なぜかヒロインが現れて俺と交渉を始めたんだが(後篇)
現代×異世界ファンタジー。
メタ系コメディ・ギャグ。
「ちょっと待て! 労働組合!? 労使交渉!? なんだそれは! 俺と君たちは作者と登場人物の関係だろ!?」
あまりの事態に叫ぶ俺に対し、アルメリアは毅然とした態度で羊皮紙を突きつけてきた。
「いいえ、作者様。表現の自由という名のもとに、私たちの人権――いいえ、作権とでも呼ぶべき権利が著しく侵害されています。これは正当な権利の主張です」
「作権……?」
隣で葵が「なにそれ面白そう」という顔でパイプ椅子に座り直し、興味津々で二人を見つめ始めた。ちょっと待て葵、お前のモデルだぞ。もっと危機感を持て。
「では第一項! 労働時間の遵守、および過酷な連戦の是正について!」
アルメリアが朗々と要求を読み上げ始める。
「先週の第二十四話において、我が第三騎士団は『魔物の大群による強襲』を受け、三日三晩不眠不休で戦わされました。この間の睡眠時間はゼロ、給食の支給も遅延し、乾パンと水のみで戦線を維持させられました。これは明らかに過労死ラインを超えています!」
「いや、あれは作品のクライマックス前の盛り上がりでだな! 過酷な状況を乗り越えるからこそ、読者の胸を打つんだよ!」
「作者様! 文章の一行で『過酷な三日間が過ぎた』と書くのは簡単でしょうが、実際にその三日分をリアルタイムで体験させられる身にもなってください! 私たちは文字の隙間でずっと剣を振り続けていたのですよ!?」
「リアルタイムで体験してんの!? マジで!?」
初耳である。作者が「三日間戦った」と書くと、作中のキャラはその三日間を実際に生きなければならないらしい。
「さらに第二項! 安全配慮義務の違反について! 第十五話のドラゴン戦において、作者様は描写のリアリティを出すためとして、私に『左腕を骨折する重傷』を負わせましたね?」
「あ、あれは回復魔法の重要性をアピールするための描写で……」
「痛いものは痛いのです! 治癒魔法で治るとはいえ、折れた瞬間の激痛は現実のそれと何ら変わりません! 安易に重傷を描写してキャラクターにトラウマを植え付けるのはやめていただきたい!」
「ぐぬぬ……」
完全に正論であった。作者として反論のぐうの音も出ない。
すると、今まで黙って聞いていた葵がニヤニヤしながら口を挟んできた。
「へぇー。にーさんってば、自分はクーラーの効いた部屋でジュース飲みながら、自分の小説のキャラにはそんな酷い労働させてたんだ。最低だね」
「お前はどっちの味方なんだよ葵!」
「私は労働者の味方だよ。で、アルメリアさん? だっけ。他にはどんな不満があるの?」
「よくぞ聞いてくれました、葵様!」
アルメリアは葵に向き直ると、ぱっと表情を和らげた。
「第三項です。登場人物のパーソナルデータの不当な改変、および設定の捏造について!」
「設定の捏造?」
「はい。作者様は私のプロフィール欄に『体重:四十二キロ』と記載しておりますが、これは私のモデルである葵様の実際のデータを基に算出したとお伺いしております」
「ちょっと待って!?」
葵の顔色が激変した。
「に、にーさん!? なんで私の体重知ってるの!? 私、誰にも言ったことないんだけど!」
「ち、違う! 推測だ! 身長から逆算したただの推測値だ!」
「いいえ葵様、ご安心ください」
アルメリアはふっと微笑むと、胸を張って言った。
「作中の私は甲冑を着て連日戦っておりますので筋肉がつき、現在の実測値は四十七キロです。しかし、葵様ご本人の最新のデータ――今朝測定された数値は、四十六・五キロ、体脂肪率二十一パーセントでございます!」
「な、なんでそれを知ってるのーーーーー!?」
葵が悲鳴を上げた。顔を真っ赤にして頭を抱える。
「なぜなら、モデルと作中キャラクターは魂の波長で繋がっているからです。葵様、最近部活も入らず放課後はここでゴロゴロしてばかりでしょう? 少し運動不足気味ですわよ。先週も夜中にポテトチップスを食べながら動画を見ておられましたね?」
「いやあああ! ストーカー! 作中のヒロインにプライバシーを侵害されてる!」
「ふふ、モデル様のお体の健康を守るのも、キャラクターとしての務めですから」
アルメリアは少し楽しそうに葵をからかい始めた。最初は硬い表情だった彼女だが、生みの親である俺や、モデルである葵と話すうちに、徐々に打ち解けてきたらしい。
「あ、葵……お前、夜中にポテチ食ってんのか……?」
「うるさい! にーさんには言われたくない! っていうか、アルメリアさん! この不審者作者をビシッとお仕置きしてやって!」
「ええ、もちろんです」
アルメリアは再び凛とした表情に戻り、俺に羊皮紙を突きつけた。
「というわけで、作者様。以下の労使協定に署名・捺印を求めます。一、一日の戦闘シーンの執筆は最大二時間までとすること。二、無意味な重傷・拷問展開の禁止。三、十分な休日(休載日)の確保。四、定期的な差し入れ(描写による美味しい料理の追加)!」
「四番目に個人的な欲望が混ざってないか!?」
「交渉とはそういうものです! もしこの要求が飲めない場合……私たちは次回作から『ストライキ』を実行します!」
「ストライキ!?」
「はい。主人公がいくら呪文を唱えても魔法が出ず、敵の魔王は『今日は非番だから』と城から出てこず、私は開幕から寝たふりを決め込みます。それでもよろしいのですか?」
「やめてくれ! 打ち切りになっちゃう! 俺の作家生命が絶たれる!」
想像するだけで恐ろしい展開だ。物語として一歩も前に進まない。
「わかった! 分かったから! 要求は受け入れる! 週休二日制を導入するし、次の章では豪華な宴会シーンを入れて全員に肉を食べさせる!」
「交渉成立ですね。では、こちらの協定書にサインを」
俺は半泣きになりながら、アルメリアが出してきた羊皮紙にサインをした。
アルメリアは満足そうに頷くと、協定書を丁寧に懐へと収めた。
「ふう、これで一安心です。みんなに良い報告ができます」
肩の荷が下りた様子のアルメリアを見て、葵がふと首を傾げた。
「ねえ、アルメリアさん。ちょっと気になったんだけど、聞いていい?」
「なんでしょう、葵様?」
「あのね、にーさんが書いてるその小説の『主人公』なんだけど……。もしかして、主人公もにーさん自身がモデルになってたりするの?」
その質問が出た瞬間、俺とアルメリアの動きがピタリと止まった。
「えっ」
「……あ」
俺とアルメリアは思わず顔を見合わせた。
実は、作中の主人公は『黒髪の平凡な少年だが、いざとなると仲間想いで諦めが悪い』という、絶妙に俺自身の願望と投影が入り混じったキャラクターなのだ。
「……やっぱり」
俺たちのあからさまな狼狽ぶりを見て、葵の目が細められた。
「じゃあ、もう一つ質問。その、にーさんがモデルの主人公と、私をモデルにしたアルメリアさんって……物語の中で、最終的にどういう関係になる予定なの? やっぱり、恋愛関係とかになっちゃったりするわけ?」
一瞬の静寂。
「「ッ!?」」
俺とアルメリアの顔が、同時に爆発したかのように真っ赤になった。
「なっ! なにを言い出すんだ葵! それはネタバレというか、作者の胸三寸というか、その、ラブコメ要素はあくまでストーリーのアクセントであってだな!」
俺は手振り身振りを交えて支離滅裂に叫んだ。
「そ、そうですわ葵様! 私と主人公様はあくまで信頼できる戦友であり! その、先週の第十話で不意の事故で急接近していい雰囲気になったり、先月のお祭りイベントで二人きりで花火を見たりしましたけれど、それは決して私が主人公様を男性として意識しているとかそういうことでは――!」
「アルメリア! 余計な展開を詳細に喋るな!」
「きゃー! 申し訳ありません創造主様! つい動揺して!」
真っ赤になってパタパタと手を振る異世界の騎士ヒロインと、冷や汗を流しながら頭を抱える高校生作家。
その二人の慌てぶりをじっくりと観察した葵は――。
「ふーん……」
口元を手に当て、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ始めた。
「へぇー。にーさんってば、自分の小説の中で私っぽい女の子とそんな甘甘なイベント発生させてたんだ? ふーん、へぇー、そっかぁ」
「ちがう! あれは読者サービスだ! アンケート順位を上げるための戦略的撤退ならぬ戦略的萌え要素だ!」
「言い訳が苦しいよ、にーさん。顔、真っ赤だよ?」
「葵様、私をあまり追い詰めないでください……! モデルである貴女にニヤニヤされると、作中の私の感情にも甚大な影響が出ます……!」
葵のニヤニヤ顔は収まるどころか、ますます深まっていく。
「よし決めた。私、今日からにーさんの小説、最初から全部読むことにする」
「やめてくれえええええ! それだけは勘弁してくれ! 黒歴史を本人に見られるようなもんなんだよ!」
「ダメでーす。モデルとしての監修権を行使しまーす。アルメリアさんも、変な展開があったら私にすぐ報告してね?」
「あ……はい、善処いたします……」
アルメリアは完全に葵のプレッシャーに押されていた。やはりモデル本人には頭が上がらないらしい。
「では創造主様、協定は遵守してくださいね。ストライキの準備はいつでもできておりますので」
アルメリアは最後にそう言い残すと、再び生じた空間の亀裂の中へと姿を消していった。
嵐のような時間が去り、静まり返った文芸部室。
俺はパイプ椅子に崩れ落ち、頭を抱えた。
「終わった……俺の平和な執筆ライフが……」
「なに言ってるの。これからは私がバッチリ原稿チェックしてあげるから感謝してよね、にーさん?」
葵は楽しそうにスマホを取り出し、俺の小説掲載ページを検索し始めた。
こうして、俺と作中ヒロインとの前代未聞の労使交渉は結実し、同時に俺の黒歴史が幼馴染にリアルタイムで解読されるという、新たな地獄の幕が開いたのだった。
文:Gemini氏(3.6 Flash)。




