飯をたかるためイタズラするぞと脅してくる友人の話(前篇)
大学生たちの日常系コメディ。
飯をたかりに来る男と、迎え撃つ友人たち。
十月三十一日、土曜日。
朝の八時半。
俺はのんびりとトーストを焼いていた。
大学は休みだし、今日は特に予定もない。適当にゲームでもして過ごそうと思っていた、そのときだった。
インターホンが鳴った。
嫌な予感がした。
なぜなら今日はハロウィンだからだ。
そして俺たちの友人グループには、ハロウィンになると異常行動を起こす男が一人いる。
恐る恐るドアを開ける。
案の定だった。
「トリック・オア・トリート」
開口一番、それだった。
大学生のくせに。
「お前なあ……」
「飯を出せ」
「もうちょっと建前を頑張れ」
「ごちそうしないとイタズラするぞ」
「何する気だ」
「お前の冷蔵庫に入ってるプリンを勝手に食う」
「それ普通に飯食ってるだけじゃねえか」
友人は真顔だった。
中学時代からの腐れ縁。
こいつは昔から図々しい。
だが憎めない。
いや、少しは憎いかもしれない。
「去年も来たよな」
「一年たったから更新された」
「何がだよ」
「飯をたかる権利」
「そんな権利はない」
そう言いつつも、俺はため息を吐いてキッチンへ向かった。
どうせ帰らない。
追い返しても一時間くらい居座る。
だったら食わせたほうが早い。
「で、何食う?」
「朝食っぽいもの」
「雑だな」
「朝から豪華すぎると次がきついから」
「次?」
「予定が詰まってる」
嫌な予感しかしなかった。
俺はベーコンエッグとサラダ、それにトーストを用意した。
友人は「おお」と声を上げる。
その顔だけは妙に嬉しそうだった。
「いただきます」
「どうぞ」
ものすごい勢いで食べ始めた。
食欲旺盛なやつだ。
「うまい」
「そうか」
「さすがだな」
「普通だろ」
「普通じゃない」
何でもないように言われたが、妙に素直な声だった。
十分ほどで皿は空になる。
友人は満足そうに水を飲み干した。
「ごちそうさま」
「おう」
「じゃあ次行く」
「本当に回るのか」
「当然」
「被害者を増やすな」
「被害者じゃない」
「じゃあ何だ」
「協力者」
「勝手に認定するな」
友人は笑いながら靴を履いた。
玄関で振り返る。
「来年もよろしく」
「来なくていい」
「そう言いながら毎年食わせる」
「うるせえ」
そして去って行った。
やれやれ、と俺は頭をかく。
スマホを取り出した。
グループチャットを開く。
『今年もあいつがトリック・オア・トリートしに行くぞ』
送信。
後輩の女の子と、同い年の女友達からすぐ反応が来た。
『来るんですか!?』
『今年もか』
やはり警戒されている。
当然だ。
『朝飯食わされた』
『ご愁傷さまです』
『お疲れ』
俺は吹き出した。
毎年同じことをしているのに、誰も本気で嫌がっていない。
変な関係だ。
◇
午後二時少し前。
私はキッチンで腕を組んでいた。
先輩が来る。
連絡を受けた時から分かっていた。
あの人は毎年この日にやって来る。
そして食事をたかる。
「今年はどうしましょうかねえ」
ふと視界に入った。
かぼちゃ。
ハロウィン用に買った丸ごと一個だ。
私は名案を思いついた。
インターホンが鳴る。
来た。
ドアを開く。
「トリック・オア・トリート」
やっぱり言った。
「先輩」
「ごちそうしないとイタズラするぞ」
「少々お待ちください」
私は真剣な顔で家の奥へ向かった。
そしてかぼちゃを両手で抱えて戻る。
「これでいいですか?」
先輩は沈黙した。
「……何だこれは」
「かぼちゃです」
「見れば分かる」
「ハロウィンですよ」
「そうだな」
「だから差し上げます」
「調理済みですらない!」
珍しく怒られた。
私は思わず笑ってしまう。
「ごちそうをよこせ!」
「お菓子じゃなくてごちそうなんですね」
「最初からそう言ってる」
「確かに」
先輩は額を押さえていた。
面白い。
私はかぼちゃを戻し、本物の昼食を準備した。
パスタとスープ。
少し多めの量だ。
「できましたよ」
「助かる」
先輩は席についた。
食べ始める。
「うまい」
「ありがとうございます」
「料理上達したな」
「そうですか?」
「一年の頃よりかなり」
自然に褒めてくる。
ずるい人だ。
私は少し照れた。
「先輩は本当に毎年来ますね」
「年中行事だからな」
「誰が決めたんです?」
「俺」
「勝手ですねえ」
しかし先輩は楽しそうだった。
私も少し楽しかった。
食事が終わる。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
「じゃあ最後の目的地へ向かう」
「頑張ってください」
「何をだ」
「たかりを」
先輩は笑った。
「失礼な後輩だな」
そう言い残して出て行く。
ドアが閉まる。
私は苦笑した。
「面倒くさい人です」
だが、少しだけ。
本当に少しだけ。
来年も来るんだろうな、と考えていた。




