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中央怪異対策機関  作者: Proto1
7/9

FILE No.3「猿夢」Part5

めっちゃ遅くなりました。見てくれてた方、ごめんなさい。文字数長くなってたので小分けにしてたらPart数めっちゃ増えました。猿夢の話はこのPartで最後です。

続きあるわくらいの軽い気持ちで大丈夫なんで見てもらえたら幸いです。

車体は歪み、窓は赤黒く染まっている。複数人影が見えるが、その顔は苦悶に歪み、口を開けて何かを叫んでいる。だが声は聞こえない。

 

「ッ……あれが……!」

 

怜が呟いた瞬間、車両から奇妙なアナウンスが響いた。

 

――次は拷問、拷問。拷問です。

 

その言葉に、怜の視界がぐらりと歪む。暗闇の中で、鎖の音、血の匂い、鉄の冷たさが襲いかかる。

 

由香が即座に怜の肩を掴み、背中に符を叩きつけた。

 

バチリと火花が散り、怜は感覚が現実に引き戻される。

 

「落ち着いて、心の隙は怪異にとって格好の的だよ」

 

怜は荒い息を吐きながら頷く。

 

「……はいッ」

 

やがて、電車は完全に停止すると先頭部分が口のように裂けた。

入れという事なのだろうか。怜はどうしようかと由香の顔を見る。不安一杯の怜を尻目に由香は脚のホルスターの拳銃を確認し、ライフルを担ぎ直すと一歩踏み出した。

 

怜もそれに倣おうと足を踏み出そうとするも足が動かない。

さっきまでは自身も戦おうとそう思っていたのにいざ、死を撒き散らす超常を超えた人ならざる存在。

ソレと再び真正面に向き合って、恐怖心で怜は体が動かなくなる。

 

 

 

「(動いてよ…、なんで動かないの… 動いて、動けッ…)」

 

 

「怖いんだよね怜ちゃん。分かるよ、私も最初はそうだった。確かにこの中は罠かもしれないし更に危険な目に遭うかもしれない。でも、それでビビって誰かが傷付くのが嫌だから私は前に進む」

「あ、厳しい事も言うよ。ここで踏み出せずにいると、今は私や木庵がいるけどいつか、自分だけで対応しないといけない日が必ず来る。その時に絶対死ぬよ」

 

「大丈夫、1人で歩けないなら一緒に行くから。強引だと思うけど本当に嫌ならそもそもこの場にいないし、祓い屋になってないんだから」

 

 

由香は歩みを止め、肩越しに怜に語りかけた。その言葉から偽りや虚勢は全く感じられなかった。そして、由香は怜の手を優しく握るとその手を引いて共に歩き出した。

 

 

車内は暗く、赤い照明が断続的に明滅していた。空調など効いて無い筈のなのに車内はまるで凍えるような冷たさ。

床には錆と血痕、座席には猿の面を被った小さい猿達が並んでいる。

だが、猿達は何もしてこない。ただじっと2人を見つめているだけだ。

 

 

「私達は袈裟の効果でこういう下っ端は手を出せない筈だけど油断しないで。次の車両からかなり、"濃く"なると思う」

 

由香の言葉に怜の額に汗が浮かび上がる。

 

 

 

そして、扉を開いたその先の光景はあまりにも目を覆いたくなるような残酷な光景だった。

 

座席に座らされているのは被害者達だろうか、猿の面をした怪異達に次々と拷問されいく様が怜の視界一杯に広がる。ある者は目玉をスプーンでくり抜かれ、ある者は刃物でバラバラにされ、ある者は下半身を機械に突っ込まれて擦り潰されていた。そして被害者が力尽きると遺体は消え、再び同じ人間が現れて生前死ぬ前にされた拷問が繰り返される。この怪異が祓われるまで死後も成仏出来ないまま、ずっと永遠に。

 

そして車内中に響き渡る悲鳴と咽せ返るような夥しい血の匂い。

乗客達は助けを求めて叫び出す。怜の耳に被害者の悲鳴が突き刺さるかのように木霊する。

 

 

「うっ…うぉ…ぉえ…」

 

その光景に怜はその場に蹲り、嘔吐してしまう。

 

色々と慣れている由香ですら思わず眉を顰める程の凄惨さ。

だが、由香の中を駆け巡る感情は違う。

 

「アンタらさ、死人にずっとこんな事をしてんのか」

 

怒りだ。死後も被害者の魂が成仏せず、ただ悪戯に魂を弄ばれる。その行為を目の当たりにした由香は言うが否か、即座に脚のホルスターから拳銃を抜き1番近くに居た拷問者とも言うべき猿の面の胸に2発、頭に1発と銃弾を叩き込む。

 

パタリとその場に倒れこんだ拷問者は黒い砂となり霧散した。

 

 

そして、車内にアナウンスが流れる。

 

――只今、車内に不審者が現れました。乗組員の方達は乗客への拷問を中止し、不審者の対応をよろしくお願いします。

 

その言葉を皮切りに拷問を行なっていた、猿の面達は一斉に由香の方に振り向き、由香目掛けて殺到する。座席や他の猿の面達に引っ掛かって体勢が崩れようとお構いなしにそれぞれに凶器を振り上げる。

 

由香は冷静に拳銃を構え、引き金を引いた。

4発、5発と次々に迫り来る猿の面を的確に撃ち抜いていく。

やがて、マガジン内の弾を撃ち尽くし銃のスライドがロックされると怜の眼前に弾切れの銃を放る。そして由香は叫んだ。

 

「怜ちゃん、弾!装填して!」

「は、はい!」

 

その言葉に今まで固まっていた、怜は慌てながらもバッグの中から由香が使用していた拳銃のマガジンを交換し始めた。

 

そして、使用していた拳銃の弾が切れた由香は、素早い動きでライフルを構え猿の面の頭部を吹き飛ばす。

遊底を操作し次弾を装填する間もなく、猿の面は刃物を振り下ろそうとするも由香はライフルに取り付けた銃剣で刃物ごと腕を切り落とした。

仰け反った猿面目掛けてライフルの銃床で殴り付け、体勢が崩れたところ目掛けて右のハイキックを放つ。一連の攻撃を受けた猿面は耐え切れず吹き飛んだ。

 

 

「由香さん!出来ました!」

「ありがとちゃん!」

 

遊底を操作し終え、次弾を装填したタイミングで怜は拳銃を由香に渡した。

 

 

一仕事終えた怜に別の猿面が迫り来る。由香もそれに気付いて、怜の方に銃を向けようとするも邪魔が入り、照準を合わせられない。

 

「クッッソ!そこの邪魔なヤツ邪魔!」

 

その間にも猿面は怜に近付いていく。怜も咄嗟に銃を構えるが向こうの方が早かった。振り下ろされた刃物を怜はなんとかギリギリで避ける。

再び、怜を凶刃にかけようと猿面は振り向こうとするが、今度は先に体勢を整えた怜の方が早かった。

 

「っああああああああああああ!!」

 

怜はただ、拳銃の引き金を弾き続けた。

 

「(今、何発当てるとか的確に急所を撃つとか関係ない…!こんだけ近いなら外しようがないでしょ!)」

 

怜の考えは正しかった。弾を当てる程の技量が無いなら外しようがない状況で撃つなら関係が無かった。

怜の考えた通り、掠めた弾もあるものの全弾撃ち尽くし終えた後、猿面は崩れ去った。

 

「やるじゃん!いい感じ!」

 

その様子を見ていた由香は焦りながらも目の前の敵に対処する。

 

マガジンを交換する為、怜はバッグから取り出そうとするが最初に入って来た車両から別の猿面達が迫って来ていた。

 

「(嘘…次は別のが来た…弾を装填して…ダメだ、目の前のヤツを倒せてもまだ後ろから来るヤツに追い付けない…どうしよう…)」

 

 

「怜ちゃん!逃げてッ!」

 

 

再度訪れたピンチに今度ばかりは間に合わないと思い、怜は顔を背けた時だった。

 

 

 

 

ドッ…ゥン… ドッ…ゥン…

 

鈍く低い銃声だ。

 

ドッッ…ゥン…! ドッ…ゥン!

 

怜の後方、つまり最初の車両の方から銃声が近付いてくる。

近くなる銃声と共に猿面達が複数体纏めて黒い液体を撒き散らしながら吹き飛ばされいく。

 

ドゥンッッ‼︎ ドゥンッッ‼︎

 

 

「ワリーワリー危なかったな、大丈夫か?」

 

銃声と硝煙、そしてタバコの煙と共に現れたのはしばらく前に別行動を取っていた木庵だった。

 

 

「テメー木庵この野郎!ふざけんなタバコ吹かしてねーでこっち手伝え!」

 

さっきまでの焦りを吹き飛ばす由香の木庵に対する安心感とこんな状況で暢気な事を言っている怒りで声を荒げる。

 

「まぁ待てって、今行く」

 

木庵はタバコを吸いながら、散弾銃のレバーを引き薬莢を排出した。

猿面の生き残りが木庵の足を掴もうとするが、逆に木庵に頭を踏みつけられ固定される。

 

「くたばれ、死に損ないが」

 

猿面に銃を突きつけ、引き金を引いた。

火花と共に頭部が弾け、最初の車両にいた猿面は全滅した。

 

「ここは任せた!一旦下がる!」

 

弾が切れたライフルのマガジンを交換する為、由香はバックステップで怜と木庵のいる方に下がる。

 

「さてと、新型ちゃんお預けしてワリーな。たっぷりブッ放してやる」

 

そう言うと木庵は先程使用していた散弾銃を仕舞い、今度はバッグから更に大振りな散弾銃を取り出した。

銃本体にドラム式マガジンをセットし、腰溜めに構える。

そして引き金を引いた。一度火を吹き始めるとフルオートでソレから弾が吐き出される。往来の散弾銃には無い連射速度と制圧力で車内に残っていた猿面達の残りは次々と黒い液体を撒き散らしながら肉塊に変わり、霧散していく。

 

 

「コイツはいいな、やっぱブッ放すならショットガンに限る」

 

ここに来る前に木庵が開発課の鉄火場から貰った新しい銃火器。

[AA-12] 性能は至ってシンプル。フルオートで大量の散弾を一度に叩き込める、ただそれだけだが往来の火器と違いポンプアクションを必要としない為、制圧力が段違いとなる。そして今、マガジンに装填されているタイプは32連式のドラムマガジンで更なる高火力を可能としていた。

 

弾を撃ち尽くしたAA-12は銃口から満足気に硝煙を吐き出す。

銃声が止み、車内を静寂が包む。

 

猿面達が車内から消えたのと連動して、被害者である乗客達もいつの間にかいなくなっていた。

 

 

 

ーやっぱり大人は僕から奪おうとするんだね。

 

次の瞬間、車両の奥から声が響く。先程の車掌のアナウンスの事務的な声と違い、子供の声。

 

電車の中央に、影が凝固するように現れる。その中から人間の形をしたモノが現れた。

9〜10歳くらいの背丈だが異様に痩せ細り、体に残る傷跡、顔は猿の面を付けた人間の子供で、その背後からは影が吹き出し目から血涙を流していた。

 

「やっと本体のお出ましってワケか」

「この子供が猿夢の本体…?」

「ガキの皮被ったバケモンだぞコイツ。油断すんなよ」

 

 

遂に現れた猿夢の本体とも言うべき怪異。その表情には怒りの感情が顔にこびり付いたかのようなドス黒い表情。

 

「こっからは俺と由香で対処するからお前は動くなよ」

 

猿夢が腕を伸ばす。背中を突き破り複数の触手が木庵達を絡め取ろうと迫る。木庵は眼前に迫った触手を難なく躱し、お返しと言わんばかりに腰のポーチから取り出したお気に入りの散弾銃でその内の一本を吹き飛ばした。由香も返す刀でライフルの銃剣で触手を切り落とし、残りも撃ち抜いていく。

 

ーいたいいたいいたい!大人はいつもそうだ!そういう怖い事ばっかりしてくるんだ!

 

猿夢は背中から血を流しながらその場に倒れ込む。

 

ーだから大人は嫌いだ!死んじゃえええええ!

 

「(なにこの感じ、物凄く寒くなったような…いや、違う!本当に車内が寒いんだ!)」

 

 

口々に悪態を突くが、声は幼い。だがその響きは寒気を伴い、車内の温度が急激に下がったような感覚になる。木庵達の様子を見ていた怜は自身の口から白い息が出た事から錯覚ではなく、実際に温度が下がったのを実感した。

 

そしてその寒さは怜の意識を夢の淵に引き込もうとする。

 

 

怜の視界が揺れ、気づけば遊園地の電車のアトラクションに座らされていた。

 

「っ……これは夢…?」

 

観覧車、メリーゴーランド、ジェットコースター、子供たちの笑い声。

だが、全てが歪んでいる。電車の座席で隣に座った人影が、ぐちゃぐちゃに捻じれた顔でこちらを見ていた。

 

「苦しいよね? でも、僕も苦しかったんだ。だから、他の人も苦しんでもいいよね?」

 

猿夢はそう言いながら怜に近付いてくる。その手には包丁が握られていた。

 

「(これが術式ってヤツ…⁉︎ う、動けない…!」

 

怜は初めて目の当たりにする怪異の術式に対処が分からず、動けずにいた。一歩、また一歩と猿夢は徐々に距離を詰めてくる。

遂に猿夢は怜の目の前に立ち止まり、包丁を振り下ろした。

 

 

バチィッ!

 

が、振り下ろされた刃は怜を貫く事は無く、閃光を伴い猿夢の手が弾かれる。

 

「(何で今、私無事だっ…あ、袈裟の効果って事⁉︎)」

 

幸いにも木庵から渡された袈裟のお陰で、怪異の術式による物理攻撃は避ける事が出来た。

 

「(いくら怪異とはいえ、見た目は子供…流石に撃ちたく無い…だったら!)」

 

 

怜はある仮説を立てた。怜に触れようとした猿夢は袈裟の力で弾かれた。

ならば、盾として使えるその力を攻撃手段として使う事も出来る筈だと。

 

そう思い立った怜は猿夢に対して駆け出した。そしてそのままの勢いで猿夢目掛けて抱え込むように突進した。

 

 

ーあああああああああいたいいいいいいいなんでこんなことするんだよおおおおおおお‼︎

 

突進を受けた猿夢の全身から閃光が迸る。痛みから逃れようと猿夢は体を捩り踠く。怜は抱き締めている腕を更に強くし逃さないようにしていく。

 

「これでどう⁉︎ちょっとは効くんじゃない⁉︎」

 

猿夢の術式効果が弱まったのか、空に亀裂が走り周りの風景も砂になっていく。風景の崩壊は治らずどんどん広がっていった。

 

『ごめんなさい!だから叩かないで!』

『言う事聞くまで外で反省してろ!』

 

「(何、今の…何か見えたような…)」

 

 

崩壊の最中、怜の頭の中に一瞬ノイズ混じりに映像が流れ込んできた。

そして、猿夢のダメージと連動するようにノイズ混じりの映像は鮮明さを増していく。やがて怜の意識は映像内に引き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

「あ…」

 

 

 

 

 

それは、古びた団地の一室だった。

照明は薄暗く、埃っぽい。冷たい床の上に、一人の少年がうずくまっている。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

少年の声は震えていた。頬には青紫、腕には火傷の痕。痩せ細った体は小さく蹲っていた。

台所から荒々しい足音と共にタバコの匂いを振り撒きながら近寄ってくる。

 

 

「お前の所為でこうなったのに、何でお前だけがのうのうと生きてんだ!」

 

 

男の怒声。続けざまに拳が飛ぶ。小さな体は壁に叩きつけられ、乾いた音が響いた。

 

少年は蚊のようにか細く、ただ「ごめんなさい」と繰り返す。

 

母親の声も聞こえた。

 

「アンタ、加減しなよ…学校で言われるじゃん」

 

だが止める様子はなく、むしろ冷ややかに言葉を継ぐ。

 

「アンタが悪いんだよ。アンタさえ居なければ」

 

そう吐き捨てる声は冷たく、少年の心を抉った。

 

父親と母親、守られるべき存在から浴びせられるのは罵倒と暴力だけだった。

 

 

 

 

 

やがて冬。

 

雪がちらつく真夜中、少年は冬に似つかわしくない格好のまま玄関先に立たされていた。

 

「反省するまで入れねぇぞ。声出すな、近所に迷惑だ」

 

鍵が閉まる音。氷のような空気が肌を突き刺す。少年は両腕で自分を抱きしめ、歯を鳴らしながら耐えた。

 

凍える意識の中で、ふと脳裏に浮かんだのは――かつて連れて行ってもらった遊園地の記憶。

色鮮やかな観覧車、そして、小さな電車の遊具に笑顔で乗った自分。

 

車掌の真似をして「しゅっぱーつ!」と声を上げると、両親も笑ってくれた。

その時は、ほんのひとときだけは、自分は“普通の子供”だった。

 

 

 

少年には幼い弟がいた。常に少年について回り、疎ましく思いながらも大切な存在だった。

 

ある日、学校から帰宅した少年は母親と入れ替わりで買い物から帰ってくるまでの間、弟と隠れんぼをして遊んでいた。少年が鬼となり、弟は隠れ場所を探していた。

数を数える為、目を離した時だった。ベランダの縁に鳩が止まっているのを見つけた弟はベランダに出てしまい、室外機からフェンスによじ登ってしまう。数え終わった少年はその光景を目撃してしまった。

 

「おい!危ないぞ!何してんだよ!」

 

それを見かけた少年は咄嗟に叫ぶが、逆にそれが引き金となり驚いた弟はそのまま転落してしまった。

 

それからの少年の記憶は何も覚えていない。唯一、覚えているのは両親の怒声に暴力、そして冷ややかな目付きだけだった。

 

 

 

 

「……また、遊園地行きたいな。また家族皆で過ごしたいな…ちゃんとアイツにも謝るんだ…」

 

 

白い息を吐きながら、少年はぽつりと呟いた。

涙はもう凍って流れなかった。

 

 

 

夜は深まり、雪は更に強くなる。少年は壁に背を預け、ゆっくりと目を閉じた。

 

寒さに震える体が、やがて動かなくなっていく。

意識が薄れていく中で、頭の中にはあの電車の光景が浮かんでいた。

 

――カタン、カタン。

――笑い声。

――きらきら光る遊園地。

 

「……もう一度、乗りたい……」

 

それが、彼の最後の言葉だった。

しかしその願いは、吐息と共に凍りつき、夜の闇に溶けた。

 

翌朝。

誰にも気づかれぬまま、少年は冷たくなっていた。

凍りついた小さな亡骸を見下ろし、両親はただ立ち尽くすだけだった。

1972年12月。一人の子供の命は、僅か9歳という天に召されるには余りにも早く、冷たい冬の空に消えていった。

 

 

 

だが、死後少年の魂は救われる事は無かった。理不尽に晒され続けた結果

少年の中にある感情が芽生えていた。

 

「痛かった…寒かった。どうして僕がこんな目に遭わないといけないんだ。なんで僕なんだ…!なんでだ…!なんでなんでなんでなんでなんでなんで…!」

 

 

強すぎる「生きたい」「遊びたかった」という執念と、そして、全てを憎む怨念を悪霊が取り込み――少年の魂はやがて概念として存在していた「猿夢」という怪異へと変貌するのだった。

 

 

 

 

 

全てを見してしまった怜は思わず猿夢から離れてしまう。涙が止まらない。

 

「そんな…こんなの…あんまりだよこんな事…」

 

 

ーーーま!ーーーーしろ!

 

怜の脳内に声が響く。

 

「しっかりしろ篠山!惑わされるな!」

「ッ!」

「お前、アイツの生前の記憶でも見たんだろ」

「なんで分かるんですか…」

「そんなツラ見てたら嫌でも分かる」

 

木庵のその言葉に怜は意識を呼び覚ました。そして怜を一瞥するとその様子で何があったのかを察した。

 

 

「痩せっぽちのあの体型見たら、何があったかは大体察しが付く」

「やっぱりか…」

 

隣にいた由香も薄々勘づいてはいたものの信じたくなかったと言わんばかりに眉を顰めた。

 

 

「いいか篠山、怪異に同情するな。事情があったにせよ、アイツが今やっているのはただの大量殺人だ」

 

木庵の眼差しは冷酷だが、その奥に僅かな哀惜が滲んでいた。  

 

 

突如、猿夢の姿が暴走するように膨れ上がった。

猿の頭部と歪んだ子供の体、悲鳴と笑い声が混ざり合い、電車の中を地獄のような空間に変えていく。

 

怜は胸を抉られるような思いで見つめていた。

 

「(あの子は…ただ、生きたかっただけなのに……)」

 

猿夢は絶叫する。

 

ー寒いのはいやだ!叩かれるのはいやだ!痛いのはいやだ!なんで僕なんだ!だから、みんな同じ目に遭えばいいんだ!

 

「……これが怪異の成れの果てだ。悲劇に同情しても、放置すれば犠牲は増える一方だぞ」

 

木庵の声は低く、しかしどこか哀しげだった。

 

ーみんな死んじゃうええええええええ

 

猿夢が叫ぶと同時に、電車は急加速し、窓の外に闇が流れ去る。

座席の影から触手が伸び、怜の足を絡め取った。

 

「っく……!」

 

由香がライフルを構え、触手を吹き飛ばす。

 

「怜ちゃん!確かに気持ちは分かる!でも、弔いは後!」

「すみません…だって、こんなのあんまりじゃないですか…」

 

怜は唇を噛みしめた。両親のいない怜にはとても辛い現実だった。

 

印を結び、結果術式を構築する。

 

「成仏は叶わずともせめて、ここで終わらせてやる」

 

結界の中心に術式が浮かび上がり、猿夢の動きを封じる。

木庵はタバコに火を付け、煙を吐き出し一呼吸置いた。

そして、散弾銃を腰のホルスターから取り出し猿夢に向けた。

 

ーいやだやめていやだやめていやだやめていやだいやだいやだ

 

 

鈍い発砲音が車内に響き渡る。

 

 

 

ーいやだ、まだ生きていたかっただけなのに…やりたい事もあるんだ。皆と仲直りしたいんだ…

 

猿夢の姿は、生前少年のへと変わり、窓の外へ手を伸ばした。

だが、その手は届かず、黒い砂と共に崩れて消えた。

 

元凶の怪異を祓った事により、異界の光景が元に戻り始めた。

そして、電車は何事も無かったかのように普通の車両に戻る。

 

だが怜の耳には、まだあの叫びが残っていた。

 

(ただ生きていたかっただけなのに)

 

 

怜は俯き、拳を震わせる。

 

「……助けられなかった……ただ、殺しただけじゃないですか」

 

由香も怜に掛ける言葉が見つからず、俯く。

 

木庵は静かに告げた。

 

「祓い屋とは、そういうものだ。人を救う事もあれば、救えない存在を切り捨てる」

 

「じゃあ……私達のしている事は何なんですか……意味があるんですか…?」

 

怜の声はかすれていた。

 

木庵はしばし黙り込み、窓の外の暗闇に目をやる。

 

「そうだな……せめて、記憶してやれ。あの子がどう生き、どう死んだのか。それが、せめてもの弔いで救いになるかもしれない」

 

電車のドアを開き、外から冷たい夜風が吹き込む。

その風の中に、かすかに――幼い笑い声が混ざっていた。

だが、それが幻聴かどうかは、誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

祓いの仕事が終わり、片付けを終えて事務所に作業報告をした。

そして、木庵達は鉄道会社を後にした。

 

帰りの車内は静かだった。車内にはラジオから流れる音と木庵のタバコの

匂いだけだ。

 

 

「いいか篠山、この先似たような事が沢山あるだろう。その中でどう線引きをするかだ。ただでさえこの仕事はその境界線が曖昧になる」

「…」

「別にすぐに切り替えろなんて事は言わねぇ。ただ、お前みたいに甘い考えのヤツは嫌いじゃない」

 

駅に怜を送り届け、車内から出ようとする彼女に木庵は静かにそう告げた。

 

「覚える事はまだまだ沢山あるぞ。そうだな、初の実戦を採点してやろうか。100点中−50点だ」

「なんですか…それ」

「冗談だ」

 

木庵の冗談に怜は少し笑みを浮かべる。

 

「じゃあな、気をつけて帰れよ。2〜3日してからまた本部に来い」

「またね怜ちゃん、今日はお疲れ様!」

「ありがとうございました」

 

車を降りた怜は2人に頭を下げ、走り去る車のテールランプを見つめていた。そして視界からいなくなったのを確認して怜は駅に向けて歩き出す。

 

 

 

 

「今日は珍しくおセンチだったじゃん」

「お前…俺だってそういう時くらいあるっての。俺をなんだと思ってんだ?」

「ヤニカスパチンコ野郎かな」

 

木庵はタバコを取り出し、火を付けようとするがライターのオイルが切れかかっているのか中々火が付かない。

すると、横から由香のライターが木庵のタバコに火を付ける。

由香はそのままの状態で自身のタバコにも火を付けた。

 

2人は思いっ切りタバコの煙を吸い込み、噛み締めるように煙を吐き出した。

 

「まぁ、でも私も今日はちょっとキツかったかな。なんか酒飲んで酔いたい気分」

「奇遇だな、実は俺もそんな気分だ」

「じゃあ、ちょうどいいじゃん。どっか飲みに行こ。勿論、アンタの奢りで」

「しょうがねぇな、そん代わりいい店連れてけよ」

 

 

2人はニヤリと笑うと夜の街に消えて行った。

 

 

 

 

to be continued...

どうにか、猿夢の話終了しました。

もうちょっと削れる箇所ないか探りながらやってみます。ここまで見てくれてた方ありがとうございました。

続き頑張りますんでよろしくお願いします!

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