拾って届けたら一割だよね?(前篇)
現代ほのぼの系コメディ。
泊まりたい女子高生と絶対に泊めない堅物おじさんの攻防。
人生には、まさかと思うような出来事が起こる。
たとえば、ゲームの中で何度も話していた相手と現実で会うことになったら、相手が想像していたよりずっと若かったとか。
いや、これは私の場合、逆だった。
「……おじさん?」
目の前にいる男性は、どう見てもおじさんだった。
四十代くらい。
少なくとも、私が普段ゲームの中で話している「おじさん」という名前の人物としては、想像どおりだった。
問題は、そのおじさんが私を見て固まっていることだった。
「……え?」
「……お前」
「はい」
「本当に女子高生なのか?」
「自称じゃなくて本物ですよ」
「いや、そこを疑ってたんだよ」
私たちは駅前の喫茶店で向かい合っていた。
オンラインゲームで知り合って半年。
私はずっと女子高生だと名乗っていた。
おじさんは最初から信じていなかった。
だから私は言ってやったのだ。
『じゃあ、オフで会えば分かるでしょ』
その結果が、これである。
「制服で来るなよ……」
「女子高生だから制服で来たんですけど」
「いや、そういう問題じゃない」
「じゃあ何です?」
「俺が犯罪者みたいになるだろ」
おじさんは頭を抱えた。
失礼な話である。
私は普通の女子高生。
おじさんも普通のおじさん。
ただ、ゲーム仲間だった二人が初めて会っただけだ。
何も悪いことはしていない。
……少なくとも、私はしていない。
「とりあえず、今日は顔合わせだけにしておこう」
「えー」
「えー、じゃない」
「せっかく会えたのに」
「だからこそだよ」
おじさんは真面目だった。
ゲームの中では、かなりノリが良かった。
私がくだらないことを言えば乗ってくるし、無茶な作戦にも付き合ってくれる。
なのに現実では、やたら法律を気にしている。
「未成年と成人男性が二人で会ってるんだから、保護者に連絡するくらいはしたほうがいいだろ」
「過保護」
「違う」
「じゃあ何?」
「常識」
私は頬を膨らませた。
この時点で、少しだけ腹が立っていた。
せっかく仲良くなった相手なのだ。
もっとこう、ゲームの延長みたいに楽しく話したかった。
なのにおじさんは、私を子供扱いして、何かにつけて「危ない」「まずい」「親に連絡」と言う。
結局、その日は警察署まで一緒に行くことになった。
「なんで?」
「未成年だから」
「ゲーム仲間と会っただけなのに?」
「俺が疑われたくないから」
「疑われるようなことしてないじゃん」
「してなくても、状況だけで疑われることはある」
「堅いなあ」
「お前が軽すぎるんだよ」
警察では事情を説明した。
幸い、何か問題になるようなことはなかった。
おじさんは私の母親にも連絡した。
母は最初、かなり警戒していた。
まあ当然だ。
娘がオンラインゲームで知り合った成人男性と会っている。
しかも、その男性から突然電話がかかってきたのだから。
「本当にゲーム仲間なんですか?」
電話口の母は、声が硬かった。
「はい。半年ほど前から一緒に遊んでいます」
「娘に何か変なことをしていませんよね?」
「してません」
「本当に?」
「本当です」
「娘が何か迷惑をかけていませんか?」
「それは……」
おじさんがこちらを見る。
「……かなり」
「おい」
「冗談です」
私は笑った。
母はため息をついた。
その日は、母が迎えに来ることになった。
私は渋々帰るしかなかった。
ところが。
数日後。
私はまた、おじさんに会っていた。
「泊めて」
「断る」
「即答!?」
「当たり前だろ」
「まだ何も説明してないのに!」
「説明されなくても分かる」
「じゃあ聞いてよ」
「聞いたら泊めることになるのか?」
「ならない」
「ならないなら言うな」
私はおじさんの家の前に立っていた。
もちろん、勝手に押しかけたわけではない。
ゲームで話しているうちに、住所を知ったわけでもない。
ちゃんと連絡して、遊びに行っていいか聞いた。
そして断られた。
それでも私は来た。
「一泊だけでいいから」
「駄目」
「床でもいいから」
「駄目」
「玄関でも」
「駄目」
「庭でも」
「うちに庭はない」
「じゃあベランダ」
「お前は何をしに来たんだ」
「泊まりに」
「だから駄目だって」
私は腕を組んだ。
「夢のシチュエーションだろうが!」
「何が?」
「ゲームで知り合ったおじさんの家に女子高生が泊まりに行く!」
「漫画の見過ぎだ」
「いや、絶対あるって!」
「ない」
「ある!」
「現実では危ないだけだ」
おじさんは一歩も引かなかった。
「だいたい、俺がお前を泊めたら、お前の母親に何て説明するんだ」
「友達を泊めました」
「お前と俺は友達だけど、そういう意味の友達じゃない」
「細かいなあ」
「細かくない」
「じゃあ、親に連絡して許可を取れば?」
「それでも駄目」
「なんで?」
「成人男性の家に女子高生を泊める理由がない」
ぐうの音も出なかった。
だから私は、別の攻撃に切り替えることにした。
「じゃあ、泊めてくれたら一割払う」
「何の一割だよ」
「お礼」
「いらん」
「遠慮しなくていいよ」
「遠慮してない」
「日本では拾って届けた人に一割お礼するんだよね?」
「何を拾ったんだ、お前は」
「私」
「お前は物件でもないし、自分は報労金を請求もしていない」
「でも拾ったじゃん」
「何を?」
「私のこと」
「拾ってない」
「ほら、今こうして家まで来てる」
「自分で来ただろ」
「細かいなあ」
「お前が雑なんだよ」
私はむっとした。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
なぜなら、私はもう一つ目的があったからだ。
「じゃあさ」
「何だよ」
「ゲームしようよ」
「それならいいぞ」
「やった」
私は笑った。
おじさんも笑った。
この人は堅物だけど、こういうところは嫌いじゃない。
ただし。
私はまだ諦めていなかった。
泊まることを。
この日、私はおじさんの家でゲームをして、夕方になった。
「じゃあ、そろそろ帰れ」
「泊まる」
「帰れ」
「泊まる」
「帰れ」
「泊まる」
「お前、意地になってるだろ」
「うん」
「認めるな」
結局、おじさんは私を駅まで送っていった。
そして改札前で、念を押すように言った。
「次に来るときは、ちゃんと親に言ってから来い」
「泊めてくれる?」
「それとこれは別」
「ケチ」
「堅物で結構」
そう言って、おじさんは帰っていった。
私はその背中を見送りながら思った。
絶対に一度くらい、泊めさせてやる。
別に変な意味じゃない。
ただ、私が言ったことを最後まで貫き通したいだけだ。
……たぶん。




