは、言葉にするだけだ。

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