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イデア魔界儀伝  作者: 五十音字ひらがな
転生魔剣士 オルフェルの物語
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第19話 冒険者スタンピード

 城塞騎士ペンタードが冒険者を吐き出す直前へと(とき)は遡る。

 夜の森を疾走する悪魔オルフェル。遥か後方から異質な声のようなものが届く。

「ペン、タード」

 その言葉を合図に、城塞騎士の口らしき狭間が大きく開く。大気を(つんざ)くほどの雄叫びとともに、無数の人影が一気に飛び出し天を覆う。

 多種多様な武器を持った老若男女の人間——S級冒険者。

 豪雨のように降り注ぐ。

 先頭の者の爪先が地面に触れた瞬間、音の壁をぶち抜き弾丸のように獲物を追う。

 無数の音速を超える軌跡が、巨木を縫うように進んでいく。

 (またた)く間に悪魔オルフェルに追いつく。

 魔法が得意な者は魔法の名を唱え、

「エクスプロージョン!」

「ファイヤーボール!」

「アイスバレット!」

 弓を持つ者は矢尻に魔法を付与した矢を番え、

「ベノムアロー!」

「サンダーアロー!」

「ライトニングアロー!」

 剣を持つ者は刃に高エネルギーの波動を纏う。

覚醒剣(ノヴァブリンガー)!」

鬼斬り(デモンクレイヴ)!」

薔薇の女王の疾風剣(ヴェールオブロゼリア)!」

 ありとあらゆる魔法と必殺技が雨霰(あめあられ)と降ってくる。

「透過」

 振り返ることなく、放たれた攻撃は濃紺の肌を通り抜けていく。

 地面に触れた全ての攻撃が大爆発を起こし、森の中を轟音が駆け抜ける。

 ——追手。

 原生の林床を弾くように蹴り、濃紺の悪魔は逃げ続ける。

空歩(くうほ)

空遊歩術(エアウォーク)

 その中、二人組のS級冒険者が群から抜け出し、背後に迫る。

雷虎獣王拳ライトニング・ライガーストライク

 空気を裂く轟音とともに後頭部めがけ、虎の顔を(かたど)った稲妻の拳が打ち込まれた。

「はぁ!? 当たらないだと」

 自身の攻撃がすり抜けたことに、褐色肌の武道家の男性は目を大きく見開いた。

 だがすぐに、悪魔オルフェルと並走(へいそう)し気さくに声をかけてきた。

「やるな! オレの奥義が通じねえとはよ! で、どうやったんだ?」

 金色の双眸で、()()()視界の端で(とら)えるとスキル名を静かに言葉にした。

「透過」

 直後、横ばいから巨大な灰色の魔獣が飛び出した。一瞬にして褐色肌の武道家の上半身に巨顎が喰らいついた。

「縮地」

 濃紺の裸足がたった一歩で距離を大きく開ける。

 水面(みなも)から音を立てずに顔を出す(わに)のように、赤い刀身が右斜め背後から朧に姿を現す。

 横薙で赤い流線が走る。

「すり抜けた!?」

 黒服の青年が、刀を振り抜いた姿勢で固まった。

 魂魄眼で見た、巨木の樹幹(じゅかん)上部に潜む昆虫型の魔虫——シムンメンジ。それに向かって雑な魔力を飛ばす。不快な魔力に当てられ、樹冠の枝の上で群体が金切り声をあげる。

 常時ドーム状に広げている魔力の膜に、後方から迫る人間の反応が引っかかった。

 白い鎧を纏う女性、両手に銃を持つ眼帯の男性エルフ、傷だらけの壮年の剣士、必殺の構えで背に迫る。

 悪魔オルフェルが次の一歩を踏み込んだ瞬間、背後に迫っていた三者の体が(なか)ばから食い千切られた。巨木から降り注いだシムンメンジが地面を覆いつくす。

 透過と縮地を繰り返しながら、雑な魔力を巨木の上部へと放ち続けて逃走する。

 ——このままだと逃げられない。

 悪魔オルフェルは、魂魄眼で捉えていた強力な魔獣がいる方へと進路を変えた。

 ひたすら疾走する。

 無我夢中で。

 振り返ることなく。

 夜の森を駆け抜ける。

「またか。しつこい」

 人間の反応が魔力感知に引っかかった。

 女性の声が轟く。

「インフェルノ!」

 数千度の獄炎のカーテンが前方に数百メートル、轟音とともに広がった。

 だが、極高温の熱風は濃紺の体をすり抜けていく。

貫通魔矢(マギトレイト・アロー)!」

 炎のカーテンを破って、後方から魔法盾(マジックシールド)でコーティングされた矢が飛んでくる。ドリルのように螺旋状に回転しながら、悪魔オルフェルの下半身を吹き飛ばした。

「当たった!」

 若い男性の、興奮を滲ませた声が聞こえた。

 ——透過を解除するのが早かったか!

 下半身を失ったまま、上半身だけで匍匐前進(ほふくぜんしん)し距離を取ろうとするが、背中を何者かの足裏で地面に押さえつけられた。

「殺しちゃ駄目なんだよね」

 見上げると狩人の格好をした若い男性が困った表情を浮かべている。

 ぐちゃ。

 鈍い音とともに、鋭い牙に(くわ)えられた彼が視界を通り過ぎていった。

 上体を押し上げた視線の先には、S級冒険者の群れを次々と襲っていく三体の巨大な灰色の魔獣。その圧倒的な凶暴性と強さを目の前に、なす術なく体を引き裂かれ、肉片となって散る冒険者たち。

 悪魔オルフェルは膝まで再生した脚を引きずりながら這うが、後方では戦闘音が鮮明に聞こえている。

「縮地」

 高速移動術を両手だけで(こころ)みた。

 その姿勢のまま音の壁を突き破り進むが、次に地面へ掌から着地した瞬間、肘から崩れ大地を滑るように転がる。体中に土汚れがつき土埃が舞う。

 ——魔力感知で捕捉できない魔獣は厄介だな。

 魂魄眼がなければ察知できなかった魔獣の脅威を肌で感じ、背筋に冷たいものが走る。

 冒険者と魔獣の戦闘音に、思わず目を向ける。這いつくばったまま目を凝らすと、さらに同種の巨大な灰色の魔獣——リドミが三体加わりS級の冒険者たちを次々と(むさぼ)り喰らい尽くしていく。

「あいつらが、ああもいとも簡単に……」

 自身の縮地に簡単に追いつき、弓で射った矢一つですら高度な技術が込められていた。矢全体に魔法盾(マジックシールド)を薄くコーティングし、先端の矢尻のみがドリルのように高速回転していた。数倍にも貫通力を高める技術に脅威を覚えた。だが、それも一瞬だった。リドミたちの前では、その極技すら無力な抵抗に過ぎない。

 S級たちの磨かれた技術の結晶である武技ですら、かすり傷を与える程度だった。

 再生された濃紺の足で上体を押し上げ、進行方向へ意識を向ける。

「魂魄眼」

 新たな魔獣のステータスが悪魔オルフェルの脳裏に浮かぶ。リドミには及ばないが、脅威であることに変わりはない。

 魔獣ニワクサナハ。

 ——来たか。

 大量に発生し溢れるご馳走に()かれて、緑色の巨体を躍動させながら襲来した。

「透過」

 体に小さな赤色の花を咲かせた(わに)顔の魔獣——ニワクサナハ、悪魔オルフェルを一瞥(いちべつ)するも、実態のない者より、目の前の喰らい尽くせぬほどの獲物へ襲いかかった。

 数十体もの群れが雪崩れ込むように。

 まるで大海の鯨が小魚を襲うように、前世で英雄と呼ばれたS級たちが蹂躙され、至る所で阿鼻叫喚が噴出する。

 その様子を確認すると、反対方向へと濃紺の影が音の壁をぶち抜いて駆けていく。

 直径約百メートルある巨木を何本も駆け抜けたとき、ふいに魔力感知に反応があった。

 人間が一体。

転移(トランスファランス)

 老獪(ろうかい)な男性の声が耳に届いた瞬間、悪魔オルフェルを中心に全方位、半径十メートル先の近距離に、頭上をも覆い隠すドーム状にS級冒険者のスタンピードが突然現れた。予想だにしない危機に直面し、急に目に映る人間がスローモーションのように見える。

 思考が素早く本のページを(めく)るように脳裏を明滅していく。

 包囲する彼らの声が低く間延びしたように聞こえる。

 声が伝わる速度より速く魔法が飛んできた。

 だが、全てが濃紺の体を通り抜ける。

 通り抜けた魔法同士が衝突し、強烈な閃光とともに衝撃波と爆発音を森へ巻き散らした。

 すでに悪魔オルフェルは、透過で地中深く吸い込まれるように潜っていた。

 音は聞こえないが、地上からの激しい振動だけが伝わってきた。

 クロールするように腕を動かし、透過で地中を泳ぐようにその場から静かに逃げる。

 ——初めから地中に潜ればよかったな。

 何度か透過を繰り返しながら大地の下を進んでいく。

 しばらくして、地上に顔だけを出し周囲を見回す。

 眼前に広がる光景を目にし、濃紺の眉間に皺が刻まれた。

「嫌な思い出がよみがえる」

 そう愚痴りながらも、警戒しながら地上へと這い出る。

 兄弟と戦った黄土色の巨大建造物が連なる遺跡。

 肌を撫でる柔らかな風に乗って、心を静める凛とした清潔な香りがふわりと鼻先をかすめた。

 石畳の隙間に溜まった砂が足裏にまとわりつく。

 見上げるほど巨大な出入り口らしき開口部。住居施設と思しき遺構(いこう)が奥へと続いている。

 突如として夜が終わった。

 気づけば太陽が真上にある。

「この星は一体どうなっているんだ」

 継承した地球のそれとは明らかに異なる。猶予のない昼夜の反転。あまりに唐突な光の暴力に、ただただ圧倒されるしかなかった。

 兎に角、この場から一刻も立ち去ろうと一歩踏み出したとき、

「わっはっはっはっは!」

 豪快な笑い声が頭上から降ってきた。

「言ったじゃろ。ここで待ってれば、此奴はここに来るとな」

 遺構の屋根の上に、自身の身長より大きい巨大戦斧を持ったドワーフが、左手で編み込まれた長い髭をさすっていた。

「スウェーデの爺さんやるね。本当に来るなんてびっくり」

 その隣に、女性のエルフが立っていた。

 ——あの時のエルフ。たしか……ノルウェンだったか。

 悪魔オルフェルが初めて出会った時と変わらず、青色の大きな三角魔女帽を被り、白金の長い髪が光を受けて淡く輝いている。

「悪魔といえど、こんな子供を痛ぶるのはドワーフとして誇れる真似ではない。悪く思うなよ小僧」

「ごめんね、僕。私たちペンタードのスキルによって生かされているから、自分の意思に関係なく逆らえないの」

 申し訳なさそうに言ったノルウェンの表情には、抗えない諦めが滲んでいた。

 ——今までの人間とはどこか違うな。

「以前おまえは、ペンタードのスキル体と言っていたな。前世では魔法使いだったとも。スキルから生み出された存在が、なぜ過去の記憶を持っている?」

「ペンタードは異世界の名だたる強者たちの魂を収集しているの。そして、その魂を己のスキルで前世と同じ体を与え、記憶をも引き継がせているの。だから前世の記憶を持っているのよ」

「魂か……。スキルから生み出された魂には効くのか?」

 ノルウェンの答えに、悪魔オルフェルは一つの可能性を導き出した。

 ——前世のオレは、アンデッド相手に使用していた。

 試す価値はある。敵の輪郭を冷徹に捉えた金色の瞳が、見下ろす二人に狙いを定める。

「魂魄——」

 目の前に突然小さな水泡が現れる。そして大爆発を起こす。

 肌を無残に焼き焦がし、風圧が皮膚を引き裂く。

 壁まで吹き飛ばされ、背中から猛烈に叩きつけられた。

 叩きつけられた衝撃で肋骨が悲鳴を上げ、押し潰された内臓から熱い鮮血がドッと口から溢れ出た。

 濃紺の肌が赤く染まる。

 すぐに膝を地面から押し上げ、遺構の屋根にいるドワーフのスウェーデとノルウェンを睥睨(へいげい)する。

 ノルウェンの感心した声が降る。

「手加減したとはいえ、私の爆発魔法オスロを受けてすぐに動けるなんて。あなたをレベル一と評価している奴らは現実を見れない馬鹿なのかもしれないわね」

「わっはっはっはっは!」

 豪快な笑い声を上げながら戦斧を振り上げるドワーフが突然目の前に現れた。

「ワシのことを忘れてはいかんぞ」

 濃紺の左腕が胴体から離れ宙を舞った。

 巨大な戦斧が振り下ろされていた。

 次の瞬間、残った濃紺の右手には虹色の剣が握られていた。

天壊牙突(てんかいがとつ)!」

堅陣(けんじん)の守り!」

 猛烈な速度で直進する剣先が、大気を断熱圧縮によって灼きながら高熱のプラズマを纏い、

 狂いなく——

 貫通。

 腹に目掛けて繰り出された刺突は、シールドのようなエフェクトによって弾かれた。

 悪魔オルフェルは惚けることなく、即座に後方へ間合いを切る。

「無傷かよ。あんな至近距離で放った技なんだがな」

()さん、どこから剣を取り出した」

 ドワーフの質問に答えることなく、視界から逃れるように真横へ疾風迅雷で駆けた。

「もう片腕もらうぞ、小僧!」

 ジグザグに逃げる先を予測したかのように、追いついたスウェーデが宙を舞いながら戦斧を振りかざす。

 その影が悪魔オルフェルを飲み込んだ瞬間、絨毯爆撃のように灼熱の炎のカーテンが降り注ぐ。

「あぶねーじゃねえか! ノルウェン気をつけてくれよな」

「あらごめんなさい、まさか飛び込んでいくとは思わなくて。でも、当たったみたいね」

 周囲の地面にべっとりと張り付くように、強烈な高熱を放ちながら激しく燃え広がる炎の中から、黒ずみになった悪魔がよろめきながら出てきた。

 地形を熱泥化させた灼熱の炎が突然消え、そこへノルウェンがふわりと降り立った。

「気づいていると思うけど、早く再生して逃げた方がいいわよ」

「貴さんを攻撃していてなんなんだか、死ぬなよ」

 四つん這いで焼けた肺で喘ぐ黒ずみの悪魔に言葉を投げるノルウェンとスウェーデ。

 女性エルフの言う通り、悪魔オルフェルは迫る脅威に気づいていた。

 ——回復を待っている暇はない。

「縮地」

 唱えた瞬間、濃紺の悪魔の姿が消失した。

 最高到達点速度を初速から叩き出し、前方へマッハ二・七相当で移動する。

「現実改変」

 その声が言葉になった瞬間、縮地が解除された。

 突然の解除に体勢が崩れ、顔から地面へ叩きつけられる。そのまま勢いを殺せず滑るように転がった。

 ——何が起きた。

 砂埃が積もる石畳から顔を上げると、赤い甲殻に覆われた足が映った。

「何と、はや追ひつきたるか。実につまらぬことなり」

 蟹の頭部を持つ悪魔、ワプが足元に倒れ伏す悪魔オルフェルを見下ろしている。

「お元気かしら?」

 目も鼻も口もなく、髪すら生えていない白いのっぺらぼうの頭部に、エメラルドと白い肉体を持つ女性の悪魔——イビルガードがワプの後ろから姿を現した。

「ハロハロ、さっきぶりー」

 ギャルのような口調の蛾の女性悪魔、ガガムートがワプの背後からひょっこり顔を出し、手を振る。

「もう追いつかれてしまったようね」

 哀れむような表情を浮かべ語るノルウェン。

 悪魔オルフェルは即座に起き上がり、ワプから間を切る。

 ——五対一。腹を括るしか……いや、なんとしても生き残る。

「オレが三番手かよ。くそが」

 舌打ちしながら、紫色の悪魔、シュトレインがいつの間にか濃紺の悪魔の背後に立っていた。



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