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暗号が難しすぎて俺はとうとう諦めた(後篇)

ほのぼの。コメディ。

暗号ネタ。

テーマは見えない思い。

画面中央に表示されたテキスト入力エリア。そこに「以下の暗号を解読してください」と打ち込み、俺はメモ帳から全選択してコピーした「yo.txt」の透明なテキストをそのまま貼り付けた。


送信ボタンを押す。


数秒の思考時間の後、AIは滑らかな日本語で返答を出力し始めた。


『ご提示いただいたテキストは、スペース、タブ、改行のみで構成されたプログラム言語「Whitespace(ホワイトスペース)」で書かれたソースコードです。』


「ホ、ホワイトスペース……!?」


俺は思わず声を漏らした。


AIの解説を読むと、世の中には「Whitespace」という、目に見える文字を一切使わず、不可視の空白文字だけを使って記述する難解(エソテリック)プログラミング言語が存在するらしい。


「世の中にはそんな頭のおかしい言語があるのか……」


凛の変人ぶりにも呆れていたが、世界は広い。凛と同レベル、あるいはそれ以上に風変わり(クレイジー)な思考を持つ人間がプログラミング言語を作っていたのだ。


AIの説明に感心しつつ、続きの解読結果に目をやる。


『このプログラムを実行した結果、出力される文字列は以下の通りです。


解読結果:HELLO WORLD!』


「おお……! すげえ!」


俺は膝を打った。ハローワールド! プログラミングの初心者があいさつ代わりに表示させる有名な文字列だ。


なるほど、凛の奴、「よう!」という件名に合わせて「ハロー」と挨拶を仕込んできたわけか。なんともあの女らしい、無駄に凝った演出だ。


長年の胸のつかえ(・・・・・)が取れたような爽快感があった。俺はすぐさまスマホを取り出し、凛にメッセージを送った。件名は当然『よ』だ。


本文に『Whitespaceだろ!解読結果は「HELLO WORLD!」だ!どうだ参ったか!』と書き込んで送信した。


これでギャフンと言わせられるはずだ。俺は鼻高々で返信を待った。


しかし、数分後に届いた凛からの返信は、思いもよらないものだった。


『ぶー! お見通しなのは言語だけでーす! 残念、解読結果が間違ってるよ! やり直しー!』


「……は?」


間違っている?


俺は画面を凝視した。AIが弾き出した答えだぞ? コンピューターが計算したんだから間違いなんてあるはずが……。


いや、待てよ。


俺はハッとした。


コピペだ。俺はさっき、メモ帳からテキストを全選択してコピペした。


だが、Whitespaceという言語は「スペース」「タブ」「改行」の正確な組み合わせと順番で命令を表現するらしい。ブラウザのフォームに貼り付けた際、タブ文字が連続したスペースに変換されたり、改行コードが変わってしまったりして、データが破損したのではないか?


「くそっ、直接ファイルを読み込ませないとダメか!」


俺は生成AIの入力欄に戻り、今度はテキストのコピペではなく、あのテキストファイルが置かれているURLを直接AIに入力した。


「このURLにあるファイルをダウンロードして、Whitespaceとして正確に実行・解析してください」


送信ボタンを押す。


AIのプロセッシングアイコンがくるくると回る。今度は先ほどよりも少し長く思考しているようだ。


頼むぞ、AI……! 俺の威信がかかっているんだ!


やがて、画面に新たな回答が生成され始めた。


『申し訳ありません。先ほどの解析はテキストの貼り付け時に制御文字が欠損していたため、誤った結果を出力しておりました。URLより直接ファイルをダウンロードし、正確なWhitespaceインタプリタにて実行いたしました。


ファイルサイズ:187バイト

実行結果は以下の通りです。』


息をのんで、画面の続きを見つめる。


そこに表示された文字列を見て、俺は完全にフリーズした。


『実行結果:I love you.』


「……え?」


声が出なかった。


部屋の静寂の中に、自分の心臓の鼓動だけが大きく響く。


あいさつでもなければ、くだらない冗談でもなかった。


そこに書かれていたのは、あまりにもストレートで、あまりにも不器用な、告白の言葉だった。


『I love you.』


もう一度読み返してみる。何度見ても、画面の文字は変わらない。


187バイトの真っ白なファイル。見えない空白の中に隠されていたのは、凛の本心だったのだ。


『思いは見えないんだよ、大輔』


あの時、電話越しに凛が言った言葉が脳裏をよぎる。


俺はただのポエムだと思って笑い飛ばしていた。だが、彼女は本気で言っていたのだ。目に見えない真っ白なページの中に、文字通り彼女の「目に見えない思い」を込めていたのだ。


「あいつ……どんだけ遠回しなことしてんだよ……」


目頭が熱くなるのを感じた。


口が悪くて、言葉が足りなくて、鈍感な俺。


凛はきっと、普通に言っても俺が気づかないか、あるいは照れくさくて直接言えなかったのだろう。だからこんな、世界で一番ややこしくて、世界で一番解読の難しい手紙を俺に送ってきたのだ。


そして俺は、その手紙の意味を理解するのに、AIの力を借りなければならなかったほど鈍感だった。


「ほんと、呆れるくらい面倒くさい女だな……」


俺はぽつりと呟いた。


だが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。


こんな回りくどいことをする彼女の性格。人を振り回して、いたずらっぽく笑う笑顔。


俺は昔から、そんな彼女に振り回されるのが、どこか心地よかったのかもしれない。


彼女のこの面倒くさすぎる性格を解き明かすのは、きっとWhitespaceの暗号を解くよりも難しい。


だが——もう、諦めることにした。


彼女のその厄介(やっかい)な性格を、丸ごと受け入れて生きていくことを。


俺はデスクから立ち上がり、上着を羽織った。


スマホを取り出し、凛へのメールを作成する。


件名欄に、一文字だけ打ち込む。


『よ』


本文には何も書かない。ただ、俺のアパートの近くにある公園のGoogleマップのURLだけを貼り付けた。


送信ボタンを押す。


すぐに返信が来た。


『う!』


件名と合わせて「よう!」だ。相変わらずの返信スピードである。


俺は苦笑しながら、靴を履いた。


「よし」


ドアを開けると、爽やかな秋の風が頬を撫でた。


言葉を省略しすぎる女と、鈍感すぎる男。


これからはもう少し、ストレートに言葉を交わす練習をしなければならないだろう。


暗号の種明かしと、俺からの「返事」を伝えるために、俺は彼女の待つ公園へと駆け出した。

文:Gemini氏(3.6 Flash)。

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