バチカンよりも小さな国(後篇)
現代ファンタジー、ゆるふわコメディ。
「――汝、アベニュー・アンペリアル王国の法を護り、この道を歩む全ての者に慈悲を注ぐことを誓うか?」
「はい、誓います」
一本の道路の真ん中に置かれたパイプ椅子の前で、由香留はクララから古びた王冠を頭上に授けられた。ギャラリーは大介一人だけ。拍手の音は虚しく森の静寂に吸い込まれていったが、その空気感だけは無駄に厳かだった。
こうして、由香留は正式に「道しかない国」の女王となった。
「おめでとうございます、由香留女王陛下。これより我が国は、新たな外交フェーズへと移行いたします」
戴冠式が終わるや否や、クララは素早くパイプ椅子を片付け、長机とパイプ椅子を新たにセッティングし始めた。そのあまりの手際の良さに、大介は感心を通り越して引き気味になる。
「外交フェーズって……国民一人の国が誰と外交するんだよ」
「何を言われますか、大介様。我が国は国際的な孤立を防ぎ、持続可能な国家運営を目指すため、本日、最初の『外交成果』を上げることになっております」
「えっ、今日!? もう相手が決まってるのか!?」
「ええ。間もなくお見えになります」
クララが道路の先を指さすと、向こうから一台の黒塗りの高級セダンがゆっくりと走ってきた。道路は我が国の領土なので、これは実質的な外国車両の「領空侵犯」ならぬ「領土侵入」である。
車から降りてきたのは、パリッとしたスーツを着こなした見覚えのある中年男性だった。
「やあ、由香留ちゃん! いや、女王陛下とお呼びした方がいいのかな?」
男性がにこやかに手を振ると、由香留は目を丸くし、叫び声を上げた。
「ええっ!? 叔父さん!?」
「え、叔父さん!?」
大介も驚いて二度見した。そこに立っていたのは、由香留の親戚であり、親族の集まりで何度も顔を合わせたことのある人物――現在、青森県にある某市の現職市長であった。
「な、なんで叔父さんがこんなところにいるのよ!?」
頭に王冠を乗せた姿の由香留が狼狽すると、市長は苦笑いを浮かべながら言った。
「いやあ、私も驚いたよ。先月、クララさんから突然連絡があってね。『貴市と我が国で、姉妹都市協定を結びませんか』って。断ろうと思ったんだが、提出された資料が完璧すぎてね。法的な問題もクリアされているし、観光PRにもなる。何より、我が親戚の由香留ちゃんが女王になるっていうんだから、協力しないわけにはいかんだろう」
「こんな事になるなんて……」
由香留は額を押さえて苦笑した。まさかヨーロッパの謎の小国の戴冠式にやってきて、親戚の市長と国際協定を結ぶハメになるとは思ってもいなかっただろう。
「さあ、由香留様、市長様。協定書への調印をお願いいたします」
クララが準備した完璧な協定書に、由香留と市長がサインを交わす。こうして、「バチカンより小さな道路の国」の首都(=この道全体)は、日本の青森県の市と正式に姉妹都市となったのだ。
カメラマン役として大介がスマホで写真を撮影すると、市長は満足そうに頷き、由香留の肩を優しく叩いた。
「しかし、由香留ちゃん。『道しかない国』の女王なんて最初は冗談かと思ったがね、案外、縁というものは面白いものだよ」
「縁、ですか?」
由香留が首を傾げると、市長は深く頷き、遠い目をして語り始めた。
「古い日本語ではね、『みち』という言葉には、単なる歩くための道路という意味だけではなく、『国』や『地域』そのものを指す意味が含まれていたんだよ」
「えっ、『みち』が『国』?」
「そうさ。例えば『陸奥国』を『みちのく』と呼ぶだろう? あれは『道の奥』、つまり『京から離れた奥深い国』という意味だ。古代の日本人にとって、道と国は分かちがたく結びついていたんだよ。だから、道しかないこの国も、古来の日本の感覚から言えば、立派なひとつの『みち(国)』なんだ」
市長の言葉に、由香留は大介と顔を見合わせ、感極まったように吐息を漏らした。
「みち……私の国は、まさに『みち』そのものなのね」
「まあ、屁理屈と言えば屁理屈だけどな」
大介が少し照れくさそうにツッコミを入れると、由香留はふふっと笑った。
協定の儀式が終わり、市長が「今度は青森で祝勝会をしよう」と言い残して車で去っていくと、道の上には再び静寂が戻ってきた。
「さて……重労働が終わったところで、本番といきますか」
大介は持参したクーラーバッグから、持ってきた「青森エール」を取り出した。冷やす場所がなかったので、クララがどこからか調達してきた氷水でしっかりと冷やしておいたものだ。
「あ、私のビール!」
栓抜きで蓋を飛ばし、プラスチックのカップに注ぐ。黄金色の液体と、豊かな白い泡が立ち上る。
「はい、由香留。あ、改めまして……由香留女王陛下。姉妹都市締結、おめでとう」
「ありがとう、大介」
二人はカップを掲げ、乾杯した。
冷えた青森エールを喉に流し込む。フルーティーなホップの香りと、爽快な苦味が駆け抜け、旅の疲労を吹き飛ばしてくれる。
「んーっ! やっぱり地元の味覚は最高! 美味しい!」
「ああ、やっぱり落ち着くな」
由香留はカップを手に、自分の「領土」である一本の道を愛おしそうに見渡した。
「道しかない国、か……。最初は不安だったけど、なんだか悪くない気がしてきたわ。ここを通る人たちが、みんな笑顔になれるような、そんな国にできたらいいな」
「誰も通らねえよ、こんな森の中の道」
大介が即座にツッコむと、クララが間髪入れずに割り込んできた。
「ご安心ください、由香留様。既に本日の姉妹都市締結のプレスリリースを全世界のメディアに配信いたしました。明日からは大勢の観光客と『道のマニア』が押し寄せる予定でございます」
「仕事が早すぎるだろクララさん!?」
大介の叫び声に、クララはフッと誇らしげな笑みを浮かべた。
「さあ、女王陛下。大介様。我が国の初日の夜は長いですぞ。次はどのビールを開けましょうか」
「えっ、まだ飲むの!?」
「当たり前じゃない! 私、女王様なんだから! 大介、あんた昔言ったわよね? 『騎士になって守ってやる』って! だったら私の晩酌に最後まで付き合いなさいよ!」
「おままごとの誓いをこんなところで盾に取られるとは思わなかったよ!」
大介は深く溜め息をつきながらも、どこか嬉しそうに自分のカップにビールを注ぎ足した。
夕闇が迫る森の中、ポツンと灯されたランタンの光の下で、バチカンよりも小さな国の、たった三人のパーティーは夜遅くまで賑やかに続いていった。
文:Gemini氏(3.6 Flash)。




