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イデア魔界儀伝  作者: 五十音字ひらがな
転生魔剣士 オルフェルの物語
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24/24

第20話 キャラメル騎士団

【2026.06/24|専門用語の用法を一部修正しました】

・ハニカム構造状 → ハニカム状の透明な球殻。


 緊迫した雰囲気に似つかわしくなく、温もりを帯びた柔らかな風が遺跡を(なび)いた。

「こんな面白い機会をくれたキャラメリゼ様には感謝だぜ。恐怖心を植えつけて殺す。なんて最高な遊戯なんだ」

 シュトレインは、子供の姿をした濃紺の悪魔を見下ろし、睥睨(へいげい)しながら鋭い爪をちらつかせた。

 なんの前触れもなく、オルフェルの輪郭がぶれた。

 次の瞬間、大砲を撃ったような鈍く重い轟音が遺跡を揺らす。

 直後、シュトレインの眼前にある直線上の壁という壁が爆散した。

 連続する破壊音が遠ざかり、幾重にも破砕された壁の破片が四方へ飛散、黄土色の粉塵が勢いよく巻き上がった。

「かなり手加減をしたが、勢いよく吹っ飛んだな」

 蹴り抜いた右脚を石畳へ下ろし、粉塵の隙間から覗く瓦礫の山を満足げに眺めながら、紫色の悪魔は獰猛な笑みを浮かべた。

 しかし、待てど濃紺の悪魔は姿を見せない。

「嘘だろ、もしかして死んだのか?」

 魔力感知で生死の確認を……反応がない。母から受けた任務は、恐怖を与えて殺すこと。なのに、手加減を誤って殺してしまった。今も玉座の間から観ているであろう母が悲しむ姿を想像し、シュトレインは思わず自らの身体を抱きしめた。

 だが、厳かな響きが彼の焦燥を()()ける。

「瓦礫に埋もれしを機と見て、即座に(にぐ)るるとは、なかなかの判断なり」

「なんだと」

 ワプの言葉に驚くと同時に、シュトレインは安堵の息を漏らした。緩んだ意識を即座に引き締め直し、再び獰猛な眼光を宿す。今度は探るように、慎重に魔力感知を広げた。

「こいつ、本当にレベル一なのか?」

「先ほども鑑定いたしたが、未だレベル一のままなり」

「信じられん。環境の魔力と同調させる技術、オレより上だぞ」

「あり得ぬことなれど、事実なり」

 背中から生える八本の蛸足を静かに揺らしながら、ワプは淡々と言い切った。

面白(おもしれ)え」

 次の瞬間、シュトレインの姿が()き消えた。紫色の軌跡だけを残し、逃げた悪魔を追っていく。

「汝ら、追ふぞ」

 シュトレインの姿を見送ると、ワプは自身が教育を任された二魔へ声をかけ、駆け出した。その背を追うように、顔のない悪魔イビルガードは地を駆け、鱗粉を撒き散らしながらガガムートは上空を舞った。

「ワシらも追うぞと言いたいが、行っても邪魔者扱いされるじゃろうな」

 編み込まれた長い髭をさすりながら、スウェーデは諦念(ていねん)の滲む声を漏らした。

「私はここに残りたいけど、ペンタードの影響下から逃げられないのが苦痛ね。少しくらい遅れても問題ないでしょうね」

 無意識に白く長い髪の毛先を(もてあそ)びながら、ノルウェンは自分に言い聞かせるように呟いた。

 無機質な歴史に取り残されたような黄土色の遺構群。巨大建造物が連なる静寂の中に、ドワーフとエルフの二つの影だけが残された。


 ❇︎ ❇︎ ❇︎

 

 二度目の地中移動。泳ぐことなく、駆けるように遺跡の下を進んでいく。しかし、気づけば石畳の上を走っていた。

「追ひつきたるな」

 駆けるオルフェルの行く手を、ワプが仁王立ちで塞ぐ。蟹そのものの頭部に、背中から伸びる八本の蛸足が、虚空をなぞるように(うごめ)いていた。

 だが、オルフェルの足は止まらない。

「透過」

「現実改変」

 ワプの背中から生える蛸足の一本が、ゴムのように伸びる。

 ——⁉︎

 透過を解除していないにも関わらず、その一撃がオルフェルの肉体を捉え、衝撃のままに、濃紺の輪郭が巨大な柱へ叩きつけられた。円柱に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

「頃合いに収められたるか」

 力加減に成功し、ワプは満足そうに頷いた。

 亀裂の入った円柱から背中を剥がし、オルフェルは即座に石畳へ足を押し当てる。

「透過」

「現実改変」

 かぶせるように、ワプがスキル名を唱えた。

 ——地中に潜れない⁉︎

 何度も足裏を石畳に押し付けるが、一向に潜れる気配がない。

「ただ遁るるためだけに透過の術を用ゐるならば、即座にその術を封じいたそう」

 蛸足をゆるやかに揺らしながら、ワプは自然体のまま佇む。だが、その姿に隙は一切なかった。戦うしか選択肢がなくなったオルフェルは、一度大きく息を吐くと、右手を横にかざした。空間が剣の輪郭を描くように揺らめき、その右手には虹色の剣が力強く握られていた。

 ワプに対し正対(せいたい)に、虹降(にじふ)りの剣を構える。

 次の瞬間、オルフェルの右肩が(かじ)りとられたように消失した。

 ——⁉︎

 視界が白く弾け飛ぶ。あまりの激痛に石畳の上をのたうち回り、狂乱の叫びが遺跡に響く。強く握り締められていた虹降りの剣が、乾いた音を立て地面へ転がる。

 ぐちゃり、ぐちゃり。

 肉をすり潰す不快な咀嚼音とともに、口元を血に染めシュトレインが姿を現した。灼熱色の眼光が、愉悦(ゆえつ)に細められている。

「やっぱ、同族の肉の味は不味(まじ)いな」

 吐き捨てられた肉塊から流れる血が、石畳の隙間へと吸い込まれていく。

 仰向けに倒れながらも、オルフェルは左手に魔力を込めた。

焼夷灼質魔焔珠(フィエロ・イグニオ)

 青白く電離する灼熱の火球を、齧り取られた右肩に押し当てる。

 歯を食いしばり、声にならない悲鳴を喉の奥で押し殺した。

 薄い灰色の煙が立ちのぼり、鼻腔を刺す苦味のある刺激臭と脂の焦げる臭いが周囲に漂う。

 喘鳴(ぜんめい)を漏らしながらも、オルフェルはシュトレインを睨み据える。

「てめえ、面白えな。そんな方法でオレのスキルから逃れるとはな」

 小馬鹿にするようにゆっくりと拍手し、立ち上がる濃紺色の悪魔を(たた)えた。

 ——魂魄眼。

 魂魄眼に映るシュトレインの能力値とスキルを、内言(ないげん)で咀嚼していく。

 斥候部隊隊長というだけあって、能力値は馬鹿げた数字が並んでやがる。

 スキルは——空間暴食(ケノン・ダクネイン)

 任意の空間を喰らう能力。追加効果として、肉体をかじり取られた箇所に激痛を与える。痛覚無効すら意味をなさない。オレが食らった攻撃はこれか。奴の口元には注意だな。

 そして、ワプ。能力値こそシュトレインに劣るが……以前も思ったが、現実改変、絶死、レベルの共鳴、こいつのスキルの凶悪さは群を抜いてやがる。

 さて、こんな化け物から、どう逃げるか……。

 悪魔オルフェルが思考を巡らせている間にも、無情に時間は流れていく。

「やっほー、元気ぃ〜?」

 にこやかに手を振りながら、蛾の悪魔——ガガムートが翅を震わせ、空から舞い降りた。

「まだ、他の兄弟は来てないようね」

 目も鼻も口も、髪すら存在しない白い頭部を静かに巡らせ、顔のない悪魔——イビルガードが石畳の上を優雅に歩きながら姿を見せる。

 ——こいつらもスキルはヤバいが……。

 オルフェルは右手を胸の前にかざすと、空間が剣の輪郭を描くように揺らめき、その掌に虹降りの剣が出現した。

「おい、てめえ。どこから剣を取り出した?」

 シュトレインの問いに、オルフェルは答えない。

「恐らくは空間魔法の類ならん」

 代わりに答えたワプの言葉に、得心したように鷹揚(おうよう)に頷いた。

 突如、砂埃を巻き上げながら、地面や空間の至るところから石杭の牙が高速でオルフェルへ迫る。あらゆる方向からの奇襲を、紙一重で身を(ひるがえ)して(かわ)した。

「なぜ今のを避けられる⁉︎」

 建造物の屋根の上で片手を前へ突き出したまま、黒い悪魔——ザームクーヘンが愕然と目を見開いていた。 

「ざるつゔぇーでる、よけられちゃったね」

 あどけない少年の声の方へ視線を向けると、華奢(きゃしゃ)な身体に似つかわしくない巨大な頭部を持つ悪魔——ナイーヴが、ザームクーヘンの(かたわら)へひょっこりと姿を見せていた。

「ジャッジャッジャッジャッ」

 白い長髯を揺らし、豪胆で奇妙な笑い声を響かせながら、ヤフルが二魔の傍ら(かたわら)へ歩み出た。

「遅れて参上してもうたの」

 ——あの二魔の教育係か。こいつの前では迂闊に魔法は使えない。

 魂魄眼に映る能力値とスキルを咀嚼していると、さらに三つの魔力反応を捉えた。

「あらやだ〜、一番ビリじゃないの」

 男性の声でありながら、口調は(つや)やかな女性そのもの。腰を揺らし、婀娜(あだ)めいた足どりで石畳を進む、漆黒の生体装甲の悪魔——ミュート。

 そして、その後ろを従者のように付き従い、オルフェルを見据えながら悠然と歩を進める二魔。

「私、あまり痛ぶるの趣味じゃないのだけど、これってやらなきゃ駄目なのよね?」

 ——次から次へと。……妹のやつ、ラヴァという名をもらったのか。

 薔薇の女性悪魔——ラヴァは、遊戯という与えられた任務(タスク)への気怠さを隠そうともせず、吐き捨てるように言った。

「弱肉強食とはいえ、弱い奴を痛ぶるのはオレも趣味じゃねえ。だが、見つけた以上、やるしかねえ」

 赤銅色(しゃくどういろ)の鱗に覆われた人型ドラゴンが、肩を(すく)めながら諦念の滲む声を返す。

 ワプは周囲のキャラメル騎士団の面々をなぞるように蟹の頭部を巡らせると、

「役者は揃ひたるな」

 その言葉に不穏を覚えたオルフェル。集った敵の位置を順に見据え、魂魄眼で得た情報を脳内で整理していく。距離、能力、脅威度。そして、自分を見下ろす平均六メートル近い悪魔たちの攻め方を、限られた時間の中で次々とシミュレーションしていく。

 そこへ、遅れて辿り着いたS級冒険者の大群が、様子を窺うことなく獲物へ襲い掛かろうとする。だが、シュトレインから放たれた威圧が全方位へと飛ぶ。

 勢いを殺しきれず踏鞴(たたら)を踏む冒険者たち。抗議する者や、愚痴る者は誰一人おらず、息を呑んでキャラメル騎士団斥候部隊隊長の言葉を待った。

「てめえら、せっかく兄弟が揃ったんだ」

 頬を吊り上げ、にやっと(わら)うと、処刑執行を告げる死神のように、

「可愛がってやれ」

 顎で獲物をしゃくる。

 その言葉を合図に、オルフェルの正面にある建造物の屋根の上にいた、黒い悪魔ザームクーヘンが動いた。

「コットップス」

 黒い悪魔ザームクーヘンの肘から先が、毎秒一万回転する銀色の円錐槍へと変貌する。腰を落とし、勢いよく突き出す。

 オルフェルは鋭い速度でザームクーヘンの股下に滑り込む。右へ、左へ——と、虹降りの剣を振るい、膝下を横薙ぎに断ち切られ、黒い悪魔が勢いよく転倒。地中から無数の薔薇の(つる)が噴き出し、捕縛せんと襲いかかったが、蔓と蔓の間に生まれた一瞬の隙間を、縮地で駆け抜けた。

 しかし、突然体が硬直した。

 ——あいつの超能力か。

 建造物の屋根の上。体躯と不釣り合いなほど巨大な頭部を持つ悪魔——ナイーヴが、両手をかざしていた。

 石像のように動きを止められたオルフェルの横合いから、赤銅色(しゃくどういろ)の鱗に覆われた人型ドラゴン——ニムニアが現れる。巨大な(あぎと)を開き、赤く(たぎ)った喉の奥からマグマブレスを放つ。

地嶽隆成絶壁(オルド・バスティオ)

 岩壁が勢いよく噴出し、灼熱の奔流を受け止めた。同時に、ナイーヴの視線を遮るように、もう一枚の岩壁が噴出し、濃紺色の肉体は自由を取り戻した。

 岩壁を融解させた先に、すでにオルフェルの姿はない。すぐさまニムニアは、魔力感知を広げる。だがそれより早く、さらに勢いよく噴き出した岩壁が顎を捉えた。脳震盪を起こし、赤銅色の巨体が膝から崩れ落ちる。

 ナイーヴの背後に突然、濃紺の影が現れた。静かに、だが素早く、虹降りの剣が振り抜かれる。

「ばりあ!」

 六角形と五角形が組み合わさったハニカム状の透明な球殻(きゅうかく)が、ナイーヴを包み込み、虹色の剣を弾く。

 バリアに包まれたまま、宙を滑るように建造物の屋根から距離をとる。だが、その球体の上へ、濃紺色の小さな足が吸い付くように飛び乗った。

「うそ⁉︎」

「残念ながら本当だ」

 左腕をバリアに突っ込むと抵抗なくすり抜け、

焼夷灼質(フィエロ)—— 」

 オルフェルの背後へ、音もなく飛来した蛾の悪魔——ガガムートが背中に触れようと手を伸ばすが、体を翻し接触を回避した。

「うっそ⁉︎ なんでバレたの」

 ——こいつにだけは、触れられるのはまずい。

 右腕に握られている虹降りの剣を、ガガムートへ向け投擲する。

 柔らかい餅のような白い腹部へ、虹色の剣身が深々と突き刺さり、

虚圧天衝(ノクタ・インパル)

 バリアから引き抜いた左掌(ひだりて)から、無音の衝撃波が蛾の悪魔の白い肌を蹂躙した。瞬時に表皮がせん断され、放射状に裂溝が走り、ガガムートの身体が宙を転がる。凄絶な勢いで背景を置き去りにしながら、彼方(かなた)の壁面へと叩きつけられた。

 その直後、オルフェルの足場が消失し地面へ落下していく。

 一方、ナイーヴは重力に囚われず、慣性すら無視して虚空を滑るように距離を取った。

 空中で上体をひねり両足で着地する構えをとる。

「シーマイナー」

 雷の鞭が濃紺色の子供の体をすり抜け、虚空を鋭く鞭打つ。

「嘘でしょ⁉︎ 意識外からの攻撃なのに」

 顔がないため表情は窺えない。だが、イビルガードの声の揺らぎが物語っていた。

 ——こいつら、魔力感知で相手の位置を把握できないのか。

 着地すると同時に、イビルガードに向かって、

「疾風迅雷」

 オルフェルの輪郭が爆ぜた。

 マッハ二・二五の速度を維持したまま、斜め前方へ右、左と強制的に振られるジグザグの挙動。一歩ごとに座標を書き換えるような神速の方向転換。そのたびに、雷鳴の如き足音とともに、遅れて断続的な衝撃波が轟く。

 イビルガードの股下に潜ると、投擲し失ったはずの虹降りの剣を振り抜く。

 だが、目も鼻も口もない白い頭部をオルフェルに向けたまま、まるで氷上を滑るように真後ろへスライドし、斬撃を回避した。足を動かすどころか上体すら微塵も揺れることなく、慣性の法則を嘲笑うかのような移動。

 ——これが、こいつの自動回避のスキルか。

「ザルツヴェーデル!」

 イビルガードへ追い打ちをかけようと上体を前屈した瞬間、地面や空間の至る所から石杭の牙が高速で迫る。——が、体をすり抜けた。

「はぁ⁉︎ 当たったはずだろ」

 ザルツヴェーデルを放ったザームクーヘンは、思わず驚愕の声を漏らす。

 兄弟たちは、目の前にいる子供の姿をした濃紺の悪魔が、本当にレベル一なのかと疑い始めていた。

 S級冒険者たちを見下ろす、ひときわ高く聳え立つ黄土色の塔。その頂上から遊戯場(ゆうぎば)を見下ろすドワーフとエルフ。

「のう、ノルウェン」

「なに?」

「六人がかりなのに、あいつら翻弄(ほんろう)されておらぬか?」

「そうね。あの坊や、魔力操作がずば抜けているわ」

「ふむ、それに加えて身体能力もあの坊主が上か……」

「あら、坊やの活躍もここまでのようね」

 動き出した状況の変化に気づき、憐憫(れんび)の眼差しを遊戯の中心にいる濃紺の悪魔へ向けた。


 燃え盛る赤い髪と狼の下半身を持つ、キャラメル騎士団副団長——デモンルフ。足音すら立てず、彼女は戦場という遊戯の場に悠然と姿を現した。炎を纏う槍を片手に、オルフェルを睥睨する。

 そして、炎の槍の石突きを強く地面へ打ち付けた。

「楽しんでるようね」

 その一言だけで、戦闘音に満ちていた空間が一瞬にして静まり返る。

「あなたたち、キャラメリゼ様もご覧になられてるのよ。それなのに、なに遊ばれている? 逆だろ」

 キャラメル騎士団の悪魔たちの、唾を呑み込む音すら煩く響いた。

「理解に苦しむぞ」

 言葉に込められた威圧だけで、周囲の悪魔やS級冒険者たちの顔がひきつる。耐えきれず、その場に膝をつく者まで出た。オルフェルも例外なく。

「デモンフレイム」

 突如として、青黒い炎がオルフェルの全身を包み込んだ。

 絶叫を上げながら石畳の上を転げ回る姿を見下ろしながら、デモンルフは無表情のまま、冷たい声で淡々と魔法の説明を始める。

「熱いだろ? 痛いだろ? 皮膚や肉体を焼き切りながら、消失した部位の再生も同時に行なっている。だから苦痛が終わることはない。オマエが死ぬか、私が魔法を消さない限り永遠に続く。これが私の固有魔法だ。どうだ、感想を聞かせてくれないか?」

 黄土色の塔の頂上にいるノルウェンとスウェーデが、子供の体躯をした悪魔の絶叫に顔を歪める。

 ——なぜオレがこんな目に遭わないといけない。

 ——キャラメリゼに牙を向けたからか。

 ——くそ、あの邪神め。覚えてろよ、転生したら次こそは……。

 青黒い炎を纏い、のたうち回る悪魔の腹を、デモンルフは狼の前脚で無造作に押さえつけた。

「喜べ。きっとキャラメリゼ様も、この光景をご覧になって喜んでおられる」

(まず)いですぞ、デモンルフ殿。炎が弱くなってきておりますのじゃ」

 慌てた様子でヤフルが駆け寄り、オルフェルに回復魔法を(ほどこ)す。

 再び石突きが鳴り響く。

「この程度で情けない」

 その声に反応し、即座に起き上がり間合いを切った。肉体に損傷はない。だが、終わりのない激痛が、精神を大きく摩耗させていた。肩で荒く息をしながら、金色の双眸で副団長を射抜く。

 獲物の睨みを意にも介さず、何かを小さく呟いた。

 燃え盛る赤髪が一瞬、激しく逆巻き、不敵な笑みを浮かべると、その口元に魔法陣が展開された。

「スキル体のおまえらも痛ぶりたいだろ!」

 遺跡全体に響き渡る声に、S級冒険者たちから(とき)の声が上がる。

「己の武を見せつけたいだろ!」

 さらに大きな鬨の声が重なった。

 デモンルフが両手を広げる。

「さあ、エンターテインメントを!」

 その一言を合図に、(せき)を切ったようにS級冒険者たちが喊声(かんせい)を上げながら、オルフェルへ雪崩れ込んだ。

 しかし、辿り着くより早く、冒険者たちの群れが至る所で一斉に光の粒子へと変わっていく。

 十数万の群れが一瞬で消失した。

 デモンルフをはじめ、その場にいた悪魔や冒険者たちから驚愕の声が漏れる。

 そして、さらに信じがたい光景が広がった。

『ああ、私たち解放されるのね』

『もう、こんなことしなくていいんだ』

『ようやく、あなたのもとへ行けるのね』

 光の粒子から零れ落ちる澄んだ声が、遺跡全体へ静かに広がる。長く胸に秘めていた願いを口にしながら、魂たちは天へ昇っていく。

 冒険者たちは誰一人として動けない。

 呆然(ぼうぜん)とその光景を見つめていた者も、前触れもなく光の粒子へと変わり、同じように天へ昇っていく。想いだけを、この遺跡に残しながら。

 気づけば、遺跡を支配していたのは戦場の喧騒ではなく、痛いほどの静寂だった。

「アンデッドを成仏させることができるなら、スキルで囚われている魂も——っと、思ったが、まさかこんなにも上手くいくとはな」

 直後、オルフェルは膝から崩れ落ちた。

 ——あれだけ成仏させたのに、全然減ってねえ。一体、何体いるんだ?

 魂魄眼で数十万の魂を送った反動が、濃紺の悪魔を襲う。体力と精神力がごっそり削り取られる感覚。魔力も思うように練れず、滲み出る汗が疲弊の色を濃くしていた。

 黄土色の塔の頂上にいるドワーフとエルフも、光の粒子が舞う幻想的な光景に心を奪われ、呆然と口を開いていた。

「なんじゃ、どうなっておる?」

「魂が、ペンタードから解放されている……」

「あの坊主が、何かしたのか?」

「見て。解放されていく人たちの顔、すごく幸せそう……」

 スウェーデとノルウェンは互いに顔を見合わせることなく、天へ昇る光を追うように虚空を見上げる。

 だが、その静寂を破りシュトレインが突然、豪快な笑い声を上げた。

「面白え。てめえだろ、てめえなんだろ。何をしたか知れねえが、オレにもやってみろ!」

 音の壁を破り、紫の巨躯がオルフェルへ突進する。

 気づいた時には、シュトレインの影が視界を覆い、右拳が眼前へ迫っていた。


雷虎一閃(らいこいっせん)

 

 雷鳴のごとき踏み込みと、閃光のごとき速度で放たれる中距離打撃。

 その拳撃は弾丸のように空を裂き、シュトレインの鳩尾(みぞおち)へ深く()り込んだ。同時に、紫色の巨躯が青白い雷に全身を貫かれ硬直する。

 窮地のオルフェルとの間に割って入ったのは、雷光を纏う拳を突き出したまま、(かば)うように立つ一人の武人。その背が、継承した記憶の中の姿と重なるように、彼の双眸に焼きついていた。

 前世で見知った女性。虎の顔を持つ獣人——オーカー、本人だった。


 

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