策束静巡 肆 その1
フレンチはソースが命。
そう聞いた事がある。
テレビか何かで、、、。
そんなどうでも良い記憶を思い出しながら、貴照は自分の前に置かれた皿を見ていた。
広い皿に、ちょこんと置かれた肉。
マジマジと見、肉と皿の比率がオカシイんじゃないかと思ったりしている。
これまでもそうだったが、順番に運ばれてくる料理の少なさに驚きながら平静を装っている貴照。
初めて体験するコース料理は、待ち時間が多くて腹に入れても入れても空腹感が満たされない。
そんな印象だった。
運ばれて来た料理がテーブルに置かれた瞬間に平らげる勢いで食べる貴照に対し、2人の大人はまだモグモグしながら談笑したりする。
待てない。
食べ放題が恋しい。
食事が進んで、やっとたどり着いたメインの肉料理。
それが、、、
なんと、、、
大きすぎる皿に、小さな肉がひとつ。
どう見てもバランスがオカシイ。
普段行く焼肉屋さんなら、これは取り皿に取る“一切れ”の大きさ。
真剣に口を開ければ、一口でイケる大きさ。
そんな小さな肉の塊が、シンバルみたいな大きな皿に乗って来た。
肉を中心に、まるで絵具で落書きされたような緑と黄と赤のソースが皿にべっちょり付けてある。
――タレは?
いつもの黒光りする醤油ベースのタレが恋しい。
それより、こんなのどうやって食べるんだ?
そう思って“依頼者”を見ると、ナイフとフォークで小さく刻んだ肉を、皿のソースにこそぎ付けていた。
見よう見真似で、まずは緑のソースに肉を付けて食べてみる。
貴照、ドびっくり!
何だかよく解らないが、肉がビックリするくらい美味し!
たまらず今度は黄色、次に赤色と、べっちょり皿に付いたソースを順に肉に付けて食べてみた。
またまたドびっくり!
肉の味が、変わる!
それぞれの味が、肉の風味を変えてくれる。
――コレは、、、?
美味過ぎて悩む。
タレじゃないのに美味いってことに悩む。
テーブルの向いを見ると依頼者が3種類のソースを少しずつ混ぜ、それを肉に付けて食べていた。
見ればやってみたくなる。
貴照はさっそく3色のソースを皿の上で混ぜ、フォークで切った肉を付けて食べてみた。
――ヤバし!
美味過ぎる味変。
3種類のソースを混ぜて付けると、肉にまったく別の風味が湧いて出て来る。
――そして美味しっ!
単色で味わうも良し。
今みたいに混ぜて味わうのも良し。
エンドレス。
無限ループ。
美味し過ぎてバクバクいってしまう。
肉料理は『焼肉』と『すき焼き』しか知らない貴照にとって、フレンチのバロティーヌは肉は焼くだけじゃないんだと感動させられていた。
今まで知らなかった、肉をタレじゃなく、ソースで食べる事に感動、、、!
――フレンチ最高!!
貴照、単純。
はしたなくも、メインの肉だけ“おかわり”出来ないもんだろうかと真剣に考えていた。
ワンチャン、『二ノ宮さん、肉くれへんかな?』なんて邪に横をちょこっと見ると、二ノ宮さんは既にメインを食べ終えていた。
――おっさんのクセに、早っ!
そんなにまで美味しそうにフレンチを食べる貴照を見て、招待した“依頼者”は満足気だった。
「ここのフレンチは、美味しいでしょ?」
そう聞いたのが今回の“依頼者”、余文楽。
日本で成功した、中国人の資産家。
かなりの、、、もとい、とんでもない資産家。
「はい。とても美味しいです。こんな素敵なお店、よくご存知で、、、」
貴照の代りに答えたのは、二ノ宮さん。
返事を貴照に任せると、肉の“おかわり”を頼みそうだと感づいたか、、、。
「ははは。中国人といっても、毎日中華料理ばかり食べないですからね。色んな国の料理を食べるからこそ、グローバルな思考が出来上がるというものです」
流石ですね。と二ノ宮さんはオトナ笑い。
余文楽も、合わせるように大人笑い。
貴照はとにかく愛想笑い。
まだまだこの手の会話には追いていけない。
食事がひと段落した頃に、二ノ宮さんが切り出した。
「で、、、今回の依頼と言うのは?」
そのタイミングで、個室のドアが開いた。
そう、3人は高級フレンチレストランの個室で食事をしていた。
今はデザートとコーヒーを、給仕が運んで来たところだ。
3人の前に並べ終えるのを待って、余文楽が笑顔で給仕に言った。
「ちょっとこれから仕事の話をするから、こっちが呼ぶまでは誰も中に入らないでくれるかい?」
言い慣れてる。
これは常連の言い方。
今回だけじゃなく、余は何度もこのフレンチの店で仕事の話をしているのだろう。
給仕も心得たもので、笑顔で頷くと一切の無駄な動き無く部屋を出て行った。
「さて、、、」
貴照と、二ノ宮さんを交互に見た。
余文楽の表情から、笑顔が消えた。
「端的に言おう。うちのビルに、“悪霊”が取り憑いた」
表情は笑顔のままだったが、声のトーンは変わっていた。




