策束静巡 肆 その5
表玄関から裏口に行く途中、貴照は二ノ宮さんから屋上の霊体の術式について聞いていた。
怨搔集念珠。
範囲内の想念を吸い上げ、練り、負の感情に変えていく術式。
応用として近付いて来た“波長の合った”人間に、変換した“陰の想念”を植え付ける。
種類としては、伝達系の術式。
ここで言う範囲内とは、この念珠を創った術師、能力者が決めた“術が発動する場所”を言う。
今回で言えば、余文楽の自社ビル全体を指す。
悪霊を創ったヤツがビル一棟を範囲にしたのは、単純にイメージしやすいからだろう。
ビルの内側に入れば、術が発動する。
掛ける方も掛けられる方も、そういう“境界線”があった方が解り易いからだ。
念のために言えば、これは結界(術)ではない。
陣地、領域の感覚に近い。
術式の完成度が上がれば、その範囲は自然と広がって行く。
そしてここで言う“波長の合った”人間とは、怒りの感情が出やすい人とか、元々怒りの感情が反応しやすい人。
心理的に、“負の感情”を持つ人。
そして負の感情にも、陰陽の二面性がある。
陽の負、、、。
噂話し、他人の悪口が好き。
嫌いな人とでも笑顔で話せる。
意外と仕事は出来るがすぐに他人を見下し、自分のやり方がいちばん正しいと思い込む。
みんなの意見を代弁してるようで、自分の意見を押し付ける。
話し合いの場で、意見を曲げない。
声が大きい。
陰の負、、、。
常に周りを伺い、多数に従うフリをするが実際は動かない。
その場で言いたい事を言わず、後で文句を言う。
自分は言わないが、悪口を誘導して代弁させるのが上手い。
必要以上に自分を卑下し、『私が悪い』と言って場を取り繕おうとする。
そんな人間が余の自社ビルに入って来ると、怨搔集念珠で練りに練った怨怒の感情が波動で繋がる。
すると意味も無く怒りが湧き始め、本人も制御が利かなくなる。
何で怒ってるのか?
何に対して怒ってるのか?
自分でも解らない。
解らないが、とにかくイライラする。
抑えられない。
自分で自分の感情が、理解できなくなる。
感情が、暴れる。
他人を見るだけで、ソイツが気に入らなくなる。
眼が合うと見下された感情に苛まれ、暴言と暴力でしか表現できなくなる。
沈んだ気持ちは波動を澱ませ、念珠とのシンクロ率が高くなる。
シンクロ率が高くなるということは、波動が低くなるということ。
じゃあ、他人が居なければ良いのでは?
いやいや、、、。
眼の前に他人が居なくとも、脳内にハラの立つ人物や出来事が浮かび上がる。
勝手に浮かび上がる。
どうしても怒りの感情が、脳を刺激する。
そうすると、対人感情が物に向く。
“物に当たる”、、、ってやつだ。
破壊衝動に突き動かされて、とにかく何か視界に入った物を壊したくなる。
なんでもかんでも壊したくなる。
面白いもので、そういう時でも“壊せる物”を選んで壊す。
自分の力で壊せる物を、脳がちゃんと選んで投げたり叩いたりして壊す。
人格が破綻していっても、脳は冷静。
怨搔集念珠から放たれる波動に、きっちりバッチリ合わせて行動する。
本人に気付かれずに、、、。
、、、というのが、大まかなモノらしい。
フレンチレストランで聞いた余文楽からの話しを思い出すと、屋上の念珠がその影響を及ぼすのが、深夜2時を過ぎたあたりから。
ペアで勤務に就く警備員。
ある日、どちらかというと感受性の強い男が、先輩警備員にやたらと文句を言ってケンカになる騒動があった。
たまたま藤堂がその話を聞きつけ、報告。
翌日には、、、
“占い師”の助言と、余文楽の機転。
この二つの要素が噛み合い早期に対処したおかげで、まだ大事にはなってない。
今はまだ、いちばん“陰”の術式が発動しやすい時間帯だけで済んでいる。
それはこの術式が、まだ始動し始めたばかりだという事を示唆していた。
術の完成度が増せば増すほど効果の範囲と時間が伸び、最終的には24時間、完全に念珠の支配下に置かれる。
救いは、、、まだまだ未完成なところ。
被害は、深夜2時頃、このビル内に居る者、、、となる。
今のところ犠牲者はビルの警備員だけで済んでいるので、外部には漏れていない。
この事が解ってから警備員に通達し、深夜1時から3時までは仮眠時間に当てるようにさせている。
なので、被害は最小限。
ちなみに、、、
何で余文楽がこの霊現象に対して早々に対処できたかと言うと、昔から何をするにも占い師の意見を尊重するタイプの経営者だったので、日本に来た時もナケナシのお金で占い師に観て貰っていた。
その占い師は、後に余文楽お抱えの占い師となる。
またその占い師が少しだけ“観える人”だったので、藤堂から報告があった時、屋上に突然現れた悪霊に気付いて早期発見に繋がった。
霊の存在を知らされた余文楽は占い師の伝手を使い、“攻勢”の呪術師を探して貰った。
辿り着いたのが、四術宗家の一角である上水流家だったってのが、今までの流れ、、、。
現在午後11時。
現象が起こるまで3時間ほどある計算だが、思ってたよりも濃い。
術式構築は、結構緻密に計算されて組上げたようだ。
――EG使いのクセに、、、!
貴照、上から目線。
思ったよりも、手強い相手かも知れない。
――二ノ宮さんの言った通り、“9”に近いのかも、、、
それを裏付けるよう、屋上の霊体はここ最近昼間でも人によっては観える時があるらしく、社内で少し噂に成り掛けていた。




