策束静巡 肆 その6
確かにビル内に入ると、昼間に感情の欠片として落とされた負の念の澱が、ゆるゆると屋上に向かって昇って行くのがハッキリと解かる。
「凄い。完全に流れが出来てるやん」
悔しいが、貴照は思わず感嘆の言葉を漏らしていた。
相手を褒めても吞まれないように、二ノ宮さんが驚く程でも無いと優しく訂正。
「気付いたのが1週間前って言うてはったから、そんなもんでっしゃろ」
二ノ宮さんがそう言うならと、想像の域を逸して無いんだなと思えた。
貴照、無意識にエレベーターに向かおうとして、二ノ宮さんに止められる。
「電気機器は、あきませんて」
「あ、ごめんごめん。ごめんやけど、、、」
エレベーターのボタンを確認する貴照。
「ここ、、、35階建てやで?」
「、、、やから?」
二ノ宮さんに、見つめられる。
別に照れはしない。
こんなオッサンに見つめられても。
「階段、、、ですよね~~」
「はい。お先にどうぞ」
エレベーターの少し奥に非常扉があり、開ければしっかり階段が眼の前に現れた。
がっくし肩を落としながら、貴照は足を上げて昇り出す。
その背中へ、いたずらっ子みたいな顔になっていた二ノ宮さんが話し掛けた。
「門跡、さっきの『紹介する』って言いはったんは、誰の事でっか?」
階段を昇りながら、肩を竦める貴照。
「そんなん、、、僕が紹介できる四術宗家って言うたら、我炎さんしか居らんやろ」
くくく、、、と笑う二ノ宮さん。
「朱宮んとこの、、、。そりゃ、ビルも壊れますな~~」
「言わんといたって。これでも僕は尊敬してんねんから」
「えらい破壊僧に、憧れはってんなw」
「いつか我炎さんにチクったる!」
苦しい昇り階段を誤魔化すためにくだらない話を続けるが、20階を超えた辺りからは流石に空気が変わってふざけ続けるわけにもいかなくなってきた。
屋上に付くまでに、疑問は解決しておこうと貴照は二ノ宮さんに確認する。
「なぁなぁ、怨搔集念珠って、あの球体の渦の事やんな?」
「そうです」
「ほんだらあの黒髪長髪の霊体は、何やろ?」
二ノ宮さんが、ちょっと言葉に詰まって思案顔。
どう言えば貴照に伝わり易いのかを考えてる顔だ。
ふむ、、、と独り納得して、貴照に話し掛けた。
「単純に考えたら、“守り人”でっしゃろな。その役を霊体にさせてるって事やと思います」
「、、、式って事?」
「いや、このビルに憑けてる感じなんで、式やのうて地縛に近い霊でしょな。簡単やし。指令も多分、頭上の球体を守れとか、侵入者を排除とか、単純な呪渡言令を2~3個ってとこちゃいまっか」
そこで貴照が悩む。
初めに二ノ宮さんと確認し合った事が、ちょっとまだ納得できかねているからだ。
引っ掛かっているのは、二ノ宮さん自身が言ったそんな単純な霊体に、何で“9寄りの8”なんて評価をしたのかってこと。
話しだけ聞くと、簡単に祓えそうな相手だと思うんだけど、、、。
二ノ宮さんの付けた点数のポイントが解らなかった。
――聞くは一時の恥、聞かぬは、、、なんて諺もあるし
意を決し、貴照は小さく咳ばらいをしてから二ノ宮さんに質問した。
「何が、、、そんなに危なそうなん?」
聞いて来た貴照に対し、『そんな事も解らんのか』なんて事は一切思わない。
逆にまだまだ自分にも、この“童子”に教える事があるという喜びの方が大きかった。
二ノ宮さんは、ニヤ付くさんになっていた。
「あの怨搔集念珠を侵入者、つまりは儂らでんな、に向けて術を展開された時、その効果がどのくらいかが解りまへん。実際喰らったら、とんでもないインパクトやったらどうします? 対処出来まへんで」
まま、確かにと頷く。
「それともう一つ」
「何やろ」
「怨搔集念珠って言う特殊な術式を此処に固定出来る術師が、さらに地縛霊を“守り人”に“格上げ”して配置出来る術師が、その霊体にだけに任して、ホンマにこの場に居れへんのかっちゅう問題ですわ」
「フェイクってこと?」
「そんな戦術的なもんやないですわ」
二ノ宮さん、不敵に笑う。
「、、、? どうゆう?」
「どれもこれもまだ未完成。そんな状態の術式を放っとく理由がありまへんがな」
「、、、そうか!」
気付いた。
怨搔集念珠。
地縛霊で創った守り人。
二ノ宮さんが『ややこしい旧式の外法』と表現したのは、かなり複雑ってこと。
完成には、まだまだ時間が掛かる代物ってことだろう。
せっかく創ったモノを、途中で誰かに壊される。
それを創った能力者が、“もったいない”と考えても何ら不思議は無い。
仮に敵対する者が二流、三流の祓い屋あたりなら、ビルに入れば勝手に怨搔集念珠の餌食になるし、何とか屋上まで辿り着いてもあの地縛霊に呪い殺される。
一流の祓い屋が来た時は、、、。
それは構築途中の術式を解呪されたくないだろうから、きっと本人が止めに出てくる。
もしくは、別の見張り役が必ずいるハズだ。
――二ノ宮さんの話の筋が通り過ぎて、そうとしか思えんなぁ
こういうのが助かる。
貴照自身、まだここまで用心深く考えられないので助かる。
呪術師の世界は、『臆病で丁度いい』と言われるくらい、、、。
それくらい用心深くないと、生きて行けない世界だ。




