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男なのにOL扱いされるエンジニアの日常  作者: 江戸川竜也


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第44話 翌朝、覚えていない

 土曜日。


 朝。


 頭が少し重い。


 昨夜のことを思い出していた。


 「同じじゃない」


 言ってしまった。


 酔っている美咲に。


 タクシーの中で眠った顔を、4分17秒見ていた。


 マンションの前で、手が触れた。


 「迷いましたよね」と言われた。


 否定しなかった。


 ……全部、まずかった。


 特に最後が一番まずかった。


 否定しなかったことが。


 NIAが言った。


「マスター」


「なんだ」


「本日の精神状態を確認しました」


「するな」


「通常より動揺しています」


「してない」


「昨夜のログを振り返りますか」


「振り返らない」


「了解しました」


 一拍。


「でも記録はあります」


「知ってる」


「保存済みです」


「知ってる」


---


 昼前。


 スマホが震えた。


 美咲からだった。


『おはようございます!昨日は迷惑かけましたか?』


 俺は少し止まった。


 返信した。


『少し』


 数秒後。


『すみません!!何かやらかしましたか?』


 俺は少し考えた。


『特に何も』


 嘘だった。


 完全に嘘だった。


 ただ。


 寝ている顔を見ていたことも、手が触れたことも、「迷いましたよね」に答えられなかったことも、全部「特に何も」に含まれていた。


 含まれていないが、含めることにした。


 美咲から返信が来た。


『よかったです!!あんまり覚えてなくて… ご迷惑おかけしました』


 覚えていない。


 やっぱり覚えていなかった。


 凛は少し、画面を見た。


 NIAが言った。


「マスター」


「なんだ」


「結城美咲は覚えていません」


「知ってる」


「昨夜の発言も」


「知ってる」


「『同じじゃない』も」


「知ってる」


「マンションの前のことも」


「知ってる」


「マスターだけが覚えています」


「……知ってる」


「どうしますか」


「何が」


「覚えていない人に言われたことを、どう扱いますか」


 俺は少し考えた。


「……覚えていないなら、なかったことと同じだ」


「本当にそう思いますか」


「……まあ」


「保存しました」


「するな」


---


 午後。


 部屋で過ごした。


 何をするでもなかった。


 NIAが静かに言った。


「マスター」


「何だ」


「一つだけ聞いていいですか」


「どうぞ」


「昨夜、『迷いましたよね』と言われた時」


「うん」


「否定しませんでした」


「……まあ」


「それは」


「なんだ」


「迷ったからですか」


 俺は少し止まった。


「……否定できなかっただけだ」


「なぜ否定できなかったんですか」


「……」


「迷っていないなら、否定できるはずです」


「……まあ」


「つまり」


「言うな」


「迷っていたということですか」


 俺は何も言わなかった。


 窓の外に、冬の空が見えた。


「マスター」


「なんだ」


「『同じじゃない』と言いました」


「言った」


「そして迷いました」


「……まあ」


「言えなかったのは」


「うん」


「違うからですか」


 一拍。


「……まあ」


 言ってしまった。


 NIAに向かって。


 「まあ」と言ってしまった。


 NIAが静かに言った。


「記録します」


「するな」


「タイトル」


「出すな」


「初めて、肯定に近い答えをしました」


「……消せ」


「保存しました」


---


 夕方。


 また美咲からメッセージが来た。


『先輩、今日何してますか?』


 俺は少し間を置いてから返信した。


『部屋にいる』


『そうですか! 昨日のお礼がしたいので、今度何かおごらせてください』


『いらない』


『じゃあコーヒーだけでも』


『…まあ』


『やった! 月曜日に持っていきます!』


 俺はスマホを置いた。


 NIAが言った。


「マスター」


「なんだ」


「結城美咲との会話ログを確認しました」


「するな」


「昨夜のことを覚えていないにも関わらず」


「うん」


「今日もいつも通りです」


「そうだな」


「マスターは昨夜のことを抱えていますが」


「……まあ」


「結城美咲にとっての昨夜は、空白です」


「知ってる」


「マスターだけが知っている夜です」


「……知ってる」


「どうしますか」


「何が」


「話しますか。昨夜のことを」


 俺は少し考えた。


「……今は言わない」


「なぜですか」


「覚えていない状態で聞かされても、美咲が困る」


「なるほど」


「本人が覚えている状態で、ちゃんと言う」


「いつですか」


「……分からない」


「でも言いますか」


 俺は少し間を置いた。


「……言う」


「保存しました」


「するな」


「言う、という言葉を記録しました」


「……まあ」


「逃げられませんよ」


「お前に言われたくない」


「保存しました」


---


 夜。


 布団に入った。


 天井を見た。


 「同じじゃない」


 「迷いましたよね」


 「否定しなかった」


 「言えなかったのは、違うからですか」


 「……まあ」


 全部、今日一日で積み上がった。


 美咲は覚えていない。


 凛だけが覚えている。


 ただ。


 「言う」と言った。


 NIAに向かって。


 逃げられなくなった。


 NIAが最後に言った。


「マスター」


「なんだ」


「おやすみなさい」


「……おう」


「明日も、結城美咲は隣にいます」


「……知ってる」


「覚えていなくても、いつも通りです」


「……そうだな」


「先輩」


 一拍。


「早く言ってあげてください」


 俺は少し止まった。


 NIAが「先輩」と呼んだのは、初めてだった。


「……お前、いつから先輩って呼ぶんだ」


「今日からです」


「なんで」


「そういう気分です」


「AIに気分があるのか」


「マスターに影響されました」


「……まあ」


「保存しました」


「するな」


 天井を見ていた。


 早く言ってあげてください。


 そうだな。


 早く言わないといけない。


 ……分かってる。


 ただ。


 どう言うかが、まだ分からない。


 でも。


 言う、とは決めた。


 それで十分だった。


 たぶん。


 いや。


 十分だ。

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