お妾さんたちがメンドくさい(前篇)
異世界ファンタジー。
ゆるいコメディ。
商人の娘と異国の王子との交流。
戦争が終わって、三年になる。
私の国と隣国は、つい数年前まで激しく争っていた。
国境では兵士が死に、村が焼け、商隊は襲われ、互いの国民は相手を恐れていた。
当然、私も隣国には良い印象を持っていなかった。
商人の娘として育った私は、戦争が商売にどれほど迷惑なものか、嫌というほど知っている。
父の店も一時は危なかった。
だから、休戦が決まったときには素直に喜んだものだ。
ところが、その休戦から半年ほど経ったころ。
隣国の第一王子が、こちらの国を旅して回るという話が持ち上がった。
名目は親善。
実際には、戦後の交流を深めるための視察旅行らしい。
そして、その王子は変わった人物だった。
とにかく国中を歩き回った。
王都だけではない。
港町にも行けば、山奥の村にも行く。
商人の市場に顔を出したかと思えば、農村で鍬を持っている。
しかも、王族だからと偉そうにすることがない。
宿では宿の主人と酒を飲み、街道で荷車が壊れていれば押すのを手伝う。
その姿を見た人々が、少しずつ隣国への印象を変えていった。
もちろん、私は単純に感動したりはしなかった。
戦争をしていた相手国の王子なのだから、警戒するのは当然だ。
ただし。
人柄については、認めざるを得なかった。
――問題は。
「また連れてる……」
私が思わず顔をしかめた先には、その王子がいた。
異国の第一王子、レオン。
庶子として生まれたため、王位継承権は低い。
本人も王位にはあまり興味がないらしく、政治的な野心を表に出すこともない。
皮肉屋で、人をからかうのが好き。
そして何より。
会うたびに女を連れている。
今日もそうだった。
王子の右腕には、豊かな胸元と艶やかな髪を持つ美女がしなだれかかっている。
名をセレネという。
色気というものを人間にしたらこうなるのではないか、という女性だ。
そして左側には、背筋を伸ばした気品ある女性。
クラリッサ。
王族の侍女だったという噂がある。
さらに少し後ろには、小柄で愛らしい女性。
ミーナ。
三人とも、王子の側室だ。
「やあ」
私に気づいた王子が手を上げる。
「今日は一人なんですね」
「そう見えるか?」
「見えません」
私は即答した。
王子の隣にはセレネ。
その後ろにはクラリッサとミーナ。
「三人もいるじゃないですか」
「よく見てるな。俺の女たちを」
「嫌でも目に入ります」
「そうか。そんなに俺のことが気になるか」
「王子本人には特に興味ありません」
「へえ」
王子が楽しそうに笑った。
「じゃあ、俺の女たちは?」
「もっと興味ありません」
「残念だな」
「残念そうに見えませんけど」
「よく分かったな。お前、観察力だけはある」
腹が立つ。
腹が立つが、この男のこういうところは嫌いではない。
嫌味を言っても相手を本気で傷つけようとはしない。
戦争で傷ついた人間を見れば、冗談をやめて真面目に話を聞く。
商売の話をすれば、王族の立場など忘れたように熱心に質問してくる。
だから私は、この男そのものを嫌っているわけではない。
ただ。
「……お妾さんが多い人は信用できません」
私がそう言うと、王子は肩をすくめた。
「三人だけだぞ」
「三人もです」
「正室はいない」
「それが余計に問題なんです」
「そうか?」
「そうですよ」
すると、セレネがくすくす笑った。
「まあまあ。そんなに怒らないでくださいな」
彼女は王子の腕にさらに体を寄せる。
それを見て、私はさらに顔をしかめた。
「……」
「なんだ、その顔」
「別に」
「俺の側室を見るたびに、その顔をするな」
「王子が毎回違う人を連れてくるからです」
「今日は三人とも同じだぞ」
「そういう意味じゃありません!」
私が叫ぶと、三人の女性が顔を見合わせた。
なぜか、楽しそうだった。
その日からだった。
私の周囲に、妙な女性たちが現れるようになったのは。
最初はセレネだった。
市場で偶然を装って現れた。
「ごきげんよう」
「……こんにちは」
「あなた、あの王子様がお嫌い?」
「嫌いではありません」
「では、お好き?」
「そういう話でもありません」
「まあ」
セレネは嬉しそうに笑った。
「では、どんな男性がお好み?」
「どうしてそんな話になるんですか」
「大切なことですもの」
「何が大切なんですか」
「いろいろと」
それだけ言って、彼女は去っていった。
次の日にはクラリッサが来た。
「少しよろしいでしょうか」
「はい」
「あなたは殿下をどう評価していますか?」
「人としては立派だと思います」
「具体的には?」
「戦争で傷ついた人たちへの態度。身分を笠に着ないところ。それと、商人の話をよく聞くところ」
「ほう」
クラリッサは満足そうに頷いた。
「では、殿下の妻になることについては?」
「嫌です」
「即答ですか」
「だって、お妾さんが三人もいるじゃないですか」
「なるほど」
クラリッサは何かを考えるように顎に手を当てた。
「たいへん参考になりました」
「何の参考ですか?」
「いえ、こちらの話です」
その翌日。
今度はミーナだった。
「ねえねえ」
「はい?」
「好きな食べ物って何?」
「……え?」
「あと、好きな色!」
「どうして?」
「好きな動物は?」
「待ってください」
「趣味は?」
「待って!」
ミーナは目を丸くした。
「だめ?」
「だめというか……何なんですか、あなたたち」
「何って?」
「私に何を聞きたいんですか?」
「えっと……」
ミーナはしばらく考えた。
「いいお嫁さんになれそうかどうか?」
「誰のですか?」
「……」
「誰の?」
「秘密」
そう言って、ミーナは逃げていった。
私は呆然とその背中を見送った。
翌日、王子本人に会った。
「最近、お前、俺の女たちと仲がいいらしいな」
「よくありません」
「そうか?」
「毎日誰かが来て、変な質問をしていくんです」
「へえ」
「何か知ってるでしょう」
「さあな」
「絶対知ってますよね」
「俺は何も知らない」
「嘘つき」
王子は笑った。
「お前、本当に俺に遠慮しなくなったな」
「王子がそういう態度だからでしょう」
「それは褒めてるのか?」
「半分くらいは」
「じゃあ残り半分は?」
「呆れています」
「なるほど」
王子は楽しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、私はどうにも調子が狂う。
この人が戦争をしていた国の王子だということを、時々忘れてしまう。
そして、三人の側室たちも。
私には何かを隠している。
それだけは、はっきり分かった。
問題は。
それが何なのか、まるで分からなかったことだ。




