第一章 18.暗闇に潜むもの
家事室の階段から地下に降りると厨房が広がっている。屋敷の北辺を掘り下げた空堀に面した窓はあるものの、室内は真っ暗で俺の持つカンテラとソルさんが頭上に浮かべた光球だけが明かりだ。広さは一階の家事室と玄関ホールの半分を繋げたくらいだろうか。
一階の手水場の真下はやはり手水場になっている。北西の角の空間への入り口があるとしたらここに違いない。地下の湿気を抑えるためか、階上の手水場とは違って壁は板張りだった。
あった! 案の定、地下手水場の西の壁には仕掛けがあり、板張りの壁の一部を押すとクルリと壁が回転した。まるで忍者屋敷みたいだな。
ソルさんと二人で足音を忍ばせ中に入る。床には石畳が敷かれ、壁も一切の装飾が無い。ところどころ剥がれた白い漆喰から石積みの壁が剥き出しになっていた。
「ここは……怪しい秘密のアジトって感じじゃ無いな。どっちかと言うとメイドさんやフットマンの仕事場みたいな感じ?」
古びた木箱が置かれて、箒やモップが何本も立ててあり、床には磨かれた銅のバケツが置かれ、壁際には雑巾が干されている。
「ふむ、ここも家事室か清掃用具置き場と言ったところか。家族用の居間や寝室のようによく掃除されているようだ」
「ソルさん、奥に階段がある。登ってみよう」
ミシリ、ミシリと軋む木の階段を踏みしめ階上に上がる。カンテラの明かりで照らし出されたのは、壁際に古い鎧が幾つも並び、中央に設置された大きな机の上には、分解された鎧の部品が置かれている部屋だった。壁には剣や槍も飾られてある。
「えっ? 武器庫? それとも甲冑オタクの部屋?」
「ターサン、気をつけろ! 二階から何かが降りてくるぞ!」
階段上部の暗がりをミシリ、ミシリ、カシャン、カシャンと音を立てて何かが降りてきた。突き出されたカンテラの明かりの中に照らし出されたのは、予想通り、行方の分からなくなっていた女性用プレートアーマーだった。
「ここは私に任せろ! 暗がりで気味の悪い音を立てて、よくも散々脅かしてくれたものだな。こうして目の前に現れるとただの古ぼけた鎧ではないか。中身のカラクリごと粉砕してくれる」
オーン インドラーヤ スヴァーハー!
詠唱とともにソルさんの指先から眩い光が迸り、動く鎧に向かって一条の光が走った。雷撃を受けた鎧が一瞬薄闇の中で白く輝く。
感電した鎧が動きを止め――止めない!?
雷撃に包まれ全身を一瞬光らせただけで、動く鎧は何事も無かったかのようにミシリ、ミシリと階段を降りてきた。そしてカシャン、カシャンと床に降り立ちこちらに向き直った。
「ちょっと! ソルさん、全然効いてないよ!」
「ふむ、どうやら耐電シールが施されていたようだ。予想よりも上等なポンコツのようだな。ならば!」
オーン アグニ マーヤー スヴァーハー!
ソルさんの手のひらの上で赤い炎が燃え上がり、クルクルと渦巻いてボールのように固まると、動く鎧目掛けてビューンと飛んでいく。狙い違わず鎧の胸元に衝突すると、ドォーンと音を立てて破裂し、鎧を炎に飲み込んだ。
火球の爆発の衝撃で動く鎧は蹌踉いてニ、三歩後退し、それでも全身を炎に巻かれ、立ったまま焼き尽くされ……?
焼けてない!?
炎は見る間にシュルシュルと、鎧の装甲の隙間やフェイスガードの下に吸い込まれて消えてしまった。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ソルさん! 炎が全然効いてないよ、金属鎧には火は駄目なんじゃね?」
「ち、違う、金属鎧に炎が効かないのでは無い! こいつはどうやってか魔法を減衰させているんだ!」
炎を消し去った鎧が二本の腕を前に伸ばして、ガシャンガシャンガシャンと、ソルさん目掛けて走り出してキター!?
あんな鉄の装甲に体当たりでもされたらタダじゃ済まない。急いでソルさんの腕を掴んで引き寄せて、動く鎧の突進コースから避けさせた。
勢いのついた鎧は止まらずにそのまま走って行って、壁際に飾ってある鎧に突っ込んだ。ガラガラと崩れ落ちる鎧の下から現れるやこちらに向き直り、再び両手を広げこちらににじり寄って来る。
「ひぃー、来るな、来るな、来るなー!」
アグニマーヤー! アグニマーヤー! アグニマーヤー!
短縮された詠唱に先程より小さな炎が幾つも生じる。そして小さな火球に変じると、鎧を目掛けてビューンビューンビューンと飛んでいった。小さな火球の連撃で一瞬、鎧の足が止まる。
その隙に俺はソルさんを引っ張ると、階下に向って逃げ出したのだった。
ダン、ダン、ダン、ダンと階段を駆け下りて地階に至る。振り返り見ると天井の隅にポッカリ開いた上階への入口の暗闇から、鈍く光る鎧がギシリギシリと音を立てて階段を降りてきた。
「どうする、ソルさん? アイツまだ追いかけて来てるぞ?」
「はぁ、はぁ、はぁ。……雷撃はほとんど効いてないようだが、減衰されたものの火撃魔法の爆発力にはある程度のダメージがあったように思う。ここで最大威力の火撃魔法をぶつけてみよう」
ソルさんはスーハースーハーと大きく呼吸をして息を整えると、目を閉じ胸の前で両手のひらを合わせて、朗々と詠唱を始め、そのよく通る声が俺の耳朶を打った。
ナマーハ サマンタ ブッダーナーン!
オーン マハー ヴァジュラ アグニマーヤー スヴァーハー!
えっ? ……まはー、ぶぁじゅら、あぐにまーやー?
まさか、この呪文って……サンスクリット語のマントラに似てなくね?
狼と戦った時には慌てていて、まるで頭に入ってきていなかったが、改めて思い返してみると、アグニだのインドラだの、ソルさんの唱える呪文はヒンドゥー教や仏教の真言と通じるものがあるように思えてきた。
この世界ではマントラが魔法を発現させる呪文になってる?
そんなことを考えていた俺の横で、ソルさんの合わせた手のひらの間に青い光が生じ、徐々に手を広げるに連れて青く光る炎の塊がサッカーボールくらいに大きくなる。
「喰らえ!」
ソルさんの喊声とともに青い炎の塊が飛び出していき、階段を降りてくるオッパイアーマーの頭部を飲み込み、ドッカーンと爆発してその首から上を吹き飛ばし、ついでに壁と天井も打ち崩した。
あっ、やべえ! これって怪物の消滅と同時に屋敷が崩れ落ちてくるパターンじゃね?
こ、今週も忙しかった……(言い訳)
遅筆な上に書く時間もあまりとれなくて、当分は週一くらいの投稿になりそうです。




