第一章 15.その場で足踏みマジチート
ヤバヤバヤバい! 狼ってこんなに大きかったか? こんなにデカイ口をしていたっけか?
ライオンくらいの大きさに見える灰色の毛並みの狼が、デカい口を開けて牙を剥き出しにして飛び掛ってくる。
どうする? どうする? 俺どうなる?
焦って思考が纏まらない。ただジタバタと手足を動かし地団駄踏んでるだけで、その場から逃げ出すことも出来ずに、狼の巨大な顎が迫ってくるのをただ見ていた。
ガバっと開いた狼の口に頭を飲み込まれ、……俺は、死んだ。
死んだ? いやいや、生きてるって俺! なにこれ、生殺しなの? 狼の口の中なんて見ていたくはないよ。涎で顔中ベトベト、息が生臭くて涙目だよ。もう覚悟を決めたから早くパクっとやってくれ。来世は今度こそ天人に生まれ変わりますように!
「兄貴ぃー!」
「こいつめ、よくもターサンを!」
キィィィーン!
甲高い音と同時にスパッと視界を覆っていた狼の口蓋が消え去り、肉の輪の向こうに青空が見える。
えっ、なにこれ? 俺は生きてるの?
「ターサン! 無事だったか? もういい、もう大丈夫だ!」
そう言ってソルさんが俺をギュッと抱き締めてくる。いや、女の人に抱きつかれて嬉しいけど、なんで俺は生きてるの?
「兄貴、もう大丈夫だよ、落ち着いて、そんなに暴れないで!」アレクも俺の足にしがみついている。
あ! 自分では気づいてなかったが、俺は狼に頭を丸呑みされたところからずっと今まで、手足をバタバタ動かしてその場で足踏みをしていたらしい。
ああ、これか! 〈その場で足踏み〉だ。天人が「肉体の変化が無い」って言ってたスキルとかギフトって、こういうことだったんだ!
つまりどうやら俺は〈その場で足踏み〉をしている限り、怪我も損傷も一切受け付けないみたいだな。これはかなりチートで無敵な恩恵ではないだろうか。普通なら狼の強力な顎で首を噛み千切られていても不思議はないのに、俺の柔らかな肌には毛一筋すらの擦り傷もないんだぜ?
「ターサン、心配したぞ。済まなかったな。私の魔法が外れたせいで、其方をこんな危険な目に合わせてしまうとは」
「ああ、いや、……他の狼は?」
「火撃魔法は避けられてしまうのでな、雷撃で素早く感電させてナイフでとどめを刺したのだ」
少し離れた場所にも首を切り裂かれた狼が倒れているのが見えた。
「ナイフって、そういえば、目の前の狼のノドチンコが急にスパッとなくなって。――ええっ? 俺まだ狼の口に食いつかれたままじゃん!」
巨大な顎をぱっくり開いた血塗れの狼の頭部の中に自分の首を突っ込んだまま、切断された口蓋越しに皆と話していたのに気がついた。
「いや、これはかなり気持ち悪いんだけど、取って、取ってー!」
「ちょっと待て」
そう言うとソルさんが銀色に光るナイフを取り出し、キィィィーンっと音を立てて狼の首をバラバラに切断してくれた。
「なにそれ、すごい切れ味じゃん」
「これは採集用に持ってきた高周波振動ナイフだ。大抵のものは切れるぞ」
「いや、それ、切れ過ぎじゃね? そんなすごい武器があるなら、最初から言ってよ」
「ん? ただのナイフだぞ? こんなもの一つでは大して役には立たんだろ」
「はーっ。……いや、まあ、助かったよソルさん。ソルさんの魔法にも、その凄いナイフにも驚いたな」
「驚いたのはこちらだぞ、ターサン。狼に頭を丸かじりされて、もう死んでしまったかと思った」
「そうだよ、兄貴! もうオイラもびっくりして心臓が止まるかと思ったよ」
「ハハハ、ごめんごめん。でも俺もびっくりしたよ。もうこれは本当に死んだと思ったからな。……今まで自分でも気がついてなかったが、どうやらこういう特殊能力みたいだな」
「狼に噛まれても死なない恩恵なのかい?」
「いや、こう、足をバタバタと足踏みしてると、その間は怪我を負わないみたいなんだ」
「ふむ、肉体硬化か状態維持なのか、どちらにせよかなりレアな恩恵だな」
「凄いよ、兄貴! そんな珍しい恩恵なんて聞いたことないよ!」
一息ついて落ち着いた俺達は、せっかく倒したのだから狼を解体して素材を取ることにした。と言っても解体の仕方なんて知らないから、ほとんどアレクにやってもらったんだけど。
アレクはソルさんに貸してもらった高周波振動ナイフを、キィィィーンキィィィーンと鳴らしながら、このナイフ凄い良く切れるよ、って喜んでいたけどね。
四足獣の討伐証は右耳なんだけど、最初の一頭は頭を黒焦げにして耳も焼け落ちてしまったので、頭ごと持っていくことにした。
討伐依頼は受けてないけど、素材は買い取って貰えるし、もしかしたら帝国本星のエルフ様の威光で、報奨金もゲットできるかもしれないしな。
あとは、毛皮を上手く剥ぎ取り、鋭い足の爪と牙も細工に使えるそうなので持ち帰ることにした。肉は重くて持てないから捨てていく。魔獣以外の肉食動物の肉は臭くて固くて、安値しかつかないらしいしね。
「ふむ、髄分と大荷物になったな」
狼の右耳と爪と牙と一頭分の黒焦げの頭は俺の背負い鞄に詰め込んだ。それ以外に一頭分ずつの毛皮を縄で縛って各自で背負い、手には薬草の採集カゴも持っている。
「これだけ収獲があれば、今日はもう帰っても良いのではないか?」
「いやいや、川までもうすぐらしいから、ここまで来たんだから黄塊根も採って行こうぜ。それに俺は狼に食いつかれてベトベトだから川で水浴びもしたいし、アレクだって狼の解体で結構血で汚れただろ」
「そうだね。オイラも顔や手足を洗いたいや」
丘を降りて川に向かう。川岸の柔らかい泥から生えている瑞々しい青葉の根茎が黄塊根らしい。精力剤とか怪我や病後の回復薬の材料になるそうだ。
俺のナイフで泥を掘り起こして――ソルさんのナイフは切れすぎて泥を掘るのは無理だ――キャベツくらいの大きさがある黄色い根茎を幾つも掘り出した。また荷物が増えたな。
それから俺はパンツ一枚になって川に飛び込んだ。冷たい水に頭まで潜って全身を擦り洗った。ああ、さっぱりした。
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