身体描写の変化に関する討論(後篇)
学園コメディ。
くだらない議題を馬鹿真面目にする。
アニメの女性キャラの体形に関する議論もの。
翌日の昼休み、僕は男友達の霧島を、半ば拉致するようにして空き教室へ連れてきた。
霧島は背が高く、いつも眠そうな目をしている。成績は僕より上で、運動もできるくせに、本人は徹頭徹尾やる気がない。ただ、ツッコミだけは異様に鋭い。
「なあ、俺、購買に行きたいんだけど」
「頼む。十五分でいい。パンは後で奢る」
「何の話だよ」
「三島が、お前の意見を聞きたいと言っている」
霧島の眠そうな目が、一瞬だけ険しくなった。
「……あの、駅の人間関係の人か」
「その節はどうも」
先に着席していた三島が、真顔で会釈した。
「あれは、川口元郷駅と西川口駅の情緒的関係についての議論だった」
「知ってるよ。お前らが二時間やってるの、廊下まで聞こえてたからな」
霧島は深い溜息をつきながら、それでも椅子に座った。付き合いのいい男だ。
三島は、昨日と同じクリアファイルから二枚のイラストを出した。霧島の前に、ぴしりと並べる。
「今日の議題は、女性キャラクターの身体描写の変化についてだ」
「もう嫌な予感しかしない」
「三十年前と現代で、増えた部位と増えなかった部位がある。増えたのは、ちち、しり、ふともも」
「初手からそれかよ」
「増えなかったのは、肩幅、腰、ふくらはぎだ」
霧島は眠そうな目のまま、僕を見た。
「お前、昨日これに付き合ったのか」
「付き合った。結構面白かった」
「面白がるな」
霧島は額を押さえた。それから、イラストに視線を落とし、ごく短く言った。
「まあ、増えてるな。ふとももは」
「そうだろう」
三島の声が弾んだ。
「それでだ。昨日の討論で、一つの仮説が出た」
「仮説」
「ふとももが太くても、ふくらはぎが細ければ、脚全体は太く見えにくい。しかも、ふとももをスカートで覆った場合、その効果はより顕著になる」
「出典は」
霧島が、間髪を入れずに訊いた。
「え」
僕は言葉に詰まった。
「いや、どこかで見たんだ。まとめ記事か、動画で」
「曖昧すぎるだろ。裏取れてないじゃないか」
「うん、そうなんだけど……」
「そんな怪しい仮説の上に討論を築くな」
三島が、ゆっくりと首を横に振った。
「出典の不確かさは認める。だが、仮説として検討する価値はある。我々は今、検証ではなく、構想をしているのだ」
「構想って言えば何でも許されると思うなよ」
霧島のツッコミは、いつもながら容赦がない。しかし、そう言いながらも、彼はイラストから目を離さなかった。
「で、今日の論点は何だ。ショートパンツの場合とか言ってただろ」
「聞いていたのか」
「昨日、こいつが半泣きで愚痴ってたからな」
「半泣きじゃない」
僕は反論したが、誰も聞いていなかった。
三島は、ノートを開いた。
「では、整理しよう。スカートで覆う場合は、膝下の細さが決め手になる。では、ふとももが露出している場合は、どうなるか」
「普通に考えれば」
霧島が、パンの代わりに自分の腕を組んだ。
「ふとももの量感がそのまま見えるから、全体が太く見える。ふくらはぎが細くても、ふとももの印象が勝つだろ」
「ほう」
「ただし、膝の位置が高くて、足首が極端に細ければ、脚が長く見える。長さが出ると、太さの印象は薄まる」
僕と三島は、同時に感嘆の声を上げた。
「それは盲点だった」
「長さ、という軸があったか」
「いや、今のは普通の話だろ。何を感動してるんだ」
霧島は眉をひそめたが、どこか満更でもなさそうだった。ツッコミ役というのは、結局のところ、自分の知見を披露する機会に弱いのかもしれない。
「待て。そうなると、重要なのは『太さ』ではなく『比率』ということになる」
三島が、ペンを高く掲げた。
「ふとももの太さ、ふくらはぎの太さ、足首の細さ、そして脚全体の長さ。これらの比率が、見る者に与える印象を決める。つまり、描き手は、無意識に黄金比のようなものを探っているのではないか」
「黄金比は言い過ぎだろ」
「しかし、理想の比率という概念は存在する」
「それはまあ、あるかもしれないけど」
僕が口を挟むと、三島は我が意を得たりと身を乗り出した。
「そこで、一つ問いたい。なぜ、肩幅は増えないのか。比率の観点から言えば、肩幅が広がれば、相対的に腰は細く見える。なのに、肩幅は狭いままだ」
「それは昨日、可憐さの記号だって結論になったよな」
「そうだ。だが、霧島の意見も聞きたい」
霧島は、今度は少しだけ真剣に考えた。
「肩幅が広い女性キャラって、いるにはいるんだよ。ただ、そういうキャラは、大抵『強い』とか『戦う』とか、そういう属性を持ってる」
「ほう」
「つまり、肩幅は、キャラクターの役割を示す記号になってる。守られる側は狭い、戦う側は広い、みたいな」
「完璧な分析だ」
三島が、感動で声を震わせた。
「霧島、お前は天才か」
「いや、俺は購買に行きたいだけなんだけど」
「では、腰が細いままなのは」
「それは昨日、対比だって結論が出てるんだろ。俺に訊くな」
「ふくらはぎは」
「ふくらはぎは、さっきの比率の話で説明がつくだろ。もうほとんど終わってるじゃないか、この議題」
霧島の指摘は、正確だった。実際、議論は僕らが思っていたより早く、きれいに収束し始めていた。
三島は、ノートの最後のページに、大きな字でまとめを書いた。
『結論:女性キャラクターの身体描写は、増やす部位と増やさない部位の対比、および全体の比率によって、可憐さと量感の両立を図っている。肩幅、腰、ふくらはぎは、その対比の基準点として固定されている』
「見事だ」
三島は、ノートを閉じた。
「身体描写の変化に関する討論、ここに完結とする」
「長かった」
霧島が、背もたれに体を預けた。
「パン買いに行っていいか」
「ああ、ありがとう。付き合わせて悪かった」
僕は財布を出そうとした。霧島は、それを手で制した。
「いや、パンはいい。その代わり、一つ条件がある」
「何だ」
霧島は、眠そうな目をほんの少しだけ細めて、僕と三島を交互に見た。
「俺、次も巻き込まれるのは嫌なんだよ」
「そう言われても」
「だから、次の議題を俺から出す」
霧島は、立ち上がりながら言った。
「お前ら二人が恋愛関係に発展するために必要な前提条件でも、話し合え」
空き教室に、沈黙が落ちた。
三島が、ゆっくりと僕を見た。僕も、ゆっくりと三島を見た。
「……なあ、霧島」
僕が呼びかけた時には、すでに彼は扉の向こうにいた。長い背中が、廊下の先へ遠ざかっていく。
残された僕らの間には、先ほどまでの熱気とは別種の、微妙な空気が流れていた。
「……議題として、受理するか」
三島が、真面目な顔で言った。耳の先が、わずかに赤い。
「真顔で言うなよ」
「真顔以外の顔を、この議題に対して持ち合わせていない」
彼女は、新しいページを開いた。ペンを構えた手が、ほんの少しだけ震えている。
「では、まず前提条件の定義から始めよう」
僕は、苦笑して、椅子に座り直した。
「……お手柔らかに頼むよ」
文:Claude氏(Free)。




