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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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45/62

第45話 奏、登場

 日曜日。


 昼。


 44話の翌日。


 部屋で過ごしていた。


 昨日決めた。


 「言う」と決めた。


 ただ「どう言うか」がまだ分からなかった。


 どう言うか、というのは言葉の問題だと思っていた。


 ただ考えているうちに、言葉よりも先に「いつ言うか」の問題があることに気づいた。


 タイミングが分からない。


 仕事の話の流れで言うのは違う。


 また飲み会の流れで言うのも違う。


 日常の中で、自然に言える場面が来るかどうか。


 ……そんなことを考えていた時だった。


 スマホが震えた。


 画面を見る。


 「奏」と表示されていた。


---


 白石奏。


 幼馴染だ。


 小学校から高校まで同じだった。


 デザイナーをしている。


 27歳。


 小柄で、可愛い系の顔をしている。


 そして。


 俺のことを、ずっと女だと思っている。


 手術前から知っている。


 声が変わったことも知っている。


 それでも。


 「凛ちゃん」と呼んで、昔と変わらず接してくる。


 訂正したことが何度かあった。


 そのたびに「えー、でも凛ちゃんは凛ちゃんだし」と言って、また「凛ちゃん」に戻る。


 もう諦めていた。


 メッセージを開いた。


奏:『凛ちゃん久しぶり! 今夜暇? 遊びに行っていい?』


 俺は少し考えた。


 返信した。


『暇』


奏:『やった! 泊まっていい?』


『まあ』


奏:『ありがとー! 夕方行く!』


---


 夕方。


 インターホンが鳴った。


 ドアを開けると、奏が立っていた。


「凛ちゃん久しぶり!」


「おう」


「変わらないね〜」


「まあ」


 奏は当然のように部屋に入った。


 コートを脱ぎながら、部屋を見回した。


「相変わらずすっきりしてるね」


「荷物が少ない」


「インフラエンジニアっぽい部屋」


「インフラエンジニアに部屋の特徴はない」


「でもなんかそんな感じする」


 奏は荷物を置いて、ソファに座った。


 遠慮がない。


 昔からそうだ。


「凛ちゃん、お茶ある?」


「ある」


「入れてー」


「自分で入れろ」


「えー」


 結局、俺が入れた。


 奏はソファでくつろいでいた。


「ありがとー。凛ちゃん優しい」


「優しくない」


「優しいよ〜」


 NIAがイヤホンから言った。


「マスター」


「なんだ」


「白石奏を確認しました」


「するな」


「幼馴染。凛マスターを女性と認識しています」


「知ってる」


「訂正しますか」


「しない」


「了解しました」


---


 夜。


 二人で飯を食った。


 奏はよくしゃべった。


 仕事の話。


 最近見たデザインの話。


 共通の知人の話。


「そういえばさ」


 奏が言った。


「凛ちゃん、バンドまだやってるの?」


「やってる」


「ライブ行っていい?」


「来月はない。再来月にある」


「行くー! あ、チケット取っといて」


「……まあ」


「凛ちゃんのライブ、好きなんだよね。声が格好いいから」


 俺は少し止まった。


「そうか」


「昔の声も好きだったけど、今の声の方が好き」


「……そうか」


「あの時、声気にしてたよね」


「……まあ、少し」


「手術するって聞いた時、びっくりしたけど」


「そうだったな」


「でも凛ちゃんが決めたんだから、それでいいと思って」


「まあ」


「今の声、好きだよ」


 俺は少し止まった。


 奏の「好き」は友人としての言葉だ。


 分かっている。


 ただ。


 最近、「好き」という言葉に少し敏感になっている自分がいた。


 美咲が「好きです」と言った。


 「先輩の声、好きです」


 「先輩のこと好きです」


 「仕事の話です」


 「半分くらい」


 「全部見た上で好きです」


 最近、その言葉を聞く機会が増えた。


 だから「好き」という言葉に、少し反応するようになっていた。


「凛ちゃん?」


「何」


「ぼーっとしてた」


「考えてた」


「何を」


「別に」


 奏はじっと俺を見た。


「凛ちゃん」


「何」


「最近、誰かのこと考えてる?」


 俺は少し止まった。


「なんで」


「なんとなく」


「……考えてない」


「嘘だー」


「嘘じゃない」


「凛ちゃんって嘘つく時、少し間があくんだよね」


「……そんなことはない」


「あるよ。ずっと一緒にいたから知ってる」


 俺は何も言えなかった。


 奏はにやっとした。


「誰?」


「言わない」


「えー! 教えてよ」


「言わない」


「凛ちゃんに好きな人ができるとは思わなかった」


「できてない」


「嘘だー」


「できてない」


「また間があいた」


 俺はため息をついた。


「……仕事の後輩だ」


「へえ!」


「それだけだ」


「それだけじゃないじゃん、絶対」


「それだけだ」


「どんな子?」


「……うるさくて距離が近い」


「凛ちゃんタイプじゃん」


「タイプじゃない」


「でも嫌いじゃないんでしょ」


「……まあ」


「まあって認めてるじゃん!」


 奏が声を上げた。


「認めてない」


「認めてるよ! 凛ちゃんが誰かのことで『まあ』って言ったの、初めて見た」


「そんなことはない」


「あるよ! 私が知ってる凛ちゃんは、人のことで『まあ』なんて言わなかった」


 俺は何も言えなかった。


 奏はしばらく俺を見て、それからにこっとした。


「よかった」


「何が」


「凛ちゃんに、そういう人ができたこと」


「……できてない」


「できてるよ」


「……」


「告白した?」


「してない」


「するの?」


「……する」


 言ってしまった。


「おー!」


「うるさい」


「いつ?」


「……分からない」


「でも、するんだ」


「……まあ」


 奏は嬉しそうに笑った。


「凛ちゃん、ちゃんと言うんだよ」


「……分かってる」


「言えそう?」


「……まあ」


「絶対言うんだよ」


「分かってる」


「約束ね」


「……まあ」


 NIAがイヤホンから静かに言った。


「マスター」


「なんだ」


「白石奏との会話を記録しました」


「するな」


「注目ワード」


「出すな」


「『する』と言いました」


「……消せ」


「保存しました」


「二人目です」


「何が」


「告白する、と宣言した相手が二人になりました」


「……NIA」


「はい」


「二人目、というのはどういう意味だ」


「44話でNIAに向かって『言う』と言いました」


「……まあ」


「今日は奏さんに向かって『する』と言いました」


「……まあ」


「逃げ道が減っています」


「……うるさい」


「保存しました」


 奏は部屋を見回しながら言った。


「その後輩の子、いい子なんだろうね」


「まあ」


「凛ちゃんが動くくらいだから」


「……動いてない」


「動いてるよ。凛ちゃんが誰かのことで悩むなんて、昔はなかったから」


「悩んでない」


「悩んでるよ」


 奏は少し間を置いてから言った。


「凛ちゃん、変わったね」


「そうか」


「いい方向に」


「……そうか」


「その子のおかげでしょ」


「……まあ」


「まあって言いすぎ」


「……そうかもしれない」


 奏は笑った。


 俺も、少し笑った。


 久しぶりに、少し笑った。


「マスター」


 NIAが最後に言った。


「なんだ」


「今夜、口角が上がった回数を記録しました」


「するな」


「白石奏との会話中、3回です」


「……消せ」


「保存しました」


「それと」


「何だ」


「最近では多い方です」


「……知ってる」


「なぜだと思いますか」


「……分からない」


「本当に分かりませんか」


「……まあ」


「保存しました」


 夜が更けていった。

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