オバチャンちゃうわJKや!(後篇)
主人公は女子高生VTuber。
コメディ・関西弁ネタ・世代ネタあり。
※作中に登場するVTuberは架空の人物です。
日曜日、午後八時。
私は自宅の部屋で、真壁から借りたノートPCの前に座っていた。
ディスプレイに映っているのは、OBSの配信画面と、真壁が描いてくれた美少女モデル「結城あおい」。
「ふぅ……緊張してきた……」
両親は気を効かせて「あおいの晴れ舞台やからな!」と、近所の温泉施設へ出かけてくれた。家には私一人。防音対策として壁に毛布を貼り付けた手作りの配信環境だが、集中するには十分だ。
キーボードを叩き、真壁にメッセージを送る。
『真壁、そろそろ始めるで! 準備ええか?』
すぐに返信が来た。
『おう。裏でモデレーターとして監視してるから、なんかトラブルあったらチャットで指示出す。落ち着いてやれよ』
『了解! よーし、いくぞ〜!』
配信開始ボタンをクリックする。
「はい、みんなやっほー! 結城あおいです! 今日は活動半年記念配信に来てくれておおきに〜!」
画面上の美少女Vが、私の動きに合わせて可愛らしく首を傾げる。
一瞬でチャット欄が激しい速度で流れ始めた。
『きたあああああ』
『オバチャンやっほー』
『今日も元気な五十代』
『半年おめでとう! まだ逮捕されてないのか』
『おい誰だオバチャンって言ったやつ! お姉さんだろ!』
「誰が五十代やねん! うち現役の女子高生! JK! 十七才! 華の華のセブンティーンやぞ!」
いつものお決まりのやり取りに、コメント欄が『wwww』で埋め尽くされる。同接人数は開始三分で五百人を突破していた。過去最高のペースだ。
「今日はね、半年記念ということで、みんなからの質問に答えたり、美味しいもん食べながら雑談していこうと思います!」
私は机の上に用意した「ご馳走」を画面の前に掲げた。
「じゃーん! 今日の夜食はこれ! 近くのコンビニで買ってきた豚まんです!」
即座にコメント欄が反応する。
『豚まん???』
『肉まんだろ』
『出た、関西人特有の豚まん呼び』
『肉まんと言え』
「なに言っとんの! 関西では『肉』と言ったら牛肉のこと指すんよ! やから豚肉が入っとるこれは『豚まん』以外の何物でもないの! 関東来てからみんなが『肉まん』って言うの、最初は違和感すごかったんやから!」
『※なお、今の若い関西人は普通に肉まんと言います』
『中の人の年齢(推定52歳)が露呈する発言』
『オバチャン世代の知識で草』
「ちゃうわ! うちのお父さんとお母さんが『これは豚まんや』って教えてくれたんやもん! 若い子やって言う……言うんとちゃうかなぁ……?」
急に自信がなくなって語尾が小さくなると、コメント欄は大爆笑の渦に包まれた。
配信は順調に進んだ。真壁が作ってくれた素晴らしいサムネイルのおかげか、新規のリスナーもどんどん流入してくる。同接は千人を超え、チャンネル登録者数もついに目標の三千人に達した。
「うわぁ……三千人いった……! みんな、ほんまにありがとう……!」
感動で少し目頭が熱くなる。
不器用で、周りに合わせられなくて、自分の言葉で喋るのが怖かった私が、こうしてたくさんの人に受け入れられている。真壁が背中を押してくれなかったら、絶対に味わえなかった達成感だ。
「ほんま、感謝しかないわ。実はな、このVのモデルを作ってくれた絵師さん……モデラーさんにお礼言いたいんよ。その人が居らんかったら、うち今ここにおらへんから」
コメント欄に『おおー』『神絵師さんに感謝』『有能スタッフ』という文字が踊る。
裏で見てくれているはずの真壁に届くよう、私は言葉を続けた。
「その人、普段はめっちゃぶっきらぼうでさ。『お前はオバチャンだ』とか酷いことばっかり言うねんけど、裏ではめっちゃ優しくて、パソコンのこと何でも教えてくれて、うちのために徹夜でこの可愛いイラスト描いてくれてん。ほんまに、最高の相棒やと思ってます!」
照れくささを隠すように、私は口を尖らせた。
「まあ、その人も関東の人やからさ、たまに話が噛み合わへんけどな! この前も『ひやしあめ飲みたいわぁ』って言ったら、『何それ?』みたいな顔されたし!」
『ひやしあめwwww』
『またマニアックな缶飲料を』
『サンガリアのやつか!』
『夏はひやしあめ、冬にあめゆになる缶のやつな!』
「そう! サンガリアのやつ! 同じ缶の表と裏に『ひやしあめ』と『あめゆ』って書いてあるやつ! あれ冷やして飲むと最高に美味しいんよ! 関東のスーパーには全然売ってなくて、うちショック受けたんやから!」
一気に熱弁を振るう私。
その時だった。
コメント欄の流れが、ふと変な方向へと傾き始めた。
『あ、それ知ってる』
『俺の推しVも先週それ飲んでた』
『え?』
『待って、ひやしあめと言えばあいつだろ』
『まさか……?』
ん? 何か様子がおかしい。
リスナーたちが、ある一人の「大物VTuber」の名前を出し始めたのだ。
『「黒銀クロノ」と同じこと言ってる!』
『クロノ様も「ひやしあめはサンガリアに限る」って熱弁してたぞ』
『黒銀クロノって、登録者50万人のあのプロPCモデラーV???』
黒銀クロノ。
私も知っている。VTuber界隈では超有名な、男性VTuberだ。圧倒的なトーク力と自作PCの知識、そしてプロ級のイラスト制作・Live2Dモデリング技術を持ち、若者を中心に絶大な人気を誇る大手Vである。
「え? 黒銀クロノさんも、ひやしあめ好きなん? へぇ〜、有名人とおんなじ好みなのは光栄やなぁ」
私がのんきに笑っていると、突如、コメント欄に「奇跡」が起きた。
画面上のコメント欄に、黄金色に輝く特別なアカウントが書き込みをしたのだ。公式の認証マークがついた、本物のアカウント。
【黒銀クロノ】: 『ひやしあめ最高だよな。ちなみに俺もオリックスファンだし、カバンには「おっ!サン」のストラップついてるぞ』
……え?
「えええええええええっ!?!?!?」
私は思わず大声を上げて立ち上がった。
『は!?!?!?』
『本物きたあああああああ!?』
『クロノ様!? なんでこんな弱小Vの配信に!?』
『待ってスパチャすご』
『てか内容がピンポイントすぎるだろwwww』
【黒銀クロノ】: 『あと、いつも机の上に飴玉投げてくれてサンキュな。美味しく食べてるよ』
時間が凍りついた。
静寂。
部屋の中で、PCの冷却ファンの音だけが虚しく響いている。
「……え?」
頭の中で、いくつかの情報が高速で結びついていく。
自作PCのマニア。
プロ級のイラストとモデリング技術。
関東在住の高校生。
「おっ!サン」のストラップの正体を知っていた。
私が今さっき渡したイチゴ味の飴玉。
そして何より、真壁のPCの画面の端にいつも映っていた、見覚えのある黒と銀のキャラクターアイコン。
「真壁……? 嘘やろ……?」
画面上のコメント欄には、さらに黒銀クロノからのメッセージが追加される。
【黒銀クロノ】: 『配信中に中の人の個人情報バラすなよ。あと、「最高の相棒」とか言われてちょっと照れたわ。記念配信、大成功おめでとう。結城あおい』
チャット欄はもはや祭り状態だった。
『大物Vの正体が同じクラスの男子生徒だった件wwww』
『てかクロノ様が裏方やってたのかよ!』
『結城あおい、バックボーンが強すぎて草』
『ていうか二人の距離感エモすぎだろ!!』
『オバチャンじゃなくてマジで青春漫画の主人公だった』
「あ……あああ……あわわわわ……!」
パニックになった私は、キーボードのブラウザを誤操作しそうになりながら、必死で画面に向かって叫んだ。
「ま、真壁ぇぇぇぇぇ! 自分、登録者五十万人の超大手Vやったんかーーーい!!!!」
翌日。月曜日の放課後。
昨日の配信の後、私のチャンネル登録者数は一夜にして三万人を突破していた。大物V「黒銀クロノ」が手掛ける新人美少女Vとして、一気にネット上で話題になってしまったのだ。
教室で、私は真壁の机を激しく叩いていた。
「ちょっと真壁! どういうことなん説明してぇな! 自分、そんな凄腕Vやったら最初から言いなさいよ!」
「痛い痛い、机叩くな西園寺。……はぁ、バレちゃったものは仕方ないだろ」
真壁は困ったように苦笑しながら、眼鏡の位置を直した。
「隠すつもりはなかったんだけどさ。俺のリスナーに知られたら、お前に変な圧力がかかるかと思って黙ってたんだよ。『黒銀クロノのコネでデビューした』とか言われたら嫌だろ?」
「それは……そうかもしれんけど……! うち、昨日真壁のこと『最高の相棒』とか激エモなこと言っちゃったやん! めっちゃ恥ずかしいわ!」
「まあ、俺は嬉しかったけどな」
真壁がサラリと言い放つ。
「〜〜〜〜っ!?」
顔が一気に熱くなるのが分かった。関東の男子はこれだから油断できない。
「それにさ」
真壁はカバンの中から、小さな缶を取り出した。
濃い黄色と赤のパッケージ。表には「ひやしあめ」、裏には「あめゆ」と書かれた、あのサンガリアの缶飲料だ。
「これ……どこで手に入れたん?」
「秋葉原のアキバ名物自動販売機までチャリ飛ばして買ってきた。お前が飲みたがってたろ」
真壁はそれを私に手渡すと、照れくさそうに顔を背けた。
「……お前が関西から引っ越してきて、ずっと無理して周りに合わせようとしてたの、なんとなく分かってたんだよ。俺も昔、ネットで自分の好きなことを上手く出せなくて苦しかった時期があったからさ」
「真壁……」
「だから、お前が自分の言葉で、自分の好きなこと……たとえそれが親世代の古いネタでも、堂々と楽しそうに話してる姿が見たかったんだ。結城あおいの配信、本当に面白いよ。俺の自慢の作品だ」
冷たい缶の感触が、手に心地よい。
私は缶のプルタブを押し開け、一口口に含んだ。
生姜の風味と、麦芽水飴の優しい甘さが口いっぱいに広がる。懐かしい、大好きな味だ。
「……うん。めっちゃ美味しい」
私はフッと微笑むと、カバンのポケットからいつものイチゴ飴を取り出し、真壁の手のひらに押し付けた。
「はい、これお礼」
「また飴かよ」
「文句言わんの! ウチの『最高の相棒』への、特別な報酬やからな!」
真壁は呆れたように笑いながら、その飴の包み紙を破って口に運んだ。
「あ、そうだ。次の配信の企画だけどさ」
「なに?」
「『現役JKVが教える! 本当に正しい豚まんの食べ方とルビー・サファイアの思い出』ってどうだ?」
「それ完全にオバチャン扱い加速するやつやろがい!」
夕暮れの教室に、二人の笑い声が響き渡る。
運命のいたずらが引き寄せた、最高に奇妙で、最高に温かい私たちの放課後。
画面の向こうで何と言われようと構わない。
私は今日も元気に声を張るのだ。
「オバチャンちゃうわ! 現役JKや!」と。
文:Gemini氏(3.6 Flash)。




