第18話 脅威
白亜の大広間に集う悪魔たち。その視線の先には、森の中を疾走する悪魔オルフェルの姿が、空中へ鮮明に映し出されていた。
S級冒険者の大群を森に住まう魔獣の元へと誘導し、魔獣と冒険者たちの潰し合いを狙うその姿勢に、映像に見入る悪魔たちから感嘆が漏れる。
数の暴力を、森の魔獣というシステムを使い巧みに利用する姿に、キャラメリゼの表情が綻ぶ。
我が子が遊戯に興じる姿に目を潤わせていると、階の下からヴォイスが落ち着いた調子で伺いを立ててきた。
「キャラメリゼ様。私が出会った魔鋼ゴーレムの行方をヌントゥカーンに捜索させていますが、奴も新魔と共に向かわせますか?」
「いいえ。彼には引き続き捜索させてちょうだい」
「畏まりました」
騎士団長らしく語先後礼を済ませたのち、映像へと体を向き直した。
続いて、デモンルフも伺いを立ててきた。
「なにかしら、デモンルフ副団長」
発言の許可を得て一礼すると、疑問を口にした。
「私たち悪魔は死んでもまた千年後には復活します。遊戯とはいえ、たかが一魔に対し過剰戦力ではないでしょうか?」
「鑑定を持たない者からしたら、その疑問を持って当然だわ」
この国で鑑定を持つ者は片手で数えるほどしかいない。デモンルフが首を傾げるのも無理はなかった。
「一言で言えば、あの子が強いからよ」
「彼が、ですか?」
「そうよ」
女王の肯定に、副団長は信じがたい思いを抱きつつも、主人の言葉を厳然たる事実として受け止めるしかなかった。
「あの悪魔のどこに、それほどの力が隠されているというのだろうか。とでも思っているのかしら」
ギョッとするデモンルフの表情を見て、キャラメリゼは口元を隠すようにくすくすと笑う。素直な我が子を揶揄うのがよほど楽しかったのか、その声はわずかに弾んでいた。
「厳密に言えば、あの子が持つ勇者の卵が厄介なの。今は称号が真・勇者の卵に変わっているのだけど」
一拍置いたのち、デモンルフはさらに質問を重ねた。
「勇者の卵ということは、新米の勇者ということでしょうか?」
「いいえ、違うわ。そのままの意味よ」
「……まだ覚醒していない、ということなのですね」
「ええ、そうよ」
「孵化していないあの称号がそれほど警戒すべきものなのでしょうか?」
女王は副団長の質問に対し静かに頷いた。
我が子を見守るその眼差しには、母としての慈しみが滲んでいた。
「称号を持っているだけで、その者に恩恵を与え続け、どこまでも進化させるの。もし、卵が還り、勇者に覚醒したら」
言葉を一度区切った。
「私たちが束になっても勝てなくなるわ」
それを聞いていた鑑定を持たない者たちは、息を呑んだ。
「しかも真・勇者の卵に変わっているから、おそらくさらに強くなるでしょうね」
そう語ると、重いため息を吐き出した。
女王の声が届かなかった広間の奥にまで、その内容は周囲の同胞を介して伝わり、動揺は波紋のように広がっていった。
「なんと、忌まわしき称号……」
宰相は絞り出すように呟き、眉間に深い皺を刻んだ。その脳裏には、前世で孵化していない偽物の勇者と侮った相手に敗北した悪夢が蘇った。
「ルフ、他にはないかしら。なんでも聞いてちょうだい?」
役職名ではなく愛称で呼ばれ、炎を纏う狼の尾が火の粉を撒き散らしながら左右に激しく揺れる。それでも、副団長然とした凛々しい顔つきで、一礼し、さらに質問を続けた。
「勇者に覚醒したら何か特別なスキルを獲得するのでしょうか?」
「ええ、時間停止能力を獲得するわ」
鑑定を持つヴォイスを除き、悪魔たちは喉の奥で息を詰まらせた。先ほどまで広がっていた騒めきが一瞬にして静まり返る。
キャラメリゼの透き通った穏やかな声が、今度は空間全体へと異様に響き渡っていた。
「な、なんと……」
デモンルフは唸るように呟いた。
「キャラメル王国の、一大事ですじゃ……」
宰相ガーネット・コンプリメンタは絞り出すように王国の危機を言葉にした。
それを受け、ヴォイスが口を開いた。
「コンプリメンタ殿のスキルであれば、事前発動さえ間に合えば、時間停止能力を相手取っても、効果範囲内に収めた時点で勝機はあるかと存じます」
「ふむ、効果範囲に入れば……どうじゃろうな。時間停止の者と相対したことないゆえ、なんとも言えんの」
宰相は思案したが、答えは出なかった。
「そういうことだから、生まれ変わっても二度と反抗しないように恐怖を植えつける躾が必要なの。だから、万全を期した過剰戦力がちょうどいいの」
「それでしたら遊戯ではなく、拷問のうえ処分するのがよいのではないでしょうか?」
「そうね、ルフ。あなたも母親になればわかるけど、愛しい我が子が懸命に自分の命をかけてごっこ遊びをしているのよ。その気持ちを汲んで、愛を込めて殺してあげるのが、母としての役目というものよ」
「私、デモンルフは感激いたしました。理想の母親像こそ、まさしくキャラメリゼ様のような慈愛の精神をお持ちの女性でございます。私も普段からその精神を忘れぬよう心に決めました」
「良い心がけだわ。私はあなたを応援するわ」
慈愛の微笑みを浮かべたまま、キャラメリゼは我が子の遊び相手となる軍勢に思いを馳せる。
キャラメリゼの視線が、再び空中の立体映像へと戻る。
その口から溢れ出たのは、あまりにも規格外な絶望の数字だった。
「ペンタードがスタンピードで一度に吐き出せるS級冒険者の数は三百万。全部倒し切れるかしら」
愉悦に染まった貌を浮かべ、三日月のように目を細める。
残り時間は、刻一刻と零に近づいて行く。




