第25話 ムウオ ②
【2026.09/12|台詞内の文章を一部調整】
・黒い正方形 →黒い立方体
————オルフェルたちが葛西アップルパイと接敵する、少し前に遡る。
紫色の悪魔シュトレインの周囲に転がる鳥籠。彼の眼前で一羽のオウムが、金属の格子に羽を押し当て強引に抉じ開けていた。その頭部が突き出た途端、急激に目も嘴も、顔そのものも膨れ上がる。鳥籠から体が出るにつれて、露出した部位から順番に巨大化していく。最後には肥大した頭部と釣り合う巨躯が構築されていた。他の鳥籠でも同様の光景が起きていた。
鳥籠から完全に肉体を現したオウム——ムウオは、肩で荒く息をし、全身から白い湯気を噴き上げていた。数えるのが馬鹿らしくなるほど、ムウオがその場で突っ立っていた。
「なんだ、こいつら」
シュトレインはすぐさま魔力感知の範囲を広げる。その領域内にいる敵の微かな動きを捕捉し、警戒のレベルを上げた。数段階も。
——こいつら、何故動かねえんだ?
その間にも鳥籠頭の騎士ゴカリトたちが悠然と歩み寄ってくる。
その隊列を縫うように、別地点にいたムウオが音を置き去りにし、シュトレインの背後へ迫る。
視界外からの接近、それでも彼は魔力感知にてその姿を捉えた。敵の挙動が手に取るように分かる。
シュトレインはまだ振り返らない。
その数メートル後方で、ムウオは腕を横へ薙ぐ。振りの途中で前腕が瞬時に鋭利な剣へと変質する。
シュトレインは振り返りながら、その攻撃を余裕をもって躱す。——そのはずだった。
横薙ぎの軌道を描く刃が伸長し、逃れたはずのシュトレインの首を追う。
シュトレインは顎を上げ、上体を仰け反らせる。だが、鋭い刃が首を三センチほど深く切った。
首元から血を吹き出しながら、シュトレインは舌打ちをする。そのまま即座に体勢を整えると、右の拳をムウオの顔面めがけて叩き込む。
「パリィ」
シュトレインの拳が甲高い音とともに弾かれる。
いつの間にかムウオの左手は小さな盾へと変化していた。
愉悦を滲ませるように、ムウオの目が細くなる。
弾かれた右腕は大きく跳ね上がり、紫色の悪魔の胴が無防備に開く。その隙を晒したまま、シュトレインはムウオに向かって顎門を裂けるほど開く。
「空間暴食」
ムウオの頭部が齧り取られた。
頭部が欠損した肉体は、血飛沫を上げながら膝から崩れ落ちる。
シュトレインの正面から、巨大な鶏に跨がる鳥籠頭の騎士——鶏ライダーが二体、殺気を撒き散らしながら向かってくる。
殺傷のための魔法名を、シュトレインは淡々と呟く。
「地嶽隆穿滅絶槍」
高速移動する敵に向かって、地面から同時に噴き出す三本の岩槍。巨鶏の体を貫き、騎士の鎧ごと穿ち、鳥籠の格子の隙間を抜けオウムの肉体に突き刺さる。
それも二体の鶏ライダーを同時に——。
そのとき、別の場所から轟音とともに巨大な魔力の波動が届く。
「誰か知らねえが、派手な魔法をぶっ放したようだな」
シュトレインは再び顎を上下に引き裂くように開く。いまだ動こうとしないムウオへ視線を移し、一体ずつ、噛み締めるように口を閉じていく。
全身から白い湯気を吹き出しているムウオが次々に頭部を失い、血飛沫を上げながら倒れていく。
そのうちの一体が屈んで避けた。
「ボクノオトモダチ、コロスヨクナイ。ダカラマズ、オマエブッコロ。ブッコロ」
屈んだまま、ムウオは首を小刻みに傾げる。
その目は、シュトレインを見据えていた。
「オマエノ、コウゲキホウホウ、ミタ。オクチ、チャックサセル」
シュトレインは舌を打ち鳴らす。
「動き出したか。……こいつは、笑えねえな」
白い湯気がおさまったムウオが、一匹、また一匹と動き始める。
***
————その頃。
山羊の骨格に、獅子の威厳を宿した貌の悪魔——ヤフル。
彼が握る三日月状に反り返った大剣——豪炎剣が、灼熱の炎を巻きつけながらムウオへと振り下ろす。
だが、その一振りは受け止められる。厚みのある巨大な盾に変質したムウオの左手によって。
ヤフルは盾の切断をあきらめ、間合いを切る。
「ジャッジャッジャッジャッ」
強張った表情で笑うが、ヤフルの目は見開いている。
「ワシの魔法も効かぬうえに、豪炎剣すら役に立たぬとはのう」
彼の言葉を聞いて、ムウオは面白がるように目を細める。
ヤフルの眼前にいる魔物は、左右の拳を反対の手で握り、交互に関節を鳴らす。次の瞬間、ムウオの全身が微かに煌めいた。
オウムの魔物の右斜め背後に、杖頭をムウオに向けるゴカリトがいた。
——能力強化、もしくは防御系か。
ヤフルはスキル名を呟く。
「魔法の暴発破壊」
目の前のムウオの全身が一瞬で爆散した。
「ジャッジャッジャッジャッ。……この手しかないとは、のう」
ヤフルの表情は強張ったまま。
魔力感知を広範囲に張っているヤフル。だが、感知してから反応する間すらなく、何かが彼の背後から迫る。
「しもうた⁉︎」
彼の双眸に、自身の体を包む巨大な黒い手が映る。
ヤフルの近くで戦っていた、黒い悪魔ザームクーヘンと、巨大な頭部を持つ悪魔ナイーヴ。二魔の目には、その手に持ち上げられるヤフルの姿が映っていた。引き延ばされた時間の中で、一瞬の出来事がゆっくりと流れる。
そして、時間が弾けた——。
同時に彼の姿も掻き消えた。
ピピピピっ。ピピピピっ。
甲高い音は、二魔の眼前で愉悦に貌を歪め、肩を揺らすムウオから聞こえてきた。
ムウオは、目の前まで上げた自身の右腕を見つめると、
「豪炎剣」
その右腕の肘から先が、三日月状に反り返った大剣へと変質——同時に青白い灼熱の炎が剣身を包み込む。
「コレツヨソ、モエテルカッコイイ」
右腕を何度か翻し、青白く猛る刃を表裏から眺める。
「どうしよう、やふるさんがつかまった」
「クソが、なに吸収されてんだよ」
ナイーヴの声に続き、ザームクーヘンが悪態をつく。
彼ら二魔は、自分達を守ってくれていたヤフルがいなくなり、その場で立ち止まってしまった。
直後——ザームクーヘンの視界が上を向く。
自分の意思とは関係なく。
「はぁ?」
そして、景色が回転する。
彼の網膜に焼きついたのは、自身の背中。
暗闇の天井。
灰色の地面。
また、背中。
次に彼が目にしたのは、自分の股の隙間から駆け抜ける鶏ライダーの姿。
頭蓋骨を揺らす低く重い衝撃音とともに、目の前で灰色の粒子が舞う。
視界が跳ねる。
——何が起きている?
景色が転がり始め……止まった。
自分の意思とは無関係に、ザームクーヘンが見上げる先に、ゴカリトの足の裏があった。
——切られ、
柘榴が潰れたような音が響いた。
その音を、彼が聞くことはなかった。
「ぼくだけ。しんじゃう」
その戦域に取り残されたナイーヴの孤独な言葉が、まるで遺言のように、誰の耳にも届かない。
***
————別の戦域では。
薔薇の女性悪魔ラヴァが、槍を持つゴカリトに追い詰められていた。
「もう無理! 周りに気をつかって出し惜しみできる相手じゃないわ」
彼女は両手を天に掲げ、スキル名を呟く。
「永劫薔薇葬」
広範囲にわたり、漆黒の薔薇の蕾が灰色の地面を突き破って無数に出現する。それらは一斉に咲き誇り、蔓が地面を隙間なく覆い尽くし、黒薔薇の園が広がる。
敵たちの動きが明らかに遅くなった。まるで重い物を背負っているかのように。
「オレまで体力を吸われるが、早々に適応してやるぜ」
硬質な赤橙色の鱗に覆われた人型ドラゴンの悪魔ニムニア。黒薔薇の園に体力を絶え間なく吸い取られ、彼の視界の端が暗くなる。一瞬の目眩を覚えた。
ニムニアは目元を押さえながら、騎士団の練習場でのラヴァとの模擬戦をふと思い出した。
「以前より吸い取る量多くなってねえか」
ニムニアの側に、ラヴァが突如姿を現す。
「私が強くなった証拠じゃないかしら」
そう言うと、また何の前触れもなく消える。
「便利だな、瞬間移動ってやつは」
ニムニアが顔を向けた先で、ラヴァが瞬間移動を繰り返しながら、薔薇の鞭でゴカリトを吹き飛ばしていく。
少し離れたところで、漆黒の生体装甲に全身が覆われた悪魔ミュートは歩いていた。腰を揺らし、婀娜めいた足どりで。
そして、スキル名をただ言葉にするだけ。
「異次元空間領域」
小さな黒い立方体が、僅かに残っているペンタードのスキル体ごと敵を丸呑みにしていく。
ラヴァとニムニアを守るように、ミュートは離れすぎない距離で戦っていた。
「永劫薔薇葬を使ったのね。どうりで、さっきから力が抜けていく感覚があったのよね」
口調は女性だが男性の声。彼の視線の先で、ラヴァがその領域内でのみ可能となる瞬間移動を繰り返し、ゴカリトを翻弄する。その身体能力もまた、スキルの恩恵によって十倍にまで跳ね上がっていた。
「オウムの魔物だけは避けているようね。良い判断だわ」
ミュートがラヴァを褒めている頃、鈍足状態の一匹のムウオが、ラヴァの挙動を観察していた。
「アイツノウゴキ、カワッタ。ナゼ?」
…………。
……。
「コレホシイ。ゼッタイホシイ」
観察していたムウオの腹部に鳥籠が現れ、黒い巨大な手が地面に広がる黒薔薇を鷲掴みにした。
***
————デモンルフの戦域では。
燃え盛る赤い髪と狼の下半身を持つ、キャラメル騎士団副団長デモンルフ。音速の百五十倍の速度で縦横無尽に戦場を駆け抜け、狼の前脚で飛びかかるだけで、敵はいとも簡単に地面へ押し倒される。それと同時に、その肉体が弾け、肉片が周囲へ飛び散る。次々と魔物を屠っていく。
だが、彼女は急に立ち止まると、後脚だけで大きく立ち上がった。
十字路の奥から無尽蔵に姿を現すゴカリトたちのさらに奥を見据えながら、震える手を握りしめる。
「奥に何かいるわね……」
上げていた狼の前脚を地に着けると、デモンルフは視線を落とし、思考に沈む。
——外の化け物たちと……同等、もしくはそれ以上。
——キャラメリゼ様と念話が繋がれば……。
——キャラメリゼ様のスキルでもう一度やり直せるのに。
デモンルフの背後から黒い手が迫るが、彼女は振り返りもしない。ただ、スキルの名だけを言う。
「デリートフレイム」
炎が黒い手の指先から一気に鳥籠内まで燃え広がる。黒い手は、燃えた紙の縁のように炭化しながら焼け落ちていき、炎はそのままムウオの体へ燃え移る。声にならない悲鳴を上げるが、それも長く続くことはなかった。
「奥の奴が出てきたら……何とかしてここから逃げないと」
デモンルフは顔を上げると、シュトレインたちの顔が脳裏によぎる。
「放ってはおけないよね」
彼女は再び縦横無尽に戦場を駆ける。
***
————ワプの戦域では。
戦国武将を思わせる重厚な黒い胴鎧を纏う、頭部が蟹の赤い悪魔ワプ。その背中から複数の蛸足が虚空をなぞるようにうねっていた。
「討てども討てども、後より後より襲ひ来るは忌々しきことよ」
レベルの共鳴で、デモンルフと同じレベル百に引き上げられたワプにとって、もはやムウオたちは敵ではなかった。
彼の興味は、圧倒的な実力差を連携で補うイビルガードとガガムートの二魔にあった。
イビルガードは鈴を転がすような声で、固有魔法の名を静かに落とす。
「オーギュメント」
彼女の眼前のゴカリトやムウオたちの体がふわりと浮き、水に溺れて足掻くように手足をばたつかせる。そして、何かに釣り上げられるような勢いで、無数の魔物たちがぐんぐんと上昇していく。
上昇の勢いはぴたりと止まった。高度二百メートル以上はあるだろう。
次の瞬間、敵の体に重力千倍がのしかかった。
ゴカリトたちは凄まじい速度で地面へ叩きつけられる。轟音とともに地面が弾け飛び、爆発的な衝撃波が走った。だが、ムウオたちだけは腰を落としながら両足から着地した。地面に埋もれるゴカリトたちを横目に。
「今よ!」
イビルガードの言葉を合図に、地に無数に伏すゴカリトたちのみを狙い、蛾の悪魔ガガムートが三対六枚の翅を超高速で羽ばたかせ、矢の如く飛翔した。灰色の土煙が立ち上る間隙を縫うように。
そして、嫋やかな手を魔物たちの体へと伸ばす。
「弱点付与」
ガガムートの指の腹が優しく触れていく。ただそれだけだった。
ガガムートは上空へ飛翔すると、魔法名を唱えた。
「凍獄深蝕冷葬珠」
ガガムートの周りに幾つもの白い球体が浮かぶ。
彼女が顎をくいと上げる。それを合図に、白い球体が倒れ伏すゴカリトたちへ弾丸の如く飛ぶ。
次々とゴカリトたちは被弾していく。
接触した箇所から凍結が広がり、瞬く間に全身を侵蝕していく。これまで傷一つつけられなかった冷気が、今は鎧もろともゴカリトたちを容易く凍てつかせていた。
彼女は上空から、凍結した敵を見下ろしながら口角を上げる。——その瞬間、真横にムウオが浮いていた。
「ディミニッシュコード」
鈴を転がすような声が聞こえた。
ガガムートが驚いて横を振り向くと、クリスタルの中で石化したムウオの姿があった。そのクリスタルは灰色の地面へ落下し、遠くで横倒しになって動かない。
「まじありがとう! 超助かった」
「四つが限界だから!」
地上のイビルガードの周囲には、さらに三つのクリスタルが地面に突き刺さるように直立していた。
イビルガードの正面から、悠然とした歩みで近づいてくる別個体のムウオ。左右の拳を反対の手で握り、交互に関節を鳴らしながら。イビルガードはすかさず、離れた場所で横たわるクリスタルを解除し、再び固有魔法の名を言葉にする。
「ディミニッシュコード」
一瞬で、クリスタルが出現した。
「チッチッチッチ」
クリスタルの横で、ムウオが立てた人差し指を左右に振っていた。
——あの一瞬を避けたの⁉︎
一歩、二歩と、イビルガードは無意識に後ずさった。
「モウミタ。マホウ、オソイオソイ」
ムウオは狩りを楽しむように、急がずに近づいていく。
「オーギュメント!」
彼女の声はもはや鈴を転がすような声ではなかった。
ムウオは爪を地面に食い込ませ、両脚に力を入れる。爪の周囲から灰色の地面がひび割れる。それでも魔物の体は浮かない。
「ソレモ、ミタ」
魔物の目はいやらしいほど愉悦に歪む。
イビルガードの声にはもう余裕はなかった。
「セブンスコード!」
巨大な球状のバリアが出現し、内部では灼熱の炎が渦巻く。球体の色が赤から白へと変わり、目を覆うほどの光が漏れ出す。
「マブシイ。コレハキケン。デモ、オソイオソイ」
白熱する球状のバリアを難なく躱し、ムウオはイビルガードへゆっくりと距離を縮める。それをガガムートはただ見ていることしかできない。
——ちょっ、まじでピンチじゃん。
——助けようにも……無理じゃん。
——触れたら絶対殺されるし。
ワプはゴカリトに剣で斬りつけられながらも、腕を組んで彼女たちの様子を見ていた。
「さしものイビルガードも、もはや保たぬか」
ワプは魔力感知を、広大な戦域へ瞬時に広げる。
「ヤフル殿とザームクーヘンの気配、いずれも感ぜぬ。……死したるか」
そして、ワプはスキル名を言葉にした。
「現実改変」
——⁉︎
ワプは言葉を詰まらせた。
彼の視界に、空中で不規則に高速回転するサイコロが映っていた。
——これは如何なることぞ⁉︎ 何ゆゑスキルが発動せぬ。
サイコロの回転が徐々に遅くなっていく。
ワプはイビルガードへ視線を向けた。
彼女は後退りながら唱える。
「ドミナントコード」
彼女の前に魔法陣が現れ、そこから猛烈な吹雪が発生する。地面は凍結し、目の前のムウオの全身も凍る。——しかし、魔物はその歩みを止めない。
「マリョクヨワイ。スズシイ、カイテキ。ブッコロ」
ムウオはイビルガードの眼前まで迫り、右腕を大きく引いた。
ワプが彼女の方へ踏み出そうと片脚に体重を乗せたとき、サイコロが止まった。
——四?
そして、現実改変が発動した。
その瞬間、各戦域で異変が生じた。
ワプや味方に危険を及ぼすものが、その事象ごと突如として消えた。
振り下ろされかけた剣も、飛来する魔法も、鳥籠頭の騎士たちも——何もかも。
現在から未来へと続く時間の連続性そのものが、まるで映画のコマを丸ごと抜き取ったかのように欠落した。そこに至る過程は誰にも知覚されず、記憶に残らない。残されたのは、全てが消え去った後の世界だけだった。
敵は死んだのではない。その瞬間から先の存在そのものが、世界から失われた。
ワプとその味方、そして敵ではなく共闘者として認識されたオルフェルたちだけが、現在に残っていた。——はずだった。
「ア”ア”? ドウイウコトダ」
嘴にくわえた煙草を吸いながら、葛西アップルパイが立っていた。
「オマエラノ仕業カ?」
目の前のリードグレイに尋ねるが、彼は首を横に振る。
葛西は一度だけ首を横に傾けると、
「ナルホド。コレガ、アイツノ現実改変ッテ、スキルカ。デタラメダナ」
葛西の双眸が、ワプのいる方角へ向けられる。
ワプは臨戦態勢をとっていた。
彼の目の前には、茶髪を逆立てた明らかに異様なムウオが立っていた。
黒い詰襟の学生服に、ゆったりと膨らんだボンタン。その上から、黒いボア襟のついた黄褐色のロングコートを羽織っている。剥き出しの鳥足の爪は、地面に食い込んでいた。
「ネオラル楽南高校ノ、鬼塚チーズケーキッテ者ダケドヨ、オマエノスキルニ介入サセテモラッタ」
ワプは、レベルの共鳴によって今の自分と同格にある相手を前に、勝ち筋を探るようにその挙動を観察していた。
そんなワプをよそに、鬼塚は話を続ける。
「サイコロノ目、六ガ出テイタラ、味方ハ復活シテイタノニナ」
ワプは魔力感知を再び広げる。ヤフルとザームクーヘンの気配は、いまだに戻っていない。
鬼塚は首を一度だけ傾けると、虚空を見つめた。
「アア。ワカッタ」
一拍の間。
「時間ノヨウダ。セイゼイ頑張レ」
その言葉をワプに残し、鬼塚チーズケーキは突然姿を消した。
一方の葛西も首を一度だけ傾け、リードグレイからオルフェルへと視線を移し、再びリードグレイを見た。
「時間ラシイ」
葛西は側で倒れ伏すオーカーとヘブンリーブルにも視線をやる。
「死ンデハイナイ。ソノウチ目ヲ覚マスダロウ」
そう言い残し、葛西アップルパイもまた姿を消した。
彼らが消える直前、遥か上空の暗闇で本の頁をめくる音がした。
オルフェルがリードグレイに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ああ、ワシは無事じゃ。二人は気を失っているだけじゃ」
リードグレイの言葉に、オルフェルがほっとした瞬間。
目の前に、透明な泡が一つ浮かび上がった。
そして泡は、空間そのものを押し広げるように急激に膨張していく。オルフェルたちは一歩も動いていない。それなのに、他の悪魔たちが凄まじい勢いで遠ざかっていく。瞬く間に、その姿すら見えなくなった。そして重力の向きが九十度変わった。オルフェルたちは進行方向へ落ちていった。
他の悪魔たちも同様の現象に襲われていた。
ワプとイビルガード、ガガムートは西へと落ちていく。
ミュートとラヴァ、ニムニアは南へと。
ナイーヴは北方向に。
シュトレインは、地面へ吸い込まれるように落ちていく。
そして、デモンルフだけは空間膨張の影響は受けず、その場にとどまっていた。
彼女はゆっくりと視線を上げる。
「私だけ招待ってことかしら?」
彼女の眼前には、禍々しい巨大な扉がそびえ立っていた。




