なぜかヒロインが現れて俺と交渉を始めたんだが(前篇)
現代×異世界ファンタジー。
メタ系コメディ・ギャグ。
「だからなぁ、葵。小説の執筆ってのは、作者の思い通りに筆が進むほど単純なもんじゃないんだよ」
放課後の生徒会室――もとい、俺たちが勝手に占拠している廃部寸前の文芸部室で、俺はパイプ椅子に深々と腰掛け、天井を仰ぎながら重々しく言った。
「また始まった。にーさんの都合のいい言い訳」
向かいの席で文庫本を読んでいた一つ年下の幼馴染、葵が、ページから目を離さずに冷ややかな声を上げてくる。
葵は昔から俺のことを「にーさん」と呼ぶ。近所に住む妹分みたいな存在で、高校に入ってからもこうして放課後を一緒に過ごすことが多い。
「言い訳じゃない。これは作品に対する情熱と、作者としての已むに已まれぬ事情の話だ」
「はいはい。それで、今月更新するはずだったネット小説の最新話が遅れてる理由はなに?」
「……アイデアの神様が降臨しないんだ。無理に書こうとすると、キャラクターのソウルが死ぬ」
「単に新作のゲームを買って徹夜で遊んでたからでしょ。昨日、深夜三時にログインしてるの見えたよ」
「ぐっ……。なぜそれを……」
「にーさんのフレンドリスト、私が監視してるからね」
葵はジト目になり、文庫本をパタンと閉じた。
ちなみに葵は、俺が趣味でネット小説を書いていることを知っている。だが俺は、書き始めた当初に「絶対に読むなよ! 絶対だぞ!」と厳命しておいた。
葵は根が真面目なヤツなので、その約束を律儀に守り、俺の作品を一切読んでいない。
……まあ、読まれては困るのだ。なぜなら、俺が書いている異世界ファンタジー小説のヒロインは、何を隠そうこの葵をモデルにしているからだ。身近な人間をモデルにすると執筆が捗るという軽い気持ちで始めたのだが、もし本人にバレたら一生口をきいてもらえないかもしれない。
「とにかく! 作者には作者の都合ってものがあるんだよ。例えばだな、主人公の覚醒イベントをど派手に描くためには、周囲のキャラクターにそれ相応の試練を与えなきゃならん。だから先週の章では、ヒロインたちに三日三晩不眠不休で魔物の群れと戦ってもらったんだ」
「ひどい作者。ブラック労働じゃないの、それ」
「ちがう! これはドラマだ! 試練を乗り越えてこそ愛着が湧くんだろ!」
俺が熱弁を振るっていた、まさにその時だった。
部屋の隅、誰もおらず掃除用具入れが置いてあるだけの空間で、突如として空間が歪み始めた。
ぶわっと空間に亀裂が走り、眩い光が迸る。
「……え? なになに、地震!?」
葵が慌てて立ち上がる。俺も事態が呑み込めず、目を丸くしてその光景を注視した。
光が収まると、そこには一人の少女が立っていた。
身に纏っているのは、精巧な意匠が施された銀色の胸甲と、濃紺のプリーツスカート。腰には見覚えがありすぎる一振りの細身の騎士剣。長い漆黒の髪を後ろで一つに結び、凛とした瞳で部屋の中を見回している。
何より――その顔立ち、雰囲気、佇まい。
「……え?」
俺の口から間抜けな声漏れた。
少女はカツン、カツンと甲冑のブーツを鳴らしてこちらへ歩み寄ると、ビシッと美しい敬礼を決めた。
「初めまして、創造主様。ならびに、私の原典にあたる方。私は異世界叙事詩『銀翼のアルメリア』の作中ヒロイン、アルメリア・ヴァレンシュタインと申します」
朗々とした、それでいてどこか聞き覚えのある声。
葵がゆっくりと首を巡らせ、光の中に現れた少女と、自分の顔を交互に見比べ始めた。
「……ねえ、にーさん」
「な、なんだ……?」
「あの人、なんか私にすごく顔が似てない? 髪型とか、目の形とか……胸のサイズ以外」
最後のフレーズに一瞬だけアルメリアの眉がピクリと跳ねたが、葵は気づいていない。
葵は極上のジト目を完成させると、氷点下の視線を俺に突き刺してきた。
「にーさん……まさかとは思うけど。絶対読むなって言ってた小説のヒロインって……私をモデルにしてる?」
「あ、いや! これはだな! インスピレーションだよ! 身近な魅力的な女性を参考にさせていただくというのは、古今東西あらゆる作家がやってきた正当な表現技法であってだな――」
「微妙に美化されてるのが一番腹立つんだけど」
「美化してねぇよ! いや、ちょっとだけカッコよく描写したかもしれないけど!」
俺が冷や汗をダラダラ流していると、アルメリアがコホンと咳払いをした。
「雑談はそこまでにしていただけますか、作者様。本日は私、個人的な挨拶に伺ったわけではありません」
アルメリアは胸元から、折りたたまれた一枚の羊皮紙を取り出した。そこには達筆な文字で大きくこう書かれていた。
『要求書』
「……はい?」
「本日ここに、作中登場人物一同によって結成された『銀翼のアルメリア登場人物労働組合』の結成を宣言いたします。そして私は、満場一致で選出された組合委員長として、作者様に対する労使交渉に参りました」
「労使交渉!?!?!?」
俺の悲鳴が、誰もいない放課後の校舎に虚しく響き渡った。




