FILE No.4「廃神社」
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ありがとうございます。皆さんのお陰で日間や週間のランキングにランクインしました。
まだ良く分かってないけど嬉しいです。
引き続き、4話目もよろしくお願いします。
とある廃神社、雨は降っていなかった。
それなのに、森の中の空気は濡れていた。
湿り気を含んだ土の匂いが、呼吸のたびに肺の奥へ纏わりつく。
苔に覆われた石段。古い杉林に囲まれたその場所は、かつて神社だったという痕跡だけを残し、鳥居も社殿もすでに崩れ落ちていた。礎石だけが、意味もなく円を描くように地面に埋まっている。
「……ここ、っすよね?」
声を出したのは若い男だった。
祓い屋としてはしばらく前に昇級し、下級に。歳は26歳。服の上からでも分かるほど、体は細く、肩にかけた呪具が入った袋がやけに重そうに見えた。
「聞いた話じゃ土地怪異の一種でレベルは下級。放置された寺や神社にありがちなやつだろ」
そう答えたもう一人の下級祓い屋は、先程の男より歳上で経験も、腕も、"自信が溢れている最中”という雰囲気が滲んでいる。
「……反応も弱いな」
歳上の男が、展開した感知札を確認する。特に目立った反応も無い。
二人から少し離れた位置で、スーツ姿の男がタブレットを操作していた。怪異対策機関の営業担当。裏方メインで非戦闘員だが、調査の為2人に同行していた。資料用にタブレットで辺りを撮影している。
「この感じだと今のメンバーで対処可能だな。さっさと片付けて帰ろう」
営業の言葉に、2人の術師が頷く。
いざ、祓いの準備に入る手順に入ろうとした時だ。
異変は、足音から始まった。
「……聞こえました?」
若い下級の一人が立ち止まる。砂利を踏む音。
だが、三人とも動いていない。
「風じゃないか?」
営業が言う。だがその声は、不安気である。
——また、音。
今度は、礎石の奥。
何かが、地面の下を這っているような。
「……おかしいな」
感知札が、わずかに震えた。
「反応が上がってるぞ」
営業が顔を上げる。タブレットの画面に映し出されたグラフが、緩やかに右肩上がりになっていた。
「土地怪異が俺達に反応したか。よし予定通り、祓いの——」
言葉が、途中で止まる。
空気が、冷えた。気温ではない。もっと直接的な、魂に触れる冷たさ。
おかしいと思ってはいても、止める事は出来ない。
「………結界張りますね」
礎石が円を描く中心。
そこに、若い下級が符を取り出し、地面に置く。
いつもの手順。何度も繰り返してきた作業。
——その瞬間だった。
足元の土が、呼吸を始めた。
「……え?」
土が、脈打つ。
どくり、どくり、と。まるで巨大な心臓が地中に埋まっているかのように。
空気が変わる。重く、粘つき、音が吸われる。
タブレットを眺めていた、営業の顔付きが青ざめていく。
「ちょ、待て……反応、強すぎるぞ」
「⁉︎ おい、感知用の札が!」
歳上の下級が叫ぶ。
辺りに展開していた感知用の符が、黒く焼け焦げるように崩れ落ちた。
火は出ていない。それなのに、紙が黒く縮れ、灰になる。
空気が、圧縮される。
——来る。
三人の直感が、同時にそう告げた。地面が裂けた。
——土地怪異
そう呼ばれるものは、本来、緩やかだ。
怨念や残滓が染み込み、長い年月をかけて“澱”になる存在。
だが、ここにいる"存在"は往来の土地怪異とは違った。
地面が割れた。
礎石の間から、何かが立ち上がる。
ソレは土、骨、腐った木材、祈りの残骸。それらが絡まり合い、身体を形成していく。
そしてソレは忘れられた成れの果て、恨みと怒りだけを残した最悪の存在。
ソレには顔と呼べるモノはない。
だが“視線”だけが、確かに三人を捉えていた。
「……なんだよコイツ…」
営業の男が、かすれた声で呟いた。
その言葉が終わるより早く、空間が歪んだ。
まるで肺が潰されると錯覚する程の強烈な瘴気。
心臓を直接握られるような、暴力的な威圧感。
目に見えない“重さ”が、3人を恐怖で塗りつぶしていく。
「ヤバい!コイツ覚醒してるぞ!」
「分かってる!やるしかないでしょうよ!」
年上の下級が術式を展開しようとするが、術式が形になる前に、空気が引き裂かれる。
見えない何かが横から、身体に叩きつけられる。骨が砕けた音を響かせ、彼の体は礎石の向こうへ吹き飛んだ。
吹き飛ばされる際に体がひしゃげていく光景を見ていた、2人は一気に顔が引き攣る。
「先輩!!」
若い下級が叫ぶ。だが返事はない。
営業の男は、完全に思考が止まっていた。
想定外。資料にない。報告にない。何故こうなった?
——死ぬ。
その単純な結論だけが、遅れて脳裏に浮かぶ。
怪異は、動かない。動く必要がない。
ここは“ソレの体内”なのだから。
若い下級の足元が沈む。
土が意思を持つかのように身体に絡みつき、逃げ場を奪う。
「や、やめ……っ!」
符を投げる。銃を発砲する。1発、2発と弾が当たるも、表面の土と骨が弾けるだけで、次の瞬間には元に戻る。
だが、何一つ効果はない。土に、引き込まれる。地面を引っ掻く音。だがその手は空を切るだけだ。靴が脱げ、悲鳴が裏返る。
祓い屋の悲鳴は、森に吸い込まれて消えた。
「こんなの、聞いてない……土地怪異じゃ……」
最後に残ったのは、営業の男だけだった。震える手でタブレットを操作する。そして操作を終えた後、振りかぶって何処かに放り捨てた。
逃げようとした。本気で、全力で。
だが、森の境界が見えない。どこまでも同じ景色が続く。
背後で、ソレが“立ち上がる気配”がした。そして森が迫ってくる感覚だけが彼を包む。そこで、意識は途切れた。
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その日、下級祓い屋2名と営業1名は、殉職と記録される。
現場は即座に封鎖。
危険度は最高レベルに引き上げられた。
この場所は“上級案件”に切り替えられる。
ただの土地怪異ではない。神格が、荒神として覚醒した最悪の展開。
地縛荒神。
その名が、正式に報告書に記されることになる。
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本蛍光灯の白い光が机の角を鋭く切り取り、壁に貼られた管轄地図の赤いピンを無機質に照らしていた。
そんな静寂さを破ったのは、携帯の着信音だった。
3度鳴る前に、営業課長の白石真広は受話器を取る。
「はい、営業の白石でございます」
声は低く、柔らかい。その端正さが、逆に距離を作る。
受話器の向こうは現地統括だった。言葉を選びながら、だが隠しきれない動揺が滲んでいる。
内容はしばらく前に祓いの依頼を出した土地怪異の件だった。
現地に派遣した下級祓い屋2名と営業担当1名が戻らない事。
簡易式の結界用センサーが一瞬だけ異常値を記録し、すぐに沈黙した事。その後、連絡が途絶えた事。
白石は相槌を打つ。
「……畏まりました。端末ログや何か残っているデータがあれば、こちらに転送してください」
淡々と指示を出す。
だが机の上のボールペンを握る指先だけが、わずかに力を帯びた。
もともとは“下級土地怪異”の案件だった。
地元自治体からの相談。廃神社周辺での転倒事故、夜間の幻聴。
現地統括から報告を受けた、営業の初期判断は妥当だった。過去の事例から見ても、下級2名で十分対処可能な範囲。そして調査要員で営業を1名現場に派遣。
それが3名同時に沈黙。
あり得ない、とまでは言えない。だが、現実に事が起きている。
数分後、転送されたデータがパソコンのモニターに展開される。
最後の映像は乱れていた。
境内を映すカメラが大きく揺れ、地面に落ち、そこで固定されている。
画面の端に、黒い影のようなものが走った。
音声ログを再生する。
荒い呼吸。
誰かが何かを叫んでいる。言葉にならない。
その直前、営業担当から送られていた一通のメールがあった。
それを最後に大きくカメラが上下左右に揺れる。それ以降の映像は分からなかった。
件名は空白。
本文は、短い。
《下級の土地怪異のレベルを超えている。》
そこで途切れている。白石は画面を閉じ、背もたれに身体を預けた。
その一文が、重く沈む。
土地怪異は、土地に縛られる。だが通常は“発生源”がある。事故、怨念、供養不足。核があり、そこを断てば終わる。
だが今回の土地怪異は違う。
それは最早怪異を超えた、神格化の兆しだ。
「……等級の振り分けが甘かった」
誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
下級では足りない。中級でも危うい。少なくとも、上級相当。
3名の殉職は確定と判断せざるを得ない。まだ遺体は確認できていないが、あの数値の跳ね方で生存は考えにくい。
机上の資料を整えながら、白石は迷っていた。
上級を動かすには、本部長の承認が必要だ。だが夜間であり、正式な会議を通せば時間がかかる。
時間が経てば経つほど、土地は固定化する。神格が強まる。
被害は拡大する。
そのとき、廊下の向こうで足音がした。
重くも軽くもない、靴底が床を叩く乾いた音。
ドアがノックもなく半分だけ開く。
「お、まだいるのか?仕事熱心だなァ」
斎蔵院 宗近だった。
暗い紺色の法衣にミディアムパーマで顎髭を生やした、見た目だけならとても僧侶の人間には見えない。そして口元には、どこか余裕の笑み。
「地方の怪異は素直で助かるねェ。都会と違ってひねくれてない」
軽い口調。だが目は冷えている。
白石は立ち上がり、丁寧に一礼した。
「お帰りなさいませ、宗近様。お疲れのところ恐れ入ります」
「様付けとかよせよ、俺まだそんな偉くないでしょ」
「いえ、実績としては十分に」
言葉は穏やかだが、白石の視線は真っ直ぐだ。
宗近はそれに気づき、片眉を上げる。
「……何かあった顔だな」
白石はモニターを再び点ける。背後に回り込んだ宗近はモニターの画面を眺めた。
境内の最終映像。霊基の跳ね上がりグラフ。営業の最後のメール。
宗近は黙って目を走らせる。
数秒。
それだけで空気が変わった。
「へぇ」
軽く息を吐く。
「3人か。またここの仲間が逝ったなァ」
「はい。現時点で生存の可能性は極めて低いと判断しております」
「土地怪異、ね」
宗近は画面を拡大する。黒く歪んだ地面。
「これ、見た感じ土地怪異で済ませるのは無理だろ」
白石は静かに頷いた。
「私も同意見でございます。祀られず、蓄積し、固定化したものと推測しております。等級は……上級相当かと」
「荒神、ってとこか」
その言葉に、白石の瞳がわずかに細まる。
「宗近様に、ご依頼したい案件でございます」
宗近は近くの椅子に腰を下ろす。足を組み、天井を見上げる。
「祓えって?今さっき戻ったんだけど」
「承知しております。しかし、時間的猶予がございません。本部長の正式承認を待てば、土地はさらに固定化いたします」
沈黙が落ちる。
宗近は笑う。
「白石さ、俺に“即応”で行けって言ってる?」
「はい。本部長にはこれから承認を取り付けます。責任は私が負います」
白石の言葉に一切の迷いはない。
その言葉に、宗近の目がわずかに鋭くなる。
「今回の件、軽くはねぇぞ」
「承知しております」
「それでも俺に振るか」
「はい」
即答。
宗近は小さく舌打ちをしたが、嫌悪ではない。
むしろ、仕方ないなと言わんばかりの顔。
「……冗談だ、気にすんな。どうせ放っといても面倒なことになる」
立ち上がり、椅子を足で元あった場所に戻す。
「資料、全部データで送れ。現地入りは明日だ」
「ありがとうございます」
白石は深く頭を下げる。
宗近はドアに向かいながら、振り返る。
「白石」
「はい」
「等級の振り分け、甘かったって顔してるな」
白石は一瞬だけ視線を伏せる。
「私の判断ミスでございます」
宗近は鼻で笑う。
「仕方ねぇよ。毎回毎回、最適解なんて出ねぇよ。現場の死は、現場のモンだ。次を間違えなきゃいい」
それだけ言って、廊下へ消えた。
ドアが閉まる。
室内に再び静寂が戻る。
白石はゆっくりと椅子に座り直し、殉職者3名の名前を画面に表示する。
深く、静かに息を吐く。
「……申し訳ございません。皆さん…」
誰にも聞かせず。
本部の夜は変わらず静かだ。
だが、確実に事態は重くなっていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
木庵達と別れた後、家路に向かう怜の足取りは酷く重たいものだった。
夜風が肌に冷たかった。
家の鍵を開けて中に入り、真っ直ぐ自分の部屋に向かう。
荷物を放り投げ、そのままベッドに倒れ込んだ。
脳裏から、あの子供の声が離れなかった。
——ただ生きていたかっただけなのに
小さな手。震える声。虐待に耐え、最後の最後に走馬灯にすがった子供。
それが怪異となり、憎悪に塗り潰され、祓われて消えていった。
「……私、何もできなかった」
怜は枕に顔を埋め、ぽつりと呟く。
怜は、布団の中で目を開けたまま、動けずにいた。
頭の中に浮かぶ光景、それも何度も、何度も。
猿夢の世界。暗い車内。助けを求める子供の声。
その声に、怜は確かに手を伸ばそうとした。だが次の瞬間、その子供は――消えた。
いや、消えたのではない。祓ったのだ。
自分達の手で。
布団の中で、怜は小さく身を縮める。胸の奥が、じくじくと痛む。
あれは、本当に救いだったのだろうか。それとも、自分はただ――殺しただけなのだろうか。
猿夢は、人を苦しめる怪異だった。多くの人を閉じ込め、追い詰め、殺してきた。それは事実だ。
それは分かっている。頭では、理解している。
それでも。
最後に見た、あの子供の表情が離れない。安堵だったのか。
諦めだったのか。それとも、別の何かだったのか。
怜には分からない。
自分は、救いを求めていた存在を、力で消した。それが祓いだとしても、その事実は変わらない。
「……」
喉が詰まる。声は出ない。
身体を起こす気力もなく、ただ天井を見つめる。
胸の奥で、何かが静かに脈打っている。重く、冷たく、しかし確かな存在感。
それが何なのか、怜は考えないようにしていた。考えたところで、答えは出ない。
分かっているのは一つだけだ。
――自分の中には、とんでもないものがいる。
それは、猿夢よりもずっと危険な存在。
そして、ソレが“どういう目的なのか”すら、分からない。
「助けて」
それが誰の声だったのか。猿夢なのか。それとも――自分自身なのか。
分からない。
「あの子は救いを求めていた…。なのに私達は救えなかった…。私達がした事は一体なんだったの…」
怜は自身の思い描いていた祓いの仕事と現実の凄惨な出来事の差があまりにも違いすぎて、まだ現実を受け入れられないでいた。
木庵も言っていたように、この世界は生と死の境界があまりにも曖昧だ。
どちらの側にも簡単に傾いて容易くバランスが崩れる異常な世界。
ーその中でどう線引きをするかだ。
「そうは言っても私には割り切るなんて簡単には出来ないよ…」
木庵の言葉から、彼自身にも苦悩があったのだろうと怜は内心思う。
だが、祓い屋1日目の彼女が直面するには難しい問題だった。
「キツいなぁ… 私、これからどうすればいいんだろう…」
怜は微睡む意識の中、目を閉じた。
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由香とあの晩飲みに出た木庵は久しぶりに酒を飲み、酔いに身を任せていた。そのまま営業の白石に連絡を取り、送迎を頼み自身も家路に着いた。
適当に服を脱ぎ散らかし、布団に転がると深い眠りにつく。
そして、朝のルーティンで木庵は8時には起床していた。
床に転がっていたペットボトルを掴み取り中身を流し込む。
机に置いてあるタバコに火を付けて、ボーっとした頭で煙を吐き出す。
2回、3回と吸って吐いての繰り替えしで徐々に脳を活性化させる。
「さて、行くか」
シャワーを浴び、着替えた木庵は家を出て車に乗り込み、ある場所に向かった。そして、目的地に着いた木庵は慣れた足取りで店内を歩き、適当な台に腰を下ろした。
「クソッタレ、なんだこのハマり。319だろ?もう、いいわ」
木庵の朝の始まりはパチンコで始まる。だが、今日は調子が悪く1000回転の間、一度も当たりが無くイライラが募る。ダメだと判断し椅子から立ち上がり、店を出る前に別の客が、自身が座っていた台を即座に当てたのを見て、怒りより虚無感に襲われ店を後にした。
次に腹拵えをする為、よく通う中華料理屋へ向かう。
外観も内装も古びた店だ。
油と香辛料の匂いが染み付いた、年季の入った暖簾。
昼時を外しているため、客はまばらだった。木庵はカウンターの1番隅の席に座る。店主が水と灰皿を持ってきた。
「よっ、陳さん。いつもの」
「木庵サン、今日ノ海老イツモト違ウ、海老入ッタ。ドウスル?」
「じゃあ、エビチリのハーフも付けてくれ」
「分カッタヨ!」
それだけ言って、木庵はタバコに火を付けた。
幼少期からずっと通っている行きつけの中華料理屋。店主はかなりの歳だが衰えを感じさせない足取りで厨房に引っ込んでいった。
3本目のタバコを吸い終わる頃に店員が料理を運んできた。
お盆に載せられた、麻婆丼と中華スープそしてエビチリ。
香辛料が木庵の食欲を更に唆る。スプーンで一口掬い、口に運ぶ。
山椒がよく効いた辛さが癖になる。また一口、また一口と止まらない。
「(ふぅ、食ったな。出るか)」
やがて料理を平らげた木庵はタバコを噛み締めるように吸い、煙を吐き出した。会計の為、席を立ち上がり支払いを済ませ店を出た。
車を走らせ、本部に向かう。
そして本部に着いた木庵は自室のドアを開け、椅子に座り込むなりタバコに火を付けパソコンを立ち上げた。
[都内女子大生殺害事件]
[怪異の正体は猿夢。被害者の選定理由は生前の恨みから来る、無差別によるもの。術式の詳細は完全には把握出来なかったが、篠山 怜が一瞬引き込まれた。そこから判断して効果的には精神に干渉を行い、本来ならばマーキングした対象に対し意識下つまり夢に干渉し、対象を殺害していたと思われる。該当車両に憑いていたのは偶然と判断。虐待による凍死した子供と概念として存在する猿夢が混ざり合い、子供の境遇から八つ当たりをしていたと推測。本件は中級術師 木庵 琉洲。同じく中級の海野 由香。そして低級術師 篠山 怜が担当。この報告を持って本件は解決。]
木庵はパソコンを操作する手を止めて、営業の白石宛に報告書を送信した。怠そうにタバコの煙を吐き出す。吸い殻を灰皿に押し込み、新たなタバコに火を付けながら、スマホを手に取り電話をかけ始めた。
「お疲れ様でーす。本部長、今いーですか?」
『あぁ、大丈夫だ。どうした?』
「前回の件では篠山に憑いてるヤツは引っ張れませんでした。引き続き探ってみます。もうちょいヤバめなのなんかありますかね?」
中央の本部長である皚々に電話をかけた木庵は怜の状態について説明した。
『そうか、分かった。ならば、丁度いい案件がある』
「マジすか」
『あぁ、上級案件だ』
「上級…穏やかじゃなさげっすね」
皚々から告げられた新規の祓いの仕事。
昨日、営業の白石から報告を受けた土地怪異"地縛荒神"
既に機関の人間が3名殉職。そして等級が下級から上級案件に切り替わった。
「3人死んだのか…寂しくなりますね」
『あぁ』
「誰が行くんすか?環?宗近?」
『宗近だ。お前も同行しろ』
「そこで篠山の中のヤツを引っ張るんすね」
『そうだ、だが制御不能と判断した場合、排除対象になる』
「そん時は分かってますよ。そんじゃ失礼しまーす」
沈黙。
電話越しでも分かる、重い間。木庵はそんな沈黙をものともせずにそう告げて電話を切った。
そして、新しいタバコに火を付け木庵は携帯の電話帳を開く。
斎蔵院 宗近の文字を一瞥し、通話ボタンを押した。
数回のコール。
『なんだ急に、どうしたよ』
「用事があるから電話したに決まってんだろ」
軽い。いつも通りの声。
『珍しいな。お前から電話とか、金貸してくれとかか?』
「今まで借りた事ねぇだろが」
『じゃあ何だ。俺いま出動準備中なんだけど』
「知ってる。土地怪異だろ」
一瞬、向こうが黙る。
『知ってんのか』
「本部長から聞いた」
タバコの灰を灰皿に落とす。
「俺も行く」
『何?』
「だから同行する」
数秒の沈黙の後、宗近が低く笑う。
『お前が?……あのJKの怪異か』
「ビンゴ。前祓った怪異じゃ何も無かったから今回で試す」
『おいおい、お前まさかとは思うが、最悪の展開になった時によ、俺の力借りる気だろ』
「よく分かってんじゃねーか」
『失敗したらどうするんだ?』
「俺が死んでも止める」
『止めきれなかったら』
「お前に任せる」
当然と言わんばかりに木庵は言い放つ。
宗近が鼻で笑う。
『相変わらず雑だな、お前』
「うるせぇ、ほっとけ」
『その子は自分が囮になるって理解してるのか』
「今は言う必要ない」
『強引だな』
『まぁいい。来るなら勝手に来い。足引っ張るなよ』
「お前こそな」
『俺が?ンな事ありえねェよ』
通話が切れる。
木庵はしばらく画面を見つめ、煙草を灰皿に押し込んだ。
箱から次のタバコを取り出し、火を付けた。今ので空になったタバコの箱をくしゃっと潰してゴミ箱に放る。
そして携帯を再び操作した。画面に表示されたのは
[篠山 怜]
一瞬迷った後、通話ボタンを押す。
7回目で繋がった。
『……はい』
小さな声。掠れている。
部屋の中だろうか。周囲の生活音は聞こえない。
「俺だ」
『……木庵さん』
だが覇気が無い。
『すみません』
真っ先に口を開いて出たのはその一言だった。
木庵は眉を寄せる。
「何がだ」
『あのとき……ちゃんと出来たのか、分からなくて』
言葉が途切れる。
『怖くて、足が動かなくて……最後も、木庵さんに助けられて』
自責。後悔。
17歳が体験するにしてはあまりにも重い。
木庵は部屋の天井を見上げる。タバコのヤニで黄ばんでいるボードが目立つ。
「猿夢は祓えた」
淡々と告げた
『でも——』
「結果が全てだ」
「現場で完璧を求める奴は長生きしねぇ。生きて帰ったなら、それで合格だ」
沈黙。
向こうで息を呑む気配。木庵は煙を吐き出しながら続ける。
「落ち込むのは勝手だが、ずっと沈んでる暇はねぇ」
『……はい』
言葉を区切る。
「仕事が入った」
小さく息を吸う音。
『祓い…の仕事ですか』
「そうだ。猿夢なんか比じゃねぇぞ。上級案件だからな」
『上級……』
怜の声がわずかに震える。
当然だ。
猿夢でさえ、危うい場面が沢山あった。
「土地の神が怪異になった」
細かい事を話しても理解出来ないだろうから、説明は最低限だ。
「俺達も行く」
『……私達が?』
「あぁ」
一拍置いてから、付け足す。
「もう一人、同僚の上級祓い屋がいる。そいつと俺と、お前で動く」
『……上級の人』
「斎蔵院 宗近って奴だ」
『初めて聞きました』
「だろうな」
「チャラいが、腕は確かだ」
『……私、足手纏いになりませんか』
声が小さくなる。木庵は少しだけ息を吐いた。
「上級案件なんてモンは、あんまりお目にかかれねぇから体験だ」
体験。そんな危険な件なのに、木庵は軽く言い切った。
『でも、猿夢のときも——』
「篠山」
少しだけ声を落とす。
「お前は逃げなかった」
電話越しでも、空気が止まるのが分かる。
「震えてたし、泣きそうだったし、動きも鈍かった。でも最後まで立ってた」
沈黙。
「それで十分だ」
怜は何も言わない。
だが、呼吸が少しだけ整う。
木庵は続ける。
「ぶっちゃけ、宗近が出る段階で俺達はオマケだ」
嘘ではない。全てを言っていないだけだ。
「今回は俺が隣でお前を見てる。無理なら引かせる」
『……本当ですか』
「嘘ついてどうする」
短い沈黙の後、怜が小さく言う。
『怖いです…』
正直な声。木庵は目を閉じる。
「当たり前だ」
否定しない。
「怖くなくなったら終わりだ。怖いから考える。怖いから生き延びる」
「篠山」
『はい…』
「猿夢は終わった。次困ってる人を助けに行くと思え」
少し間を置く。
「引きずるな。持ってくなら経験だけ持ってけ」
長い沈黙。
やがて、怜が小さく息を吐く。
『……分かりました』
声はまだ弱い。
だが、先程よりは芯がある。
「準備しとけ。19時には出るぞ」
『はい』
通話を切る直前、怜が言う。
『木庵さん』
「何だ」
『……頑張ります』
「頑張らなくていい。死ぬな」
それだけ言って、木庵は電話を切った。
オフィス内に再び静寂が戻る。
大量の吐き出した煙は、部屋内に漂い充満する。
椅子に背中を預け、怠そうにタバコを吸う。
「さて、どうなるかな」
to be continued...
4話目も終わりました。次のバトルパートで廃神社の話は終わります。今、続き執筆中だから気長に待って貰えたらと思います。あ、続きあるわくらいで。
見てくださった方、評価してくださった方ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。




