血が繋がってるのにどうして分かってくれないの?(後篇)
異世界ファンタジー。
ほのぼの日常系。
母娘のすれ違い。
王立魔導院からの手紙を見たマリアは、その夜ほとんど眠れなかった。
娘には才能がある。
それも、ただの才能ではない。
魔導院の研究者によれば、リーナの魔力量は一人の人間が持つには異常なほど大きい。
魔法陣。
精霊術。
召喚術。
古代魔法。
竜との契約。
理論上、どの分野にも適性があるらしい。
つまり。
リーナには、可能性がありすぎた。
翌朝。
マリアは興奮した様子で娘の部屋へ入った。
「リーナ、大変よ!」
「……なに」
「王立魔導院があなたを研究対象に――」
「お断り」
「まだ最後まで言ってないわ」
「研究対象って聞こえた」
「特別研修生として招きたいそうなの」
「断る」
「どうして?」
「眠いから」
「それは理由にならないでしょう」
「私にとっては最大の理由」
リーナは布団を頭までかぶった。
マリアは困った。
「でも、こんな機会は二度とないかもしれないのよ?」
「いらない」
「魔導院よ?」
「知ってる」
「王宮魔術師とも関われるのよ?」
「知ってる」
「古代魔法を研究できるのよ?」
「それも知ってる」
「竜語だって役に立つわ」
「竜語の授業で寝た」
「精霊術も」
「精霊に寝ぼけながら返事をしたら怒られた」
「剣術も」
「剣を持ったまま欠伸したら先生に怒られた」
「薬草学も」
「昨日、薬草を枕にして寝てた」
「……」
マリアは黙った。
娘は布団の中から顔を出した。
「お母さん」
「なに?」
「私、何でもできるようになりたいんじゃないよ」
「……」
「何がしたいのかを考える時間が欲しいの」
その言葉は、以前にも聞いた。
けれどマリアは、その意味を理解していなかった。
自分は娘のために、道を増やしている。
そう信じていた。
だが娘から見れば。
道が増えすぎて、どこにも進めない。
マリアは自分の幼少期を思い出した。
本がなかった。
先生がいなかった。
選択肢がなかった。
だから苦労した。
その経験から、娘には選択肢を与えたいと思った。
しかし。
自分が欲しかったものを、そのまま娘が欲しがるとは限らない。
そこに気づくまで、ずいぶん時間がかかった。
「……私ね」
マリアは椅子に座った。
「あなたには、私と同じ思いをしてほしくなかったの」
「うん」
「私は小さいころ、何も知らなかった。だから、やりたいことがあっても、それが何なのかすら分からなかった」
「うん」
「だから、あなたには何でも知っていてほしかった」
「うん」
「そうすれば、きっと幸せになれると思っていた」
リーナは布団から出た。
「お母さん」
「なに?」
「私、お母さんの気持ちは分かってるよ」
「……本当に?」
「うん」
「じゃあ、どうして分かってくれないの?」
マリアは少し寂しそうに笑った。
「私はあなたのためを思っているのに」
リーナはしばらく黙った。
そして、困ったように笑った。
「それ、お互い様だよ」
「え?」
「私だって、お母さんのためを思ってる」
「私のため?」
「うん」
リーナは母の手を取った。
「お母さん、私が幸せになるために頑張ってくれてるんでしょう?」
「ええ」
「だったら、私が今何を欲しがってるかも考えてほしい」
「……」
「私は今、寝たい」
「……」
「ものすごく寝たい」
「……そうね」
「あと、何もしない時間が欲しい」
「……そうね」
「それから、自分で決めたい」
マリアは目を閉じた。
娘が欲しがっていたものは、知識ではなかった。
選択肢でもなかった。
選ぶための時間だった。
翌日。
マリアは、習い事の先生たちを一人ずつ訪ねていった。
剣術を休む。
竜語を休む。
礼儀作法を休む。
精霊術も休む。
薬草学は週一回。
古代語も週一回。
魔法陣も週一回。
学院の授業は続ける。
そして何より。
毎日八時間は寝る。
先生たちは驚いた。
特に竜語の先生は、
「竜語は将来必ず役に立ちますぞ」
と説得した。
マリアは答えた。
「娘の睡眠も将来必ず役に立ちます」
正論だった。
その夜。
久しぶりに早く眠ったリーナは、翌朝すっきりした顔で起きた。
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
「今日は何の予定?」
「学院だけよ」
「それだけ?」
「それだけ」
「……最高」
リーナは笑った。
マリアも笑った。
しかし。
その日の昼。
王立魔導院から二通目の手紙が届いた。
内容は一通目よりも重大だった。
リーナの魔力が、単に大きいだけではない。
特殊な性質を持っているらしい。
彼女は大量の魔力を扱えるだけでなく、他者の魔法を理解し、模倣し、改良する能力まで持っている。
魔導院は正式に彼女を研究したいという。
その報告書の最後には、こう書かれていた。
「本人の希望を最優先する」
マリアは手紙を読んで、娘を見た。
以前なら、すぐに飛びついていただろう。
だが、今は違った。
「リーナ」
「なに?」
「魔導院から話が来てるわ」
「ふーん」
「あなた、どうしたい?」
「どうしたいか?」
「ええ」
リーナはしばらく考えた。
「一回、見学してみたい」
「分かった」
「でも、通うかどうかは自分で決める」
「もちろん」
「それと」
「なに?」
「その日は帰ってきたら何もしない」
「いいわ」
「絶対?」
「絶対」
リーナは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、行ってみようかな」
マリアも笑った。
それから数か月。
二人の生活は、以前とは大きく変わった。
リーナは習い事を減らした。
魔法と薬草学、それから古代語だけを続けた。
剣術は趣味として月に数回。
竜語は本人が興味を持ったときだけ勉強することになった。
精霊術は一旦休止。
礼儀作法に至っては、社交界へ出る必要が生じたときに考えることになった。
その結果。
リーナは以前よりずっと魔法が上達した。
集中力が増したからだ。
そして何より、自分で勉強したいと思ったことには、以前とは比べものにならないほど熱中した。
ある日。
リーナは母に言った。
「お母さん」
「なあに?」
「私、魔法薬師になりたい」
マリアは目を丸くした。
「魔法薬師?」
「うん」
「どうして?」
「お母さんを見てたら、面白そうだと思ったから」
「……」
マリアはしばらく何も言えなかった。
自分が娘に与えようとしていた未来の中に、自分と同じ道が含まれていた。
それは少し意外だった。
しかし。
リーナは続けた。
「でも、お母さんとは違う魔法薬師になる」
「どう違うの?」
「寝不足の人に、眠気覚ましの薬を売らない魔法薬師」
「……それは重要ね」
「それから、疲れた人には休めって言う」
「それも重要ね」
「あと、子供に習い事を詰め込む親には説教する」
「それは商売になるかしら」
「ならないと思う」
二人は笑った。
マリアは娘の頭を撫でた。
「ごめんなさいね」
「何が?」
「あなたの可能性を増やしたいと思っていたのに、あなたが自分で選ぶ可能性を減らしていたみたい」
「私もごめん」
「あなたが?」
「お母さんが私のことを考えてくれてるのに、全部嫌だって言ってたから」
「でも、本当に嫌なものは嫌でいいのよ」
「うん」
「それを言ってくれたほうが、お母さんも分かるから」
「じゃあ、これからも言うね」
「ええ」
「明日の竜語、行きたくない」
「まだ申し込んでないわ」
「じゃあ問題ないね」
母は笑った。
娘も笑った。
血が繋がっているからといって、相手の考えていることが全部分かるわけではない。
むしろ近いからこそ、自分の経験を相手に重ねてしまうことがある。
母は、自分が欲しかったものを娘も欲しがると思った。
娘は、自分が疲れていることくらい母なら分かると思った。
どちらも相手を大切に思っていた。
だからこそ、すれ違った。
運命というものは、時々ひどく皮肉だ。
マリアが人生で一番後悔していたのは、教育を受ける機会が少なかったことだった。
だから娘には、誰よりも多くの教育を与えた。
その結果。
娘が最初に自分で選んだ人生の道は、母と同じ魔法薬師だった。
ただし。
母より少しだけ、のんびりした魔法薬師である。
「お母さん」
「なに?」
「私、今日はもう寝るね」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみ」
リーナは部屋へ戻った。
マリアはその背中を見送った。
昔の自分なら、寝る前に古代語でも勉強させただろう。
けれど今は違う。
娘が自分で選んだのなら、それでいい。
マリアは台所で一人、薬草茶を淹れた。
そして、ふと思った。
「……ところで、私自身ももう少し勉強しておけばよかったかしら」
彼女は棚から古代魔法の本を取り出した。
ページを開く。
難しい。
よく分からない。
しばらく唸ったあと。
「まあ、明日でいいわね」
本を閉じた。
そして、娘と同じように早く寝た。
翌朝。
リーナが起きてくると、母はまだ寝ていた。
「お母さん、珍しい」
リーナは笑った。
「……まあ、いいか」
起こさなかった。
母が自分で選んだ「何もしない時間」なのだろう。
親子だから分かることもある。
親子だから分からないこともある。
血が繋がっているから、同じ考えになるわけではない。
むしろ違う人生を歩んできた二人だからこそ、同じ景色を見ても、見えているものは違う。
だから。
分かってほしいと思ったら、言葉にするしかない。
分かりたいと思ったら、聞くしかない。
そして時々。
相手のために何かをするよりも、相手が何もしない時間を尊重するほうが、大切なこともある。
「……血が繋がってるのに、どうして分かってくれないの?」
眠っている母の顔を見ながら、リーナは小さく呟いた。
少し考えて。
「まあ、私も分かってなかったけど」
そう言って笑った。
丘の上の小さな家に、朝の光が差し込む。
母と娘は、今日も完全には分かり合えていない。
それでも昨日よりは、ほんの少しだけ分かり合えている。
たぶん、それで十分なのだ。
そして何より。
今日は二人とも、よく眠れている。
それだけは、間違いなく幸せなことだった。
文:ChatGPT氏。




