不親切すぎる異世界転生(前篇)
異世界転生もの。
コメディ/ギャグ。
死んだ。
といっても、劇的な最期ではない。
横断歩道で信号待ちをしていたら、上空を飛んでいたドローン配送機が故障し、「落下物注意」の注意書きを貼った看板を運搬中のトラックへ落とし、その看板が跳ね返り、偶然飛んできた鳩が驚いて俺の顔面に激突し、その拍子によろけた俺が転倒して頭を打った。
医者ですら説明に困ったらしい。
そして気付けば俺は、やたら豪華な受付カウンターの前に立っていた。
「ようこそ」
受付の向こうにいたのは、神々しい老人だった。
「ここは?」
「異世界転生窓口じゃ」
「えっ」
「不慮の事故により死亡した者に、第二の人生を提供する部署じゃ」
俺は目を輝かせた。
異世界転生。
ついに来た。
テンプレだ。
「ということは、チートとかも?」
「世界による」
「ハーレムとか」
「本人次第」
「魔王討伐とか」
「求人次第」
妙に現実的だった。
老人は咳払いした。
「儂は最高神じゃ」
「最高神が受付やってるんですか?」
「誰が人員配置を一番理解しておると思う?」
「人事部?」
「社長じゃ。会社全体を知っておるからな」
「なるほど……」
妙に説得力があった。
「さて、転生先候補じゃが」
最高神は書類を広げた。
「事前体験制度がある」
「事前体験?」
「気になった世界を一週間ずつ試せる。気に入ったら本契約じゃ」
「親切すぎません?」
「当然じゃ」
最高神は不思議そうな顔をした。
「サービス業じゃからな」
直後、横から穏やかな女性の声がした。
「まったくです」
振り向くと、美しい女性が立っていた。
白い手袋。
端正な制服。
高級ホテルのコンシェルジュのような姿。
「私は神の一柱、エル=ア=シャ=ナル=トゥ=レ=ヴァ=ギュラ=シェ=イムです」
「長い」
「皆様そうおっしゃいます」
微笑みながら頭を下げる。
「担当世界へのご案内をしております」
「覚えられる気がしないんですが」
「そのうち慣れます」
俺は少し嫌な予感がした。
しかし、この時はまだ知る由もなかった。
その言葉が、今後何十回も使われることを。
◇
一つ目の世界は普通だった。
二つ目は魔王が平日にしか活動しない世界だった。
三つ目は全員が俳句で会話する世界だった。
そして四つ目。
エル何とかさんの世界。
見た目は美しい西洋風ファンタジーだった。
石畳。
城壁都市。
尖塔。
馬車。
「おお!」
俺は感動した。
「これこれ!」
「お気に召しましたか」
「かなり!」
だが十秒後には後悔した。
市場でパンを買おうとしたからだ。
「これ一つください」
店員が困った顔をした。
「一つ?」
「え?」
「どの単位ですか?」
「単位?」
「固量ですか。疎量ですか。熱量ですか。祝量ですか」
「祝量?」
「どのパンを基準値にするのですか」
「パン一個はパン一個では?」
店員と周囲の客がざわついた。
「あの旅行者、原始人?」
「怖い……」
「かわいそうに」
俺は慌ててエル何とかさんを見る。
「何なんですかこれ」
「単位制度ですね」
「単位制度?」
「はい」
彼女は当然のように説明した。
「当世界では物理量が二百三十一種類あります」
「増やすな」
「そのうち一般市民が日常的に使うのは百四十四種類です」
「多い」
「そのうち慣れます」
「慣れないと思う」
その日の夕方。
宿屋へ向かった。
「一泊お願いします」
「七ルク四マル六シェグです」
「高いのか安いのか分からない」
「一般的な価格ですね」
店主は首を傾げた。
「銀貨換算で?」
「銀貨?」
「銀貨ないんですか!?」
「何ですかそれ」
「ファンタジーの基本では!?」
エル何とかさんが優しく微笑む。
「通貨制度は十二進と十四進と十九進の複合形式です」
「誰が考えたんですか」
「私です」
「反省してください」
◇
翌日。
俺は街歩きに挑戦した。
まず地名が覚えられない。
中央広場の名前が「イェ=トゥ=ラ=ノ=フェ=シュ」。
東区画が「フェ=シュ=ラ=ノ=イェ」。
西区画が「ラ=イェ=フェ=シュ=トゥ」。
違いが分からない。
「これ適当につけてません?」
「規則的ですよ」
「どこが!」
「歴史的経緯と音韻変化と政治的妥協の結果です」
「設定資料集八百ページくらいありそう」
「千三百二十七ページですね」
「本当にあった!」
住民名も同様だった。
「こんにちは、トゥ=レ=シャ=ギュルさん」
「私はトゥ=レ=シャ=ギュル=ノ=フェです」
「違うんですか」
「それは叔父です」
俺は泣きそうになった。
その夜。
宿で日記を書いた。
一日で覚えた単語は三つ。
三つとも翌朝には忘れた。
◇
三日目。
俺は文化を学ぼうと決意した。
文化を理解すれば住みやすくなるはずだ。
そう思っていた。
「今日は結婚式です」
エル何とかさんが言う。
「おっ、異世界文化見学ですね」
「はい」
俺は式場へ向かった。
そして目を疑った。
新郎新婦が延々と口論している。
「何で喧嘩してるんですか」
「結婚式ですから」
「え?」
「相手の欠点を百八つ列挙し、なお共に生きる意思を宣言します」
「逆!」
「離婚の際は長所を百八つ挙げます」
「逆!」
さらには葬式で皆が爆笑し、誕生日では反省文を書き、入学式では卒業生が祝われていた。
「全部逆じゃないですか!」
「何がです?」
本気で分かっていなかった。
この神、自分の世界を客観視できていない。
俺は確信した。
◇
七日目。
ようやく体験期間が終わった。
俺は天界へ戻る。
「いかがでしたか」
最高神が尋ねる。
俺は即答した。
「無理です」
だが隣を見る。
エル何とかさんは少しだけ残念そうだった。
「そうですか」
「いや、世界は綺麗でしたよ」
「ありがとうございます」
「でも住むのは無理です」
「そのうち慣れますよ?」
「一週間いて悪化したんですよ」
彼女は本気で不思議そうに首をかしげた。
俺は思った。
この人、悪い人ではない。
ただ感覚がおかしいだけだ。
たぶん神だから。
そして俺は次の世界へ向かうことになった。
だが、その決断がさらに事態をややこしくする。
なぜなら。
比較対象ができたからだった。




