おまえら舌が肥えてて損してるなあ私は舌が瘦せてるからごはんが美味しいぞ!(後篇)
終末世界もの。日常系。
静かで孤独。
飲酒描写あり。
それから季節がいくつか過ぎた。
世界は静かだった。
私は大都市の一角にある、比較的新しいマンションに住みついた。
電気は、しばらく使えた。
水も、しばらく出た。
しかし、やがて少しずつ止まっていった。
便利なものは、誰かが維持しているから便利なのだ。
私はそれを初めて知った。
電気がなくなると、夜は真っ暗になった。
冷蔵庫は使えなくなった。
テレビもつかない。
電子レンジも動かない。
エレベーターも止まった。
私は階段を使うようになった。
最初は面倒だった。
運動ができない私には、かなりつらかった。
「こんなこともできないのか、私」
階段を上りながら自分で自分を罵った。
「できないよ。運動できないんだから」
誰かに言われたわけでもないのに、言い返した。
そして、自分で少し笑った。
食料はまだあった。
大都市には、驚くほどたくさんの食べ物が残っていた。
私はそれを少しずつ運び出した。
缶詰。
乾麺。
レトルトのおかず。
瓶詰め。
保存食。
そして、酒。
酒売り場で私は、長いこと立ち止まった。
私はもうすぐ二十歳だった。
誕生日が来る。
誰にも祝ってもらえない。
そもそも、祝ってくれる人間がいない。
それでも二十歳は二十歳だ。
私は一本のビールを手に取った。
少し迷った。
そして、持って帰った。
誕生日に飲もうと思った。
その日が来た。
私は朝から少し落ち着かなかった。
誰もいない。
誕生日を知っている人間もいない。
祝ってくれる人間もいない。
なのに、私は朝から部屋を掃除した。
といっても、ほうきで床を掃いただけだ。
それからテーブルを拭いた。
食事をする場所をきれいにした。
料理はしない。
できない。
そもそも、もう料理をする必要もない。
私は保存食の中から、少しだけ豪華そうなものを選んだ。
缶詰の焼き鳥。
缶詰の魚。
乾燥わかめの味噌汁。
クラッカー。
そして、白いご飯。
電気がないから温められない。
それでも私は、それらを皿に並べた。
焼き鳥の缶詰を開ける。
魚の缶詰を開ける。
ご飯を盛る。
味噌汁は水で戻す。
最後に、ビールを置いた。
「……豪華だ」
私は言った。
誰もいない。
「すごい豪華」
私は少しだけ胸を張った。
「二十歳の誕生日だぞ」
やっぱり返事はない。
私はビールを持ち上げた。
栓を開ける。
小さな音がした。
私は少し緊張した。
これが、初めてのビールだった。
「……いただきます」
まず食事をした。
焼き鳥。
美味い。
魚。
美味い。
ご飯。
美味い。
味噌汁。
美味い。
「美味しい」
私は笑った。
「やっぱり美味しい」
そしてビールを一口飲んだ。
「……苦い」
顔をしかめた。
「なんだこれ」
もう一口飲んだ。
「苦いじゃん」
私はしばらくビールを眺めた。
しかし、捨てるのももったいない。
私はまた飲んだ。
「……まあ、飲める」
もう一口。
焼き鳥を食べる。
「美味い」
ビールを飲む。
「苦い」
魚を食べる。
「美味い」
ビールを飲む。
「やっぱ苦い」
私は一人で忙しかった。
やがて、少しだけ頬が熱くなってきた。
私は窓を開けた。
外は暗かった。
電気が止まっている。
街灯もほとんどついていない。
ビルの窓にも明かりはない。
私は何となく空を見上げた。
そして、息を止めた。
「……うわ」
星が見えた。
ものすごくたくさん見えた。
昔、テレビや写真で見た夜空とは違った。
黒い空に、星がびっしりと浮かんでいる。
大都市にいたころ、こんな空を見たことはなかった。
私はずっと、大都市に憧れていた。
郊外から見える街は小さかった。
テレビに映る大都市は輝いていた。
高いビル。
大きな駅。
たくさんの人。
おしゃれな服。
おしゃれな店。
私は、そこへ行けば何かが変わると思っていた。
だから、大都市へ来た。
そして、人間がいなくなったあとで、そこに残った。
「……馬鹿みたい」
私は呟いた。
星は何も答えない。
私はまたビールを飲んだ。
苦い。
でも、さっきよりは平気だった。
「今日、誕生日なんだよ」
誰もいない空に向かって言った。
「二十歳」
私は指を一本立てた。
「二十歳になった」
当然、誰も祝わない。
「すごいでしょ」
私は笑った。
「私、二十歳になったんだよ」
笑った。
でも、笑顔はすぐに崩れた。
「……誰かに言いたかったな」
その言葉が出た瞬間、私は黙った。
自分でも驚いた。
そんなことを言うつもりはなかった。
私はビールを飲んだ。
苦い。
喉が熱い。
「別に」
私は言った。
「別に、誰にも祝ってほしいとか思ってないし」
嘘だった。
「友達なんかいらないし」
嘘だった。
「みんな、いなくなればいいって思ってたし」
これは本当だった。
だから、余計につらかった。
「……でもさ」
私は椅子に座ったまま、空を見上げた。
「本当にいなくなるとは思わないじゃん」
星が瞬いた。
「そこまで本気じゃなかったんだよ」
声が震えた。
「ちょっと嫌だっただけなんだよ」
大学で笑われるのが嫌だった。
友達の輪に入れないのが嫌だった。
何をやっても人より遅いのが嫌だった。
料理ができないと言われるのが嫌だった。
服が変だと言われるのが嫌だった。
グルメ番組を見ながら、料理の話ばかりする人たちが嫌だった。
高いものを食べて「これ、全然違う」と言う人が嫌だった。
私は違いなんて分からない。
分からないから、馬鹿にされた。
でも。
「私はさあ……」
私は焼き鳥を一本つまんだ。
「これ、美味しいんだよ」
誰に言うでもなく言った。
「缶詰だけど、美味しいんだよ」
食べる。
美味しい。
「冷たいご飯だって美味しいんだよ」
食べる。
「味噌汁だって、粉を溶かしただけだけど美味しい」
また食べる。
「こんなこともできないのって言われてもさ」
私は笑った。
「できないよ」
涙が一滴落ちた。
「できないけど、美味しいんだよ」
また一滴落ちた。
「料理できなくても、美味しいって思えるんだよ」
私は泣きながら笑った。
「それって、悪いことじゃないだろ」
返事はない。
私はビールを飲んだ。
「……ねえ」
誰もいない部屋に向かって言った。
「私、味音痴なんだって」
誰もいない。
「でもさ、味音痴でよかったよ」
私は空になりかけた皿を見た。
「だって、こんなに美味しいんだもん」
焼き鳥の缶詰。
魚の缶詰。
冷たい白いご飯。
水で戻した味噌汁。
どれも、私にはごちそうだった。
もし世界中に人がいたころなら、誰かが言ったかもしれない。
「そんなものがごちそうなの?」
私はきっと言い返しただろう。
そんなものでも美味しいんだよ。
おまえらは舌が肥えてて損してるなあ。
私は舌が瘦せてるから、ごはんが美味しいぞ。
そう言って笑っただろう。
でも今は、誰も笑わない。
誰も馬鹿にしない。
誰も否定しない。
誰も同意しない。
それが、こんなに寂しいとは思わなかった。
「……私さ」
私は膝を抱えた。
「友達、ほしかった」
言ってしまった。
「本当は、ほしかった」
涙が止まらなくなった。
「おしゃれもしたかった」
そんなに上手じゃなくてもよかった。
少しくらい服を選べるようになりたかった。
「料理も、できたらよかった」
卵焼きくらい作れるようになりたかった。
「勉強も、もうちょっとできたらよかった」
運動だって。
友達付き合いだって。
全部。
全部、できるようになりたかった。
「でもさあ……」
私は鼻をすすった。
「できないんだよ」
誰もいない。
「私、何にもできないんだよ」
だから嫌われた。
だから笑われた。
だから、自分からも嫌いになった。
そして、みんないなくなればいいと思った。
「……でも、いなくなったら困るじゃん」
私は泣きながら笑った。
「困るよ」
星は綺麗だった。
綺麗すぎた。
街が暗くなったから見える星。
人間がいなくなったから見える星。
そんなもの、見たくなかった。
私は大都市の光が好きだった。
人がいる街が好きだった。
誰かが笑っているところが好きだった。
嫌いな人もいた。
私を笑った人もいた。
それでも、いてほしかった。
「帰ってきてよ」
私は言った。
誰に向かって言ったのか、自分でも分からなかった。
「……誰でもいいから」
誰も来ない。
私はしばらく泣いた。
それから、残っていたビールを飲み干した。
「苦い」
そう言って、少し笑った。
そして、冷たいご飯を食べた。
「美味しい」
今度は泣きながら言った。
「……美味しいなあ」
それは、本当に美味しかった。
世界の終わりに食べるには、あまりにも素朴な夕食だった。
けれど、私には十分だった。
いや。
十分すぎるくらいだった。
私は皿を空にした。
最後に、星を見上げた。
「二十歳の誕生日、おめでとう」
自分で自分に言った。
少し間を置いて、もう一度言った。
「おめでとう、私」
今度はちゃんと笑えた。
誰もいない世界だった。
けれど私は、まだここにいた。
美味しいと思える舌も残っていた。
明日の食事も、たぶん何とかなる。
料理はできない。
勉強もできない。
運動もできない。
おしゃれもできない。
友達付き合いもできない。
それでも、生きていくしかない。
そして、食べる。
たぶん明日も、私は何かを食べて言うのだ。
美味しい、と。
誰にも聞かれなくても。
誰にも褒められなくても。
誰にも笑われなくても。
私はそう思える。
それだけは、最後まで失わないでいようと思った。
私は空になった皿を眺めた。
「……明日は何食べようかな」
返事はなかった。
けれど、不思議と今度は寂しくなかった。
星空の下で、私は小さく笑った。
「まあ、何食べても美味しいけどね」
世界の終わりの夜は、静かだった。
そして、私の誕生日は、誰にも知られないまま終わった。
文:ChatGPT氏。




