第46話 お泊まり騒動
深夜。
奏が泊まっていくことになった。
といっても、最初から「泊まりに行く」と言っていた。
部屋に布団は一組しかない。
奏はそれを確認して、言った。
「一緒に寝ようよ」
「……嫌だ」
「えー、なんで。女同士じゃん」
「俺は男だ」
「また言ってる」
「本当のことだ」
「でも凛ちゃんは凛ちゃんだからいいじゃん」
この人は昔からこうだ。
「でも凛ちゃんは凛ちゃんだから」で全部片付ける。
「ソファで寝ろ」
「えー、狭くない?」
「お前が来たんだから仕方ない」
「意地悪〜」
「俺がソファで寝る」
「え、じゃあ凛ちゃんはベッド? 逆じゃない?」
「お前の部屋じゃないから逆じゃない」
「でも凛ちゃんを追い出すのも申し訳ないし」
「じゃあどうしろというんだ」
奏は少し考えた。
「やっぱり一緒に寝よう。ベッド広いし」
「嫌だと言った」
「なんで? 昔は一緒に寝てたじゃん」
「昔の話だ」
「凛ちゃん変わったね」
「変わってない」
「変わったよ〜。昔はもっとフレンドリーだったのに」
俺はため息をついた。
NIAがイヤホンから言った。
「マスター」
「なんだ」
「現在の状況を確認しました」
「するな」
「危機的状況です」
「出すな」
「レベル評価、過去最高値です」
「……消せ」
「保存しました」
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結局。
奏はベッドに入った。
俺は端に寄って、できるだけ距離を保った。
「凛ちゃん、端すぎない?」
「これでいい」
「落ちるよ」
「落ちない」
奏は少し笑って、こちらを見た。
「凛ちゃんって、細いよね」
「……普通だ」
「女の子みたい」
「男だ」
「でも細い」
「体型の話はやめろ」
「えー、褒めてるのに」
奏はそのまま、くるっと凛に向いた。
「凛ちゃんの隣、落ち着く〜」
「……そうか」
「昔からそうだよね」
「まあ」
「ずっと一緒にいるからかな」
「たぶんそうだ」
NIAが言った。
「マスター」
「黙れ」
「心拍数が」
「黙れ」
「……正常範囲内です」
一拍。
「意外でしたか」
「……別に」
「結城美咲との会話中より、大幅に低いです」
「……そういう分析をするな」
「保存しました」
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しばらくして。
奏の声が静かになった。
寝息が聞こえ始めた。
早い。
俺は天井を見上げた。
奏の隣。
昔からこういうことが何度かあった。
修学旅行でも、受験前の追い込みでも。
当たり前だった。
女同士だと思っているから。
ただ。
今は少し、落ち着かなかった。
落ち着かない理由が、NIAの言葉で分かった。
心拍数は正常範囲内だった。
美咲の隣の時より、大幅に低かった。
つまり。
奏の隣は「落ち着く」。
美咲の隣は「落ち着かない」。
その差が、全部を説明していた。
NIAが静かに言った。
「マスター」
「なんだ」
「眠れますか」
「……まあ」
「何か考えていますか」
「少し」
「何をですか」
「……比べていた」
「何と何をですか」
「奏の隣と、美咲の隣を」
「どう違いましたか」
「……落ち着くかどうかが、違う」
「なるほど」
「奏の隣は落ち着く」
「はい」
「美咲の隣は」
「はい」
「……落ち着かない」
「なぜだと思いますか」
「……分かってる」
「保存しました」
「するな」
「おやすみなさい、先輩」
「……おう」
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翌朝。
奏が目を覚ました。
「おはよー凛ちゃん」
「おはよう」
「よく寝た〜」
「そうか」
奏は伸びをしながら、俺を見た。
「凛ちゃん、顔色悪くない?」
「眠れなかった」
「えー、なんで」
「色々考えてた」
「何を」
「別に」
奏は少し凛を見た。
それから、にやっとした。
「あの子のこと?」
「違う」
「また間があいた」
「……」
「凛ちゃんって、正直だよね」
「嘘をついてる」
「でも嘘が下手だよね」
俺は何も言えなかった。
奏は帰り支度をしながら言った。
「凛ちゃん」
「何」
「最近、なんか違うって思ってたんだよね」
「昨日も言ってた」
「昨日より確信した」
「何が」
奏は少し振り返った。
「なんか、柔らかくなった気がする」
「そうか」
「昔の凛ちゃんって、もっと全部一人で抱えてた感じがあったから」
「……まあ」
「今は、誰かのこと考えながら生きてる感じがする」
「大げさだ」
「大げさじゃないよ」
奏はコートを着ながら続けた。
「誰かの影響?」
俺は少し止まった。
「……まあ」
「まあって認めてるじゃん」
「……別にそういう話じゃない」
「そういう話だよ」
奏はドアを開けた。
「凛ちゃん」
「何」
「早く告白しなよ」
「……まあ」
「その子、待ってるよ絶対」
「……まあ」
「じゃあね!」
ドアが閉まった。
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一人になった。
NIAが言った。
「マスター」
「なんだ」
「白石奏の発言を記録しました」
「するな」
「柔らかくなった」
「……まあ」
「誰かの影響」
「……まあ」
「早く告白しなよ」
「……消せ」
「保存しました」
俺はコーヒーを飲んだ。
柔らかくなった。
そう言われた。
昔の俺を知っている奏が、そう言った。
誰かの影響だと分かってしまっている奏に、否定できなかった。
……まあ。
そういうことだ。




