自慢の料理を食わず嫌いが一瞥しただけで露骨に嫌そうな顔をした(前篇)
異世界ファンタジー・文化ギャップもの。
コメディ・ほのぼの。
石の民と森の民は仲が悪い。
山脈の洞窟に住む石の民は、森の民を「ふわふわした葉っぱ好き」と呼び、森の民は石の民を「岩に埋もれた頑固者」と呼ぶ。
交易の席でも口論は絶えず、祭りの日ですら睨み合うことがある。
ただし例外はあった。
石の民は森の民の作る果実酒を愛していた。
森の民は石の民の磨く宝石を愛していた。
互いを嫌っていても、その二つだけは認めざるを得なかったのである。
そんな両者の関係を変えたいと考える者がいた。
若き石の王ガルドである。
先王である父の引退により即位したばかりの彼は、思った。
争う理由より、仲良くする理由のほうが多いのではないか、と。
そこで彼は森の女王を王宮へ招いた。
最大級の歓迎を用意して。
「女王陛下、ご来訪です!」
広間の扉が開いた。
森の女王リシアが側近たちを連れて入ってくる。
長い金髪に尖った耳。
森の民らしい優雅な美貌だ。
「歓迎する、リシア女王」
「ご招待に感謝します、ガルド王」
挨拶は穏やかだった。
周囲の家臣たちはやや緊張している。
今にも誰かが余計なひと言を言いそうな空気だった。
だからこそガルドは自信満々に言った。
「今日は特別な料理を用意した。石の民最高の料理人たちによる、友好のための宴だ」
「それは楽しみですね」
リシアは微笑んだ。
しかし。
料理が運ばれてきた瞬間、その笑顔が凍った。
「……え」
大皿の上には色とりどりの原石。
赤い鉱石。
青い鉱石。
緑の鉱石。
金色の結晶。
透明な宝石の原石。
どう見ても食べ物ではなかった。
むしろ鉱山の採掘場である。
「どうだろう」
ガルドは胸を張った。
「……これは」
「我が国自慢の晩餐だ」
「石ですね」
「石だ」
森の女王の側近たちが青ざめた。
ガルドの家臣たちは誇らしげだった。
文化の違いとは恐ろしい。
「お召し上がりください」
ガルドは善意百パーセントだった。
悪意は一欠片もない。
だから余計に困る。
リシアは引きつった笑顔で皿を見た。
「食べるのですか」
「もちろん」
「これを」
「もちろん」
会話が進展しない。
だが国王自ら毒見を兼ねて一片を口へ入れた。
平然と噛み砕いているように見える。
森の民たちは戦慄した。
石の民の顎は本当に石なのかもしれない。
「さあ」
逃げ場はなかった。
リシアは震える指で透明な結晶を摘まんだ。
近くで見ると妙な艶がある。
料理人が腕を振るったらしい。
まず見た目。
確かに石だった。
完全に石だった。
その事実は最後まで揺るがない。
だが鼻先へ近づけた瞬間、リシアは思わず目を見開いた。
「……あれ?」
香りが良い。
非常に良い。
花蜜や熟した果実を思わせる芳香が立ち上る。
優しく濃厚で上品。
石から出てよい匂いではない。
常識が困惑した。
「どうぞ」
「で、では……」
おそるおそる歯を立てる。
石なので覚悟した。
歯が折れると思った。
だが砕けたのは石のほうだった。
軽やかな食感。
さらさらと溶ける口当たり。
リシアは呆然とした。
「…………」
もう一口。
さらにもう一口。
「…………」
無言だった。
周囲も無言だった。
森の女王は気づけば次々と原石を口へ運んでいた。
青い石。
赤い石。
緑の石。
どれも違う風味である。
「女王陛下?」
側近が恐る恐る呼ぶ。
返事がない。
食べている。
ひたすら食べている。
ガルドは内心で拳を握った。
成功だ。
食べる手が止まっていない。
十分ほどして、ようやくリシアは顔を上げた。
その表情は極めて幸福だった。
「……美味しい」
会場がどよめく。
「信じられないほど美味しいです」
透明な結晶は澄んだ蜜のような味。
赤い鉱石は濃厚な果実のような味。
青い鉱石は爽やかな香りを伴う味。
緑の鉱石は上品な後味。
しかも全体に優しい甘味が広がる。
思わず頬が緩む味だった。
「見た目は完全に石なのに」
「石だからな」
「そこは否定してください」
リシアは笑いながら言った。
その後、森の民たちは警戒しつつ食べ始めた。
一人また一人と無言になった。
食べることに集中したのである。
「美味しい……」
「何だこれは……」
「石ですよね……?」
「石だな……」
困惑したまま絶賛する奇妙な宴となった。
そして帰り際。
リシアは言った。
「今度は我が国へお越しください」
「ぜひ」
「最高の料理でもてなします」
ガルドは満面の笑みでうなずいた。
後に彼は知る。
その返事をした数秒後の自分を殴りたくなることを。




