国王陛下が面接にきたので思わず「はあ?」と言ってしまった(後篇)
異世界ファンタジー。
ゆるいコメディ。
凸凹バディもの。
嵐が吹き荒れる裏山で、巨躯を震わせる岩喰い竜は咆哮を上げていた。
硬質な岩肌のような鱗は並の鉄剣を弾き返し、その鋭い爪は立ち木を易々と薙ぎ払う。避難が遅れた幼い子供と母親が、押し潰された家屋の陰で小さく丸まっていた。
「ウロォォォォン!」
振り下ろされる巨腕。
「そこまでだ」
閃光が一閃した。
リリスのマントが夜風に翻り、次の瞬間にはグラン・ガルバの巨腕が切断面から鮮血を撒き散らして宙を舞っていた。一瞬の出来事だった。抜刀の瞬間すら目視できない超絶の神速。
「グオオオッ!?」
「クロード!」
「任せろ! 『氷槍の連雨』!」
俺が掲げた杖から、数百の氷の槍が降り注いだ。魔獣の足元を凍りつかせ、動きを完全に封殺する。
「終わりだ」
リリスが地を蹴った。
その姿が残像となり、次の瞬間にはグラン・ガルバの首元を通り抜けていた。数秒の静寂の後、巨獣の首がズリリと滑り落ち、山のような巨体が地に伏した。
討伐時間、一分四十五秒。
「ふう……手応えのない」
刀身の血を払い、静かに納刀するリリス。
「無茶苦茶だな、相変わらず……」
俺は安堵の溜め息をつき、恐怖に震えていた親子のもとへ駆け寄った。傷がないことを確認し、村の避難所へと送り届ける。
村人たちからの感謝の嵐を背に受けながら、俺たちは嵐が去りかけた夜道を万屋へと戻った。
「いい汗をかいた。やはり現場はいい」
「お前なぁ……まあ、怪我がないならよかったけどよ」
俺たちは泥で汚れたブーツを脱ぎ、事務所のカウンターで温かい紅茶を淹れた。ひどく疲れたが、充実感があった。かつて二人で世界を旅していた頃の、あの青く熱い感覚が胸に蘇っていた。
だが、その余韻は長続きしなかった。
翌朝。
事務所のドアが、まるで打ちこわしでもするかのような激しさで開け放たれた。
「陛下ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
悲鳴のような叫び声とともに雪崩れ込んできたのは、豪華な官服に身を包んだ中年男性だった。ヴァルハイト王国宰相、バルバロッサ伯爵である。その後ろには、憲兵隊長と法務院長、さらには筆頭書記官たちが青ざめた顔でズラリと並んでいた。
狭い事務所が、一瞬で王国の権力者たちで埋め尽くされた。
「はあ!?」
俺は紅茶を吹き出した。
「あ、宰相。おはよう。朝の挨拶にしては声が大きいぞ」
リリスはカウンターで優雅に紅茶をすすりながら、至極平然と言い放った。
「おはようございますではございません! 陛下! 昨夜、裏山の魔獣を討伐されたのは陛下ですね!?」
宰相は血走った目でリリスに詰め寄った。
「そうだ。万屋の依頼として受け、速やかに遂行した。国民の命と財産を守るための正当な防衛行為だ。何か問題でも?」
「大問題に決まっているでしょうがぁぁっ!」
宰相は髪を掻きむしりながら、分厚い書類の束をカウンター叩きつけた。
「先王陛下が構築された最高効率官僚機構のルールをお忘れですか!? 魔獣の討伐および災害救助は、地方自治体から憲兵隊を経由し、騎士団へ正式に予算と動員要請が下りてから実行されるプロセスになっております!」
「だが、それでは間に合わなかった。現に村は全滅の危機だった」
「だとしてもです! 国王陛下が個人的に魔獣を討伐してしまっては、騎士団の存在意義が問われ、来年度の防衛予算の概算要求に壊滅的な狂いが生じるのです! さらに『国王自らが現場で戦った』などという実績が作られれば、民衆の行政への信頼が失墜し、官僚機構の空洞化を招きます!」
宰相の叫びに、法務院長も深々と頷いた。
「その通りでございます陛下。さらに言えば、今回の討伐によって発生した魔獣の素材解体権、および土地の所有権に関する損害賠償請求が、農務省と環境管理庁の間で複雑化しており、現在三つの省庁で書類のたらい回しが発生しております!」
「な、なんだって……?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
人を救った。魔獣を倒した。冒険者の世界なら『大金星』で終わる話だ。だが、先王が作り上げた『完璧な国家システム』においては、王の気まぐれな英雄的行為は、システムの円滑な運用を阻害する巨大な『バグ』でしかなかったのだ。
「さらに! もっとも重大な問題がございます!」
宰相が俺を鋭い眼光で指さした。
「こちらの魔法使い、クロード氏! 貴方は国家最高機密である国王陛下を私的な労働に従事させ、さらには最高危険度の戦闘地域へと同伴させた! これは国家謀叛罪、および国王不敬罪に該当する可能性が極めて高い!」
「はあぁぁぁ!?」
俺は跳び上がった。
「冗談じゃない! 俺は止めたんだ! こいつが……いや、陛下が勝手に応募してきて、勝手に付いてきたんだよ!」
「言い訳は法廷で聞きましょう! 憲兵隊、この男を――」
「待て、バルバロッサ」
静かな、だが絶対的な威厳を含んだ声が室内を支配した。
リリスがゆっくりと立ち上がっていた。その青い瞳には、王としての絶対の意志が宿っていた。
「クロードに罪はない。すべての責任は、彼を半ば脅迫するように雇わせ、現場へ同行した私にある。彼を罰するというなら、まず私を全責任を問うて廃位するがいい」
「へ、陛下!? そのような暴論が通るはずが――」
「通るはずだ。なぜなら、私はこの国の象徴であり、法の最高適用者だからだ」
リリスは宰相の目をじっと見つめた。
「宰相。父上が作り上げた官僚制は素晴らしい。国は豊かになり、民の暮らしは安定した。……だが、システムが完璧であればあるほど、溢れ落ちる『一瞬の危機』に対応できなくなる。昨夜の村がそうだった。手続きを待っていたら、数百の民が死んでいた」
宰相は言葉を詰まらせた。
「私は王だ。実権はなくとも、民の命を守る最終防衛線である覚悟はある。システムが拾いきれない隙間を埋めるのが、私という『象徴』の余白であるはずだ」
室内が静まり返った。
完璧な官僚制。それは先王が命を削って作り上げた奇跡のシステムだ。だが、完璧な機械にも『あそび』が必要なように、国家にも法では縛り切れない個人の情熱や、臨機応変な救済が必要なのだ。
リリスの言葉は、完璧なシステムに命を吹き込む言葉だった。
しばらくの沈黙の後、宰相は深く、深く溜め息をついた。
「……ハァ。先王陛下も、困ったお方でした。そして現陛下も、やはりその血を引いておられる」
宰相は眼鏡の位置を直し、手元の書類を数枚破り捨てた。
「分かりました。昨夜の件は『防衛省の極秘特務演習』として処理します。岩喰い竜の素材はすべて当該村の復興資材として寄付されたことにし、憲兵隊の報告書も書き換えましょう」
「宰相、いいのか?」
俺が尋ねると、宰相は疲れ切った顔で俺を睨んだ。
「よくありませんよ! ですが、陛下を罪に問うわけにもいかず、貴方を処刑すれば陛下が本格的にストライキを起こして国政が滞る! これが我が国の官僚が出した『最も合理的な妥協策』です!」
大臣たちが一斉に苦笑いを浮かべた。
「ただし! 陛下!」
宰相はリリスに向かってビシッと指を突きつけた。
「万屋の副業は認めます! 憲法上、禁止できませんからね! ですが、条件があります! 『時給の二割を公務員副業税として国庫に納めること』、そして『危険度Aランク以上の現場作業には、必ず極秘裏に暗部護衛を三名同行させること』! これを飲めないなら、私は今すぐ宰相を辞任します!」
「……ふむ。妥当な要求だな。受け入れよう」
リリスは満足そうに頷いた。
「それと、クロード殿」
宰相が俺に向き直り、丁寧なお辞儀をした。
「陛下の『あそび』のお相手、誠にご苦労様です。どうか……どうか陛下が暴走しないよう、手綱をしっかり握っていてください。国家の安寧は貴方の肩にかかっています」
「いや、俺ただの平民の魔法使いなんですけど……」
俺の切実なつぶやきは、大臣たちの退室する足音にかき消された。
全員が去り、静けさを取り戻した事務所で、俺とリリスは残された紅茶を眺めていた。
「……大ごとになったな」
「そうだな。だが、悪くない結果だ」
リリスは一口紅茶を飲み、微笑んだ。
「これでこれからも、お前の助手として働ける。副業税の計算は少し面倒だがな」
「はあ……本当に、とんだ国王陛下だよ」
俺は頭を抱えながらも、思わず笑ってしまった。
責任感が強い俺のことだ。こうなってしまった以上、腹を括るしかない。一国の王様を助手として雇い、国家のシステムからはみ出した小さな悲鳴を拾い集める。世界中を探しても、こんな万屋はどこにもないだろう。
「さて、クロード。本日の次の依頼は何だ?」
「えーっと……東地区のマダム・ルブランの愛猫捜索だ。木から降りられなくなってるらしい」
「了解した。国家の威信にかけて、三分で奪還する」
「猫相手に威信を出すな! 優しく抱っこして連れてくるんだよ!」
「……了解した。指示に従おう、雇い主」
リリスは嬉しそうに長剣の帯を締め直した。
青空が広がる王都の街へ、俺たちは再び歩き出した。
国王陛下と平民の魔法使い。奇妙で、忙しく、そして少しだけ誇らしい俺たちの日常は、これからも続いていくのだ。
文:Gemini氏(3.6 Flash)。




