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暗号が難しすぎて俺はとうとう諦めた(前篇)

ほのぼの。コメディ。

暗号ネタ。

テーマは見えない思い。

スマートフォンが短い振動を返した。画面を覗き込むと、画面には通知メッセージが一通。送信者は佐倉(さくら)凛(リン)。俺の大学時代からの悪友であり、自他ともに認める重度のパソコンマニアの女だ。


メールの件名欄には、相変わらずたった一文字だけが躍っていた。


『よ』


思わず溜め息が漏れる。この一文字は、彼女の中で「よう! まあ取りあえずこいつを見てくれ」という意味の略語らしい。


「省略の芸術だろ?」などと以前ドヤ顔で言われたことがあるが、芸術というよりは単なる横着(おうちゃく)の極みである。ちなみに先週届いたメールの本文は「う!」の一文字だけだった。件名と合わせて「よう!」という意味だったらしいが、そんな解読(かいどく)難易度の高いコミュニケーションを日常的に仕掛けてくるのは世界中探しても凛くらいのものだろう。


これまでも彼女から送られてくるメールは妙なものばかりだった。海外のマニアックなITニュースのURLだったり、意味不明な機械の内部構造の写真だったり、時には簡単なシーザー暗号で書かれた居酒屋の集合時間だったりした。


今回も嫌な予感を抱きつつ本文を開いてみると、そこには見慣れないドメインのURLがぽつんと一つ記載されているだけだった。


末尾は「yo.txt」となっている。テキストファイルか。


俺は半ば諦め顔でそのURLをタップし、スマートフォンのブラウザでページを開いた。


画面が切り替わる。しかし、いくら待っても画面には何も表示されない。ローディングのインジケーターはすでに消えている。


「……は?」


画面はどこまでも真白だった。スクロールしようとしても反応がない。エラー画面ですらない。ただ真っ白な空間がそこに広がるだけだった。


ブラウザの不具合かと思い、俺はパソコンを起動して同じURLにアクセスしてみた。だが、二十四インチの液晶モニターいっぱいに広がったのは、やはり完璧(かんぺき)な白だった。


ソース表示をしてみるという知恵くらいは俺にもある。右クリックからページのソースを表示させてみたが、HTMLタグの一つすら見当たらない。文字通り、何も書かれていないのだ。


俺は受話器を取り、凛の番号をタップした。三回の呼び出し音の後、陽気な声が聞こえてきた。


「やあ大輔。見たかい?」


第一声がそれだ。俺は呆れたように息を吐いた。


「見たかい、じゃないよ。なんだよあのURL。開いても真っ白で何も映らねえぞ。リンク切れか? それとも新しいドッキリの類か?」


電話の向こうで、凛がくすくす笑う気配がした。


「失礼だなあ。ドッキリじゃないよ。思いは見えないんだよ、大輔」


「……は? なんだよ急にポエマーみたいなこと言い出して。気味悪いぞ」


「ふふん。見えないからって、そこに存在しないとは限らないんじゃない? まあまあ、そうカリカリせずにじっくり味わってよ」


「味わえるかよ、ただの白い画面を! たく、相変わらず食えない奴だな……」


俺は苦笑いしながら電話を切った。いつもの思わせぶりな冗談だろう。そう思って、その日はパソコンを落とし、ベッドに入った。


しかし、数日が経過しても、あの真っ白なページがどうにも頭から離れなかった。


凛の性格を考えると、単なる押し間違いや無意味なリンクを送ってくるはずがない。これまで送られてきた無茶振りも、くだらない内容とはいえ何かしらの「種明かし」が存在していた。


あの真っ白な画面は、もしかして何かの暗号なのではないだろうか。


気になり始めたら夜も眠れなくなった。俺は再びパソコンに向かい、あのURLからテキストファイルをダウンロードしてみた。


ファイルのプロパティを開いて確認する。ファイル名は「yo.txt」。そしてファイルサイズは……187バイト。


「187バイト……?」


何も表示されていないのに、ゼロバイトではない。確実に何らかのデータが存在しているのだ。


187という数字を眺めながら、俺は腕を組んだ。


「187……い・や・な……嫌な、か?」


いや、まさかな。凛のことだから語呂合わせで俺への嫌がらせを表現しているのかもしれない、と真剣に考えてしまった。


翌日、大学の食堂で凛と顔を合わせた際、俺はその説をぶつけてみた。


「あのファイル、187バイトあったぞ。『嫌な』って語呂合わせで、俺への当てつけか何かだろ?」


それを聞いた瞬間、凛は飲んでいた紅茶(ティー)を吹き出しそうになり、お腹を抱えて笑い転げた。


「ひー! あっはっは! 『嫌な』!? 大輔、君の語呂合わせのセンスには脱帽だよ! なんで私がわざわざ187バイト調整してそんな古典的な語呂合わせを仕込むのさ!」


目尻に涙を浮かべて爆笑する凛を、俺は恨めしそうに見つめた。周囲の学生たちが何事かとこちらを見ている。


「笑いすぎだろ……じゃあなんなんだよ、あの187バイトは!」


「さあね? でも、ヒントをあげるよ。大輔はメモ帳でそのファイルを開いてみた?」


「メモ帳? ブラウザで見ただけだが」


凛はいたずらっぽく微笑むと、人差し指を口元に当てた。


「メモ帳で開いて、キーボードの『Ctrl』を押しながら『A』を押してみてごらん。何かが見えるかもしれないよ」


「CtrlとA……すべて選択か?」


「そう。見えないものを見えるようにする、魔法のショートカットさ」


凛はそう言い残すと、授業があるからと言ってひらひらと手を振りながら去っていった。


相変わらず人を煙(けむ)に巻くような奴だ。俺は残された冷めた定食を押し込み、急いで自分のアパートへと戻った。


部屋に戻り、さっそく「yo.txt」をWindows標準のメモ帳で開く。


やはり画面は真っ白だ。カーソルが点滅しているだけで、文字らしきものは何一つ見当たらない。


俺は凛に言われた通り、キーボードの『Ctrl』キーと『A』キーを同時に押し込んだ。


すると、画面全体が反転し、青いハイライトが表示された。


「……うおっ!?」


俺は思わず声を上げた。


真っ白だったはずの画面に、青く塗りつぶされた領域が浮き彫りになっていたのだ。


行ごとに青い帯の長さが異なっており、全体として見ると、何かの階段か、あるいは特殊な図形のような形を描いている。


「な、なんだこれ……!?」


文字ではない。しかし、そこには確実にスペースやタブ文字といった「透明な文字」が敷き詰められていた。


空白の長短によって描かれた謎のシルエット。俺は画面に顔を近づけ、穴があくほど見つめた。


しかし、いくら眺めてもそれが何を意味しているのかさっぱり分からない。モールス信号か? それともバーコードの類か?


自力で解くべく、バイナリエディタをダウンロードして16進数に変換してみたり、空白とタブを「0」と「1」に置き換えて2進数として解読を試みたりした。だが、出てくるのは意味不明な文字化けの羅列ばかりだった。


文系出身の俺の知識では、これが限界だった。頭が痛くなり、ディスプレイの光が目に沁(し)みる。


二日間の不眠不休の格闘の末、俺はついに白旗を揚げた。


「無理だ……降参だ……」


俺はデスクに突っ伏した。凛の意図も、この暗号のカラクリも、俺の頭脳では到底追いつかない。


自力で解くのは諦めた。完全に、降参だ。


だが、このまま凛に「降参しました」と頭を下げるのはなんだかくやしい。


俺はディスプレイの端で点滅するブラウザのアイコンを見つめた。最近話題になっている、あのツールの存在が頭をよぎる。


人工知能——生成AI。


俺はこれまで一度も生成AIというものを使ったことがなかった。なんだか難しそうだし、機械に頼るのも味気ないと思っていたからだ。


しかし、背に腹は代えられない。俺は藁にもすがる思いで、生成AIのウェブサイトを開き、無料のアカウントを作成した。

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