第一章 11.おちりだって洗って欲しい切実に
買い物を済ませてニノ郭に向かう。庶民の住む三ノ郭と武家階級の住むニノ郭は、分厚く背の高い石積みの城壁で仕切られていて、出入り口には門番が立っている。でも俺達は顔パスだ。みんなソルさんがエルフだと気づくと下を向いてしまう。いいのかそんなんで?
ニノ郭はクシャトリアたちの住む区画だそうで、鎧を着けて武器を持った男たちが歩いているが、冒険者たちよりはキリッとした感じがある。軍人と言うか主持ちのおサムライさんって感じだね。
それでもソルさんを見かけると目を合わせぬよう下を向いたり、道を逸れて行ってしまったりする。
あっ、やべー、ソルさんにフードを被るように言うの忘れてたわ。
屋敷に着いて鍵を開けて中に入った。もうすぐ夕暮れで太陽も西の空に傾き、部屋の奥まで日が射し込んでいる。
「夜も別々の部屋で休むより、暖炉のある居間で交代で寝た方がいいだろ?」
「そ、そうだな。私は一緒の部屋で構わないぞ」
「せっかく浴槽があるんだから風呂にも入りたいな。日があるうちに裏庭の井戸から水を汲んでおくか」
荷物を置いて立ち上がるとソルさんも着いてくる。
「うん? 水汲みを手伝ってくれるのか?」
「あ、ああ、ターサン一人だと大変だろうからな」
ぷぷっ。一人になるのが怖いみたい。
二階の手水場の大水甕の中身がいっぱいになるまで、ソルさんに手伝って貰って、水を入れた桶を抱えて十数度往復した。ここを水でいっぱいにしておけば、風呂の用意やトイレに流す水の為に、いちいち井戸まで降りなくて済む。
「ふーっ、こんだけたくさん水が有れば、二人で使ったって二日はもつだろうな」
「いや、私はその水は使わないからターサンが一人で使うと良いぞ」
「え? 水浴びしたり顔を洗ったりしないの? というかトイレはどうすんだよ? ちゃんと水を流してくれないと後の人が困るだろ」
「失敬な! きちんと流すに決まっているだろう。私は自前で水を作れるから問題ないのだ」
オーン ヴァルナーヤー スヴァーハー
ソルさんが呪文を詠唱すると、開いた右の手のひらの上に桶一杯分くらいの水量の水の玉が出現した。その水球がふよふよと1メートルほど宙を飛んで行ったと思うと、シャワーのように無数の細かい水流となって浴槽の中に降り注がれた。
「なんだよそれ!? まるで魔法じゃん!」
「私はエルフだからな、魔法は使えて当然だ。水魔法も火魔法も使えるから風呂もトイレも困りはせん」
なにそれズルい! そんな魔法が使えるならトイレもシャワレットじゃねーか。俺なんかペーパーが無いせいで、もう左手では御飯が食べられなくなってしまったというのに!
「マジか! この世界って魔法が存在する世界だったのかよ? 銀河帝国だとかSF世界だと思ってたら、剣と魔法の世界だったのかよー! ねえねえ、ソルさん! その魔法って俺も使えないかな? 俺にも魔法を教えてくれよ!」
「何を言っておるのだ。人族に魔法が使える訳がないだろう。言葉を持つ種族で魔法が使えるのは魔法種族たるエルフだけだ」
「えーっ? でも、俺って、ほら、異世界転移ですよ? こういうのは、俺が、実はトンデモナイ魔力を秘めていたとかがお約束なんじゃね?」
「いや、何を言っておるのかよく解らぬ。其方の魔力量は人族の中では確かに幾らか多めの方であるようだが、魔法を使うためにはエルフ並の膨大な魔力量が無ければ無理だ」
「えーっ、そんな~!」
がっかりだよ。俺のシャワレット~!
「よいか? 魔力の元であるオドは全ての生命体が持つ生命エネルギーであるが、このオド量が魔法発現の可否を決めるのだ。確固たる物理法則で織り成されてある世界に、己の意思に染められたオドである魔力を放出し衝突させることで、外界に波紋を及ぼし己の意に沿った新たな物理現象を引き起こさせているのだ。そのためには、相当量の魔力の放出が出来なければならぬ」
ソルさんが言うには、エルフや魔獣のような体内に魔力を貯め込む為の魔結晶が無い人族の魔力量では、己の身体の外側に魔法現象を発動させることは出来ないんだって。
普通、異世界転移とかしたら、すんごい魔力とかスキルとかのチート能力を貰えるんじゃないの?
ああ、そう言えば、俺は〈その場で足踏み〉だった。肉体に変化無しって天人が言ってたっけ。……つまり普通の人間のままなんだ。がっかりだよ。
次回は日曜日の夜に投稿します。




