策束静巡 参 その4
運ばれて来た食事を、鈴木が玄関先から部屋に運んだ。
その間に聖はポットの湯を再沸騰させ、お茶の準備をしていた。
思ったよりデカい、漆塗りの弁当箱が2つ。
座卓の上に置くと、鈴木は自分の前に置いた方を早速開けた。
鈴木、にんまり。
中身は高級幕の内。
普段なら絶対に手を出さない、出せない。
こんな機会じゃないと、一生口に出来ないレベルだ。
これはラッキーと思った鈴木に、聖がひとこと。
「こんなんより、牛丼で良えのに、、、」
「イヤこっちやろ」
本気で言うてる? と電撃の速さでツッコむ鈴木。
見ると聖は表情を顰めていた。
「え~、なんか“おせち”みたいで、、、。同じ高級やったら、ステーキ丼とかの方がまだマシやん?」
「出た、、、。見た目通り、肉食」
「何や? あたしディスられてんの?」
接続詞のようにツッコミながらお茶を煎れる聖の姿は、口から出る言葉とは似つかずとっても作法が整っていた。
その証拠に、鈴木がちょっと見惚れてる。
これも、師に教わった。
『大人にナメられるな』と、叩き込まれたモノ。
当時の聖は『術にカンケー無いやん!』、そう不貞腐れて言われるがままやっていたが、いつの間にか身体に沁み付いていた。
ま、口答えすれば師の鉄拳制裁が待ってるので、修行中は一切の反抗が認められなかったってのもある。
「まさか。術師底辺下っ端のオレが、小石川の童子さまにお茶を煎れて貰えるとは、、、」
「その長ったらしい呼び方ヤメてって言うたやろ」
「あ~、ごめんごめん。そうやったな。でも、何て呼んだら良えのんか、、、」
「あたしは小石川出たって言うたやろ? やから名字で呼んで欲し無いねん」
聖、ちょっと寂しい眼をしていた。
鈴木、、、割り箸を割る。
「ほんだら、聖童子、、、」
下級の者が上級の者に対して呼ぶときの、一般的な作法。
でも、、、
「それもキショい。冠位とかどーでもええねん」
「え~~、礼儀やん?」
「要らんて」
「ほんなら、、、残ってんのんて言うたら、名前だけやん」
「それで良えよ」
「、、、呼び捨ては、な」
鈴木、悩む。
正直、女性の事を呼び捨てで呼んだことが無い。
そして眼の前の弁当を、早く食べたい。
「何を悩んでんの? あたしが呼び捨てで良えって言うてんねん」
顔を見た。
眼の前に、聖。
その聖を、呼び捨て?
、、、テレる。
「呼んでみて」
――これは、オレに名前で呼ばれたいってことか?
大人になっても少年の鈴木は、聖に見つめられて頭の中が青春時代。
もごもごしながらも、何とか声にしてみる。
「せ、聖、、、」
口に出した瞬間、テレが襲って来る。
チラッと伺うと、『う~ん、、、』と、ちょっと悩む聖が見えた。
それを見て焦る鈴木、慌てて後ろに“敬称”を付けた。
「、、、ちゃん」
「?! ちゃん?」
聖が驚いていた。
鈴木がビックリするくらい、驚いている。
やっぱ若い娘を呼び捨てにするのはとってもイケナイことだったんじゃないかと、もっぱら三十路真っ只中の鈴木はアセるテレる。
「い、いや、、、やっぱ、何か呼び捨てっていうのんは、、、」
「ほんで『ちゃん』付け?」
聖が、笑った。
ちょー爆笑。
「何やねん! 笑うなや! 恥ずかしいやんけ!!」
耳を赤くする鈴木。
いやいや、見る間に顔全体が赤くなる。
それを見て、指差しながらさらに笑う聖。
「どしたんどしたん? 顔赤ぁなってるぅ~~」
「オッサン指差して笑うなや!」
言い捨てると、わざとらしくガサツにガツガツと弁当を掻っ込み始めた。
ひとしきり笑うと、目尻の涙を拭きながら聖が楽しそうに言った。
「いや~~、人生で初めて『ちゃん』付で呼ばれたわ。あたしの事、『聖ちゃん』やってwww」
「しゃーから笑うなや!」
不機嫌に弁当を口に運ぶ。
「な、な、な。もっかい呼んでw」
「用も無いのに呼べるかっ」
「え~~、ノリ悪っwww」
「知るか!」
むふむふ笑う聖が、自分を見てる。
可愛い。
テレる。
そのクセ不機嫌な態度を取る。
「早よ食えや!」
「食べるってぇ~~怒りなやw あたしも呼び方考えるわ」
「あ?」
「あんたのこと、満ちゃんってwww」
「み、、、アっ、、、ホかっ!!」
米粒が飛び出した。
汚~~いと、笑いながらお手拭きでテーブルを拭く聖。
「オッサンを揶揄うな! と、年上に失礼やぞ!」
「出た出た。オッサンの逆ギレwww」
笑いながら、やっと聖も弁当を食べ始めた。
「やったらこうしよ。名前恥ずかしいんやろ? ほんなら綽名っぽく、『みっちゃん』にしよ!」
「みみみ、みっちゃん?!」
「やから、今からあたしら、『みっちゃん』『聖ちゃん』なっ! 決まり!」
そう言って、笑えた。
鈴木を見て、笑えた。
あれから、初めて本気で笑った。
自分の監視役がこの男で良かったと、聖はみっちゃんに感謝した。




