かれは難攻不落の魔王城をみて微笑む(後篇)
異世界転生もの。
村娘と寡黙な技術者の淡い交流。
シリアス寄り。
エーリヒが村を出てから三日後、私は彼を追いかけることにした。
もちろん、無謀だということは分かっていた。
魔王城へ向かう街道には、王国の兵士が立てた警告の看板がいくつもある。森には魔獣が出るし、魔王城の周囲には、人間を見つけ次第追い払う魔族の斥候がいる。
それでも、あの男を一人で行かせるわけにはいかなかった。
私は父の残した薬草袋と水筒、それに旅人用の短剣を持ち、村を出た。
道中、エーリヒの足跡はすぐに見つかった。
彼の歩き方には、妙な癖があった。一定の間隔で足を置き、ぬかるみや石の多い場所では、歩幅をほんの少しだけ変える。まるで、道そのものの具合を測っているようだった。
途中で魔獣に襲われた形跡もあったが、戦った跡はなかった。
彼は戦わずに通り抜けたらしい。
やがて森が途切れ、魔王城を囲む荒野に出た。
そして、私は見た。
エーリヒが、魔王城の正面に立っていた。
城門の前には、黒い鎧を着た魔族の兵士たちが並んでいる。彼らの背後には、城壁から突き出した巨大な魔導砲が何門も見えた。
魔導砲の砲口には紫色の光が集まっている。
人間の軍隊が近づけば、あれだけで壊滅するだろう。
私は岩陰から飛び出した。
「エーリヒさん!」
彼が振り返った。
「リーナ?」
「何をやっているんですか!」
「見てのとおり、城へ来た」
「見れば分かります! そうじゃなくて!」
私は彼の腕をつかもうとした。
その瞬間、城門の上から声が響いた。
「人間よ! それ以上近づくな!」
魔族の騎士が、巨大な槍をこちらに向けていた。
「この城は、あらゆる侵略者を退ける! 貴様らのような弱き者が足を踏み入れることは許されぬ!」
エーリヒは騎士を見上げた。
「一つ聞きたい」
「何だ!」
「この城の防御結界は、城壁の外側に展開されているのか。それとも、城壁そのものを強化しているのか?」
魔族の騎士が黙った。
私は頭を抱えたくなった。
今、それを聞く必要がどこにあるのだろう。
「愚弄するか、人間!」
「いや。構造を知りたいだけだ」
「貴様に教えることなどない!」
「そうか。ならば、こちらで確かめるしかないな」
エーリヒはそう言って、城から少し離れた平地へ歩き出した。
魔族たちは警戒しながら彼を追った。
私は彼の後ろを走りながら、必死に説得した。
「帰りましょう! ね? お腹が空いたら、またお粥を作りますから!」
「ありがとう。だが、もう少しだけ待ってくれ」
「何を待つんですか!」
「準備だ」
彼は立ち止まった。
そして、初めて見る表情を浮かべた。
微笑んでいた。
森で目覚めたときのぎこちない笑みでも、村の人々と話すときの困った笑みでもない。
何年も、何十年も、ずっと考え続けてきた問題に、ようやく取り組めるときの顔だった。
「さて」
エーリヒは、魔王城を見た。
「始めようか」
彼が右手を上げた。
何も起きなかった。
魔族たちが笑った。
「何のつもりだ?」
「まさか、魔法でも使うつもりか?」
「そのような貧弱な魔力で?」
エーリヒは、笑い声を気にする様子もなく、右手を下ろした。
次に、両手を広げた。
大地が鳴った。
最初は、小さな地震かと思った。
だが違った。
空間そのものが、軋んでいた。
エーリヒの前に、巨大な円筒形の影が現れた。
それは、空中から少しずつ形を得ていった。
まず砲身が現れた。
長い。
あまりにも長い。
次に、砲身を支える巨大な架台が現れた。鋼鉄の梁が組み合わさり、何十もの車輪が地面に並ぶ。車輪は一本の線路に乗るのではなく、二本の平行な線路の上に分散して配置された。
さらに、砲身の後ろには巨大な閉鎖機構が生まれ、周囲には砲身を支える構造物が次々と組み上がっていく。
それは、建造物と呼ぶべき大きさだった。
いや、建造物よりも異様だった。
全長は四十メートルを優に超え、砲身だけでも三十メートル以上ある。砲口の直径は、村の家の壁を丸ごと抜き取ったほどもあった。
私は言葉を失った。
魔族たちも、誰一人として笑っていなかった。
魔王城の正面に、巨大な列車砲が出現していた。
エーリヒはその砲身を見上げ、静かに頷いた。
「Schwerer Gustav」
その名を口にしたとき、彼の声には、初めて確かな感情が宿っていた。
「重グスタフ。よく来てくれた」
彼は砲架の鋼鉄に手を触れた。
「まさか、もう一度お前を造ることになるとはな」
私は彼を見た。
「エーリヒさん……これは?」
「砲だ」
「それは、見れば分かります!」
「そうか」
「どうして、こんなものが出てくるんですか!」
エーリヒは、少しだけ困った顔をした。
「神から授かった魔法だ」
「……神?」
「死んだとき、神に会った」
彼は、まるで天気の話でもするように言った。
「私は死んだ。かつての世界でな。気がつくと、神の前にいた。そこで、別の世界へ行くことになった」
「別の世界って……ここですか?」
「そうだ」
「それで、こんな魔法をもらったんですか?」
「正確には、魔法の大砲を生成する魔法だ」
私は巨大な砲を見上げた。
砲身には、細かな溝が刻まれていた。
砲身を支える部分は、複雑な構造をしている。あれほどの重量を支えるには、相当な強度が必要だろう。
けれど、それ以上に不思議だった。
これだけのものを、エーリヒは一瞬で生み出したのだ。
「……どうして、大砲なんですか?」
彼は少し黙った。
「私は、それを造る技術者だった」
エーリヒは砲身を見つめた。
「かつての世界で、私は巨大な砲の設計と開発に携わった。ドイツのクルップ社で、砲兵器の開発を指揮していた」
彼の言葉は、淡々としていた。
「Schwerer Gustavは、その仕事の一つだ。口径八十センチ。砲身の長さは三十二メートルあまり。完成した砲全体は千三百五十トンにも達した。通常の線路を一本走るだけでは運べず、二本の平行線路を使い、設置場所には専用の線路を敷かなければならなかった」
彼は、目の前の砲架を見た。
「何百人もの作業員が組み立てに携わり、線路や陣地の準備にはさらに大勢の人間が必要だった。完成までに時間がかかり、装填にも長い時間がかかった。撃てば何もかも解決するような、便利な兵器ではなかった」
「そんなに大きいのに……?」
「ああ。巨大であることと、便利であることは別だ」
彼は少しだけ笑った。
「それでも、人間は造ろうとした。分厚い要塞を破壊するためにな」
私は、魔王城を振り返った。
城壁は何重にも重なり、魔力の結界が幾層にも張り巡らされている。
この世界の人間たちは、何百年ものあいだ、魔法と剣で城を攻略しようとしてきた。
だが、エーリヒは違う。
彼は、城を見ていたのではない。
城の構造を見ていたのだ。
「でも、こんなものがあっても、魔王城の結界は破れませんよ!」
私は叫んだ。
「魔導砲でも通じなかったんです! どれだけ強い攻撃でも、結界に吸収されてしまうんです!」
「そうか」
エーリヒは、少しも動揺しなかった。
「ならば、結界がどのように作用するのか、確かめる必要がある」
彼は砲架の脇へ歩いた。
すると、地面から小さな鋼鉄の台が現れた。砲身の角度を調整するための装置らしい。
彼が手をかざすと、砲身がゆっくりと持ち上がった。
魔族たちは慌てて城壁へ戻り、魔導砲を構えた。
「撃て! あの異形の兵器を破壊しろ!」
紫色の光が放たれた。
何本もの魔力の奔流が、列車砲へと飛来する。
しかし、エーリヒは慌てなかった。
砲身の周囲に薄い光が走り、魔導砲の攻撃を受け止めた。
光は砲身に触れた瞬間、霧のように消えていった。
「……防御機構もあるのか」
彼は感心したように呟いた。
「神様、ずいぶん親切だな」
私は、神に感謝すべきなのか怒るべきなのか分からなくなった。
エーリヒは砲身の角度を調整し、魔王城の中央にそびえる塔へ照準を合わせた。
そして、私に言った。
「リーナ。少し離れていてくれ」
「何をするつもりですか?」
「撃つ」
「撃つって……!」
「大丈夫だ。君のいる場所には影響しないようにする」
「そういう問題じゃありません!」
エーリヒは、私の言葉を聞いていた。
聞いたうえで、静かに頷いた。
「そうだな。すまない」
彼は一度、砲身から手を離した。
「だが、私は確かめたい」
その言葉に、私は返事ができなかった。
エーリヒの目は、どこか悲しそうだった。
「かつて私は、巨大な砲を造った。だが、あれは人間が人間に向けて造ったものだった。要塞を破壊し、戦争を終わらせるためだと言われた。だが、兵器がどれほど大きくなっても、戦争が終わるわけではなかった」
彼は、砲身を見上げた。
「私は技術者だった。造ることはできた。だが、それが何をもたらすのか、すべてを理解していたとは言えない」
風が吹いた。
魔王城から流れてくる黒い霧が、荒野を覆い始めた。
「今度は違う」
エーリヒは、静かに言った。
「少なくとも、何を壊すのかは自分で決める」
彼は砲架に手を置いた。
「ここには、城がある。城には魔王がいる。魔王が何を守っているのか、何を恐れているのか、私はまだ知らない」
それから、彼は微笑んだ。
「だから、扉を叩いてみる」
砲身の奥に、光が集まった。
巨大な砲弾が装填された。
その砲弾は、七トンを超える徹甲弾ではなかった。エーリヒが生成したのは、城壁を破壊するための炸裂弾だった。
砲身がわずかに震えた。
空気が張り詰めた。
私は耳を塞いだ。
次の瞬間、世界が白くなった。
轟音が荒野を震わせ、地面が跳ね上がった。
砲口から放たれた砲弾は、空を切り裂いて飛んでいった。
魔王城の結界が輝いた。
幾重もの光が砲弾を包み込み、勢いを奪おうとする。
だが、砲弾は止まらなかった。
城の結界が、内側から歪んだ。
最初の一層が砕け、次の一層が割れ、さらに奥の結界が音もなく消えた。
そして、砲弾が城壁に到達した。
轟音。
爆炎。
黒い石の破片が空へ舞い上がり、魔王城の正面に、巨大な穴が開いた。
城壁の一部が崩れ落ちた。
魔導砲が沈黙した。
魔族たちは、何が起きたのか理解できずに立ち尽くしていた。
私は、ただ呆然としていた。
あの城は、三百年間、誰にも破られなかった。
王国の軍隊も、伝説の勇者も、賢者たちの大魔法も、あの城を攻略できなかった。
それなのに。
たった一発で。
エーリヒは、砲身を見上げていた。
「……なるほど」
彼は呟いた。
「結界の展開速度には限界がある。衝撃そのものを無効化するのではなく、侵入してきたエネルギーを分散させているらしい」
私は彼を振り返った。
「あなた……今、何をしたんですか?」
「撃った」
「それは見ました!」
「なら、分かるだろう」
「分かりません!」
エーリヒは少し考えた。
「説明するのは難しいな」
「説明してください!」
「分かった。あとでな」
彼は、城門へ歩き始めた。
私は慌ててその後を追った。
城門の前には、武器を捨てた魔族たちが集まっていた。誰もが、巨大な砲を恐ろしそうに見つめている。
城壁の上から、ひときわ大きな魔族が姿を現した。
黒い角を持ち、長い外套をまとった男だった。
「人間よ」
その声は、荒野全体に響いた。
「貴様は何者だ」
エーリヒは、城門の前で立ち止まった。
「エーリヒ」
「それだけか」
「それだけで十分だろう」
魔王は黙った。
「貴様は、我が城を破壊した。何を望む?」
「話がしたい」
「……何?」
「君が何を守っているのか、知りたい」
魔王は、しばらくエーリヒを見つめていた。
やがて、低い声で笑った。
「城を破壊しておいて、話がしたいだと?」
「扉が開かなかったのでな」
「扉を叩くにも限度がある!」
「そうだな。少し強すぎたかもしれない」
エーリヒは、ほんの少しだけ頭を下げた。
「すまない」
私は思わず叫んだ。
「謝るところ、そこですか!」
魔王は私を見た。
それから、再びエーリヒを見た。
「……面白い男だ」
「よく言われる」
「本当か?」
「いや。初めて言われた」
魔王は、今度こそ大きく笑った。
そして、城門の脇にある小さな扉を開くよう命じた。
「入れ。話を聞こう」
エーリヒは頷いた。
「ありがとう」
彼が城内へ入ると、私は慌てて後を追った。
その背後では、巨大な列車砲が静かに佇んでいた。
魔王城の城壁には、巨大な穴が開いている。
けれど、城そのものが崩れたわけではなかった。
砲弾は、城の中心部を避けて撃ち込まれていたのだ。
エーリヒは、城を破壊したかったのではない。
城を守る仕組みを知りたかった。
そして、その向こうにいる相手と話がしたかったのだ。
それが分かったとき、私はようやく、彼が森で目覚めたときのことを思い出した。
彼は、食事をすることに驚いていた。
温かいお粥を美味しいと言うことに、驚いていた。
あの人は、死んでからこの世界に来たのだ。
そして、もう一度、生きることを始めていた。
魔王城の中で、エーリヒと魔王は長い時間をかけて話し合った。
魔王が守っていたのは、城の地下にある古代の魔力炉だった。そこには、かつて世界を滅ぼしかけた魔物が封印されているという。
魔王は人間を憎んでいたわけではなかった。
人間が封印を破ろうとすることを恐れ、城を守り続けていたのだ。
エーリヒは、その仕組みを調べることを約束した。
そして、魔王は人間との交流を少しずつ再開することを約束した。
その後、魔王城の正面には新しい門が造られた。
壊された城壁も、時間をかけて修復された。
ただし、城壁の前に残された巨大な砲の跡だけは、消されることがなかった。
村へ帰る途中、私はエーリヒに尋ねた。
「どうして、あんなに大きな砲を造ったんですか?」
「神からもらった魔法だからな」
「そうじゃなくて!」
彼は笑った。
「……私は、あの城を見たとき、かつての仕事を思い出した」
エーリヒは空を見上げた。
「人間の技術は、時にとんでもないものを造り出す。だが、どれほど巨大なものを造っても、それだけで問題が解決するわけではない」
「はい」
「それでも、造ることには意味がある。何ができて、何ができないのかを知るためにな」
彼は少しだけ考えた。
「ただし、何を造るのかは、よく考えなければならない」
私は頷いた。
エーリヒは、もう一度、魔王城を振り返った。
そして、微笑んだ。
あのときと同じ笑顔だった。
難攻不落の魔王城を見て、彼は微笑んでいた。
それは、破壊の喜びではなかった。
難しい問題を前にした技術者の、静かな喜びだった。
私はその横顔を見ながら、思った。
この人は、きっとまた何かを造るのだろう。
それがどれほど大きく、どれほど奇妙なものになるのか、私には分からない。
ただ、次に何かを造るときには、せめて村の畑を吹き飛ばさないものであってほしい。
そう願わずにはいられなかった。
ちなみに、エーリヒが魔王城の前に造った巨大な列車砲は、後に村人たちから「魔王城の門番」と呼ばれるようになった。
門番にしては大きすぎるし、門を守るどころか壁に穴を開けた張本人なのだが、誰もそれを気にしなかった。
エーリヒ本人だけは、その呼び名を聞くたびに首を傾げていた。
「Schwerer Gustavは門番ではない。砲だ」
彼はいつもそう言った。
けれど、村人たちは聞かなかった。
そして今日も、魔王城の前では、エーリヒが砲身を見上げて微笑んでいる。
次は何を造るつもりなのか。
それを知っているのは、彼と、彼に魔法を授けた神だけだった。
文:ChatGPT氏。




