不親切すぎる異世界転生(後篇)
異世界転生もの。
コメディ/ギャグ。
二つ目の候補世界は説明書だけで四万ページあった。
読む前に体験期間が終わった。
三つ目は住民全員が精神生命体だった。
俺だけ肉体を持っていたため、会話相手が誰も見えなかった。
四つ目は物理法則が毎月更新された。
バグ修正らしい。
五つ目は住民同士が脳波暗号で会話した。
俺だけ通翻訳機が必要だった。
そして六つ目。
俺は疲れ切った顔で天界へ戻ってきた。
「どうでしたか?」
最高神が聞く。
「最初の世界が恋しいです」
「エル=ア=シャ=ナル=トゥ=レ=ヴァ=ギュラ=シェ=イムの世界か」
「略称ないんですか」
「エルじゃな」
「最初からそう呼んでください」
最高神は笑った。
「比較は大事じゃろう」
「ええ」
俺は遠い目をした。
「大事でした」
するとエルがやって来た。
「お帰りなさいませ」
出迎える姿は実に丁寧だった。
「ありがとうございます」
「いかがでしたか」
「色々見ました」
「はい」
「あなたの世界、変です」
「はい」
「でも他も十分変でした」
エルは少しだけ胸を張った。
「そうでしょう」
「勝ち誇るところじゃない」
◇
その後。
俺は改めて彼女の世界を訪れた。
二度目である。
すると不思議なことが起きた。
少しだけ分かるのだ。
「パン一熱量ください」
「こちらですね」
買えた。
「買えた!」
「おめでとうございます」
さらに市場を歩く。
地名は依然として分からない。
しかし住民は親切だった。
道が分からなければ教えてくれる。
単位を間違えても説明してくれる。
笑われることはあるが、悪意はない。
「そういえば」
俺は歩きながら聞いた。
「文化がややこしいわりに、人は優しいですよね」
「そうですか?」
「そうですよ」
エルは少し考えた。
「住みにくい世界だという自覚はありますので」
「あるんだ」
「あります」
「あるのに直さないんだ」
「歴史がありますから」
それはそうだった。
◇
数日後。
俺は公共機関の利用に挑戦した。
見事に迷った。
手続き書類は十七枚。
記入欄は百三十九項目。
住所欄だけで八ページあった。
「これ嫌がらせですか?」
「簡略版ですが」
「簡略版!?」
だが窓口職員は笑顔だった。
一時間かけて説明してくれた。
二時間かけて修正もしてくれた。
三時間後には書類が完成した。
異世界で初めて達成感を覚えた。
「俺、やり遂げた……!」
「素晴らしいです」
エルが拍手する。
なぜだろう。
ドラゴン討伐より感動が大きい気がする。
◇
体験期間終了前日。
俺は丘の上にいた。
街が見渡せる。
夕日が美しい。
「結局どうするんですか?」
エルが尋ねた。
俺はしばらく考えた。
「正直に言うと」
「はい」
「今でも七割くらい理解できてません」
「十分です」
「十分なんですか」
「一般市民も六割くらいです」
「どういう世界だ」
思わず笑った。
エルも少し笑った。
初めて見たかもしれない。
仕事用ではない笑顔だった。
「でも」
俺は街を見た。
「難しいだけなんですよね」
「はい」
「意地悪ではない」
「はい」
「覚えにくいし分かりにくいし面倒だけど」
「はい」
「みんな普通に生きてる」
よく考えれば当たり前だ。
住民にとっては日常なのだ。
俺だけが新参者なので困っている。
「慣れますよ」
またその台詞だった。
何度も聞いた。
本来なら聞き飽きるほど。
だが今は少し違って聞こえた。
住民たちも最初から知っていたわけではない。
皆、生まれてから覚えたのだ。
なら。
俺にもできるかもしれない。
◇
最終日。
俺は窓口へ戻った。
最高神が座っている。
「決まったかの?」
「はい」
「どの世界じゃ」
俺は答えた。
「エルさんの世界で」
「ほう」
最高神が笑った。
「理由は?」
「一番分からなかったからです」
「ほう?」
「他の世界は、理解できないまま諦める感じでした」
俺は肩をすくめた。
「でもあの世界は違う」
「違う?」
「分からないけど、分かろうとすると誰かが教えてくれる」
住民たち。
店主。
役人。
そして。
いつも同行していた神。
「だから住める気がします」
最高神は満足そうに頷いた。
「よろしい」
隣でエルが深々と頭を下げる。
「ご利用ありがとうございます」
「やっぱりサービス業なんですね」
「もちろんです」
彼女は当然のように答えた。
「世界運営も接客も大差ありません」
「あると思います」
◇
転生当日。
俺は新しい人生へ旅立った。
なお、転生初日に配布された地域案内書は全四十八巻だった。
第一巻だけで千ページあった。
人名辞典は別冊だった。
単位換算表はさらに別冊だった。
俺は空を見上げた。
「やっぱやめません?」
すると遠くからエルの声が飛んできた。
「そのうち慣れますよー!」
俺は盛大にため息をついた。
だが少し笑った。
まあいい。
死ぬほど分かりにくい世界だ。
いや、一度死んでいるのだが。
それでもきっと。
今度の人生は退屈しないだろう。
そう思いながら、俺は第一巻の一ページ目を開いた。
文:M365 Copilot氏。




