第47話 奏と美咲、鉢合わせ
次の週末。
土曜日の昼。
スマホに奏からメッセージが来た。
奏:『凛ちゃん! 今日近く来てるんだけど会える? ランチしよ』
俺は少し考えた。
返信した。
『まあ』
奏:『やった! 12時に駅前で!』
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駅前のカフェ。
奏が先に来ていた。
「凛ちゃん!」
「おう」
「久しぶりって感じしないね、こないだ会ったばかりだから」
「そうだな」
席に座った。
メニューを見た。
奏はよくしゃべった。
仕事で新しいプロジェクトが始まった話。
使っているデザインツールが変わった話。
それから。
「あの子、どうなった?」
「何が」
「好きな後輩の子」
「進展はない」
「え、まだ言ってないの?」
「まだだ」
「凛ちゃんのぐずぐず!」
「ぐずぐずじゃない」
「言えないのはぐずぐず」
「タイミングを考えてる」
「タイミングなんて一生こないよ。言えば来る」
「……まあ」
「絶対言うんだよ」
「分かってる」
食事を終えた頃。
奏が立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「まあ」
俺は一人で窓の外を見ていた。
しばらくして、奏が戻ってきた。
「凛ちゃん!」
「何だ」
奏がにこにこしながら言った。
「外に、知ってる子いない?」
俺は少し止まった。
窓の外を見た。
カフェの前の歩道。
そこに。
美咲がいた。
一人で歩いていた。
俺に気づいていなかった。
「……後輩だ」
「え!? あの子!?」
「うるさい」
「かわいいじゃん!」
「うるさい」
奏が立ち上がった。
「呼んでいい?」
「呼ぶな」
「えー」
その時だった。
美咲がふと顔を上げた。
窓越しに、目が合った。
美咲が少し止まった。
それから、手を振った。
俺も少し手を上げた。
奏が窓を叩いた。
「こっちおいでよ!」
「やめろ」
遅かった。
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美咲がカフェに入ってきた。
「先輩、こんにちは」
「こんにちは」
「偶然ですね」
「そうだな」
奏が元気よく言った。
「こんにちは! 凛ちゃんの幼馴染の奏です!」
「あ、えっと……結城美咲です。先輩の後輩です」
「知ってる知ってる! 凛ちゃんからよく聞いてるよ!」
美咲が少し俺を見た。
「先輩が?」
「そうそう!」
「……どんなことを」
「えー、なんだっけ、うるさくて距離が近い後輩がいるって」
「おい」
「ほんとのことじゃん」
美咲はしばらく黙っていた。
それから、少し笑った。
「……そうですね。うるさくて距離が近いです」
「でも仲良さそうだよ、凛ちゃんの話し方から」
「そうですか」
「凛ちゃんって、普段あんまり人の話しないから」
「奏さん」
「何? 凛ちゃん」
「その辺にしておけ」
「えー」
奏は美咲を見た。
「一緒に座る?」
「いいんですか」
「もちろん!」
三人になった。
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奏はよくしゃべった。
凛の昔の話をした。
「凛ちゃん、高校の時もずっとこんな感じだったんだよ」
「淡々としてる感じですか」
「そう! でも頼りになるんだよね。困った時にすぐ来てくれるし」
「へえ」
「昔から面倒見がいいんだよ、凛ちゃん」
「……面倒見がいいとは違う」
「同じじゃん」
「違う。面倒なだけだ」
「それが面倒見がいいってことだよ」
美咲がくすっと笑った。
「先輩らしいですね」
「でしょ?」
奏は美咲を見て、にこっとした。
「結城さんって、凛ちゃんのことよく見てるんだね」
「……はい、まあ」
「なんで?」
「え?」
「いや、凛ちゃんってそんなに目立つタイプじゃないから」
「そんなことないです」
「そう?」
「目立ちますよ、先輩は」
「どういうところが?」
美咲は少し考えた。
「仕事が速いところとか、インフラを語る時の顔とか、深夜に一人で残ってる時とか」
「……」
「あと、誰にでも丁寧に答えるところとか」
「凛ちゃんって、そんなに見られてたんだ」
「見てます」
美咲はまっすぐ言った。
「ずっと見てます」
テーブルに少し沈黙があった。
奏がにやっとした。
俺は何も言えなかった。
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しばらくして、奏が立ち上がった。
「私そろそろ行くね。次の予定あるから」
「そうか」
「結城さん、凛ちゃんのこと、よろしくね」
「え?」
「なんとなく」
奏は凛の腕にさっと絡んだ。
「凛ちゃん、またね」
「おう」
「絶対言うんだよ」
「……分かってる」
「約束ね」
「まあ」
奏が出ていった。
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二人になった。
美咲は少し、テーブルを見ていた。
「先輩」
「ん」
「仲いいんですね」
「幼馴染だからな」
「そうですか」
声のトーンが、少し低かった。
俺はそれに気づいていた。
「美咲」
「なんですか」
「何か言いたいことがあるなら言え」
美咲はしばらく黙っていた。
「……別にないです」
「本当か」
「本当です」
また少し間があった。
「先輩」
「何だ」
「奏さんと、ずっと仲いいんですか」
「小学校からだ」
「そうですか」
「何が気になるんだ」
「……別に」
「嘘をつくな」
美咲は少し俯いた。
「腕、絡んでましたよね」
「昔からああだ」
「そうですか」
「気になるのか」
美咲は少し止まった。
それから、正直に言った。
「……少し」
「そうか」
「でも」
美咲は俺を見た。
「先輩にとって奏さんって、どういう人ですか」
俺は少し考えた。
「幼馴染だ。昔からいる。変わらない関係だ」
「変わらない」
「そうだ」
「私は」
「うん」
「私は、先輩にとってどういう人ですか」
俺は少し止まった。
「後輩だ」
「それだけですか」
「……まだ言葉にできてない部分がある」
美咲が少し顔を上げた。
「まだ、ですか」
「まだだ」
「いつ言えますか」
「……分からない。でも言う」
「本当ですか」
「本当だ」
美咲はしばらく俺を見ていた。
それから、少し笑った。
「分かりました」
「そうか」
「待ちます」
「……まあ」
「でも先輩」
「何だ」
「奏さんのことが気になったの、正直に言うと」
「うん」
美咲は少し間を置いた。
「嫉妬、だと思います」
俺は何も言えなかった。
「先輩の隣にいる人が、私以外にいると」
「……まあ」
「おかしいですか」
「おかしくない」
「よかったです」
美咲はそう言って、コーヒーを飲んだ。
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「結城美咲、感情の変化を検出しました」
「するな」
「嫉妬、と自分で言いました」
「……まあ」
「それに対してマスターは」
「言うな」
「おかしくない、と言いました」
「……まあ」
「保存しました」
「するな」
「それと」
「何だ」
「『まだ言葉にできてない部分がある』と言いました」
「……まあ」
「これも、逃げ道が一つ減りました」
「……分かってる」
「保存しました」
美咲は窓の外を見ていた。
奏が歩いていった方向を。
しばらくして、こちらを向いた。
「先輩」
「何だ」
「今日、会えてよかったです」
「そうか」
「奏さんにも会えたし」
「まあ」
「あと」
美咲は少し笑った。
「嫉妬したけど、先輩がちゃんと答えてくれたので」
「…全部答えてはいない」
「でも、まだ言えてない部分があるって言ってくれたじゃないですか」
「まあ」
「それだけで十分です」
「そうか」
「今日は」
美咲はにこっとした。
「それだけで十分です」
俺は何も言えなかった。
監視画面じゃない。
コーヒーカップじゃない。
美咲がいるだけで、十分だという気がした。
……そういうことだ。
たぶん。
いや。
そういうことだ。




