オバチャンちゃうわJKや!(前篇)
主人公は女子高生VTuber。
コメディ・関西弁ネタ・世代ネタあり。
※作中に登場するVTuberは架空の人物です。
カバンにつけた怪しげなキャラクターのストラップが、歩くたびにシャラシャラと揺れる。
黄色い丸型の頭部に目とメガネ、鼻の下にはチョビヒゲ。顔から直接生えた手足。サンテレビのキャラクター「おっ!サン」である。
関東の高校に通うようになって三年目。このストラップの正体を見破った人間は、後にも先にも隣を歩くこの男一人しかいない。
「なあ、真壁。さっきから何の絵描いてんの?」
放課後の教室。机を並べて残っていた私は、スケッチブックにシャープペンシルを走らせる真壁の手元を覗き込んだ。
「ん? 次の配信で使うサムネイルのラフだよ。西園寺。お前、今週末で配信始めてちょうど半年だろ? 記念枠用の画像を準備してやってんだよ」
真壁は眼鏡の奥の目を細め、無造作に伸びた前髪を払いながら言った。
真壁涼。クラスメイトで、根っからのPCマニアだ。小遣いはもちろん、放課後のアルバイト代まで全てパーツ代やグラフィックボードに注ぎ込むような筋金入りのオタクである。
そんな彼が、高校二年の秋に暇を持て余していた私に言ったのだ。「西園寺のその関西弁と独特のテンポ、VTuberにしたら絶対にウケる」と。
最初は冗談だと思った。しかし真壁は本気だった。自宅で余っていたサブのノートPCを貸し出し、OBSの設定からLive2Dのセットアップ、果ては配信用のキャラクターイラストまで全て一人で準備してしまったのだ。
「ほんま助かるわ。真壁が居らんかったら、うち今頃Youtubeのログイン方法すら分からんくて詰んでたで」
「感謝しろよな。おかげで俺のバイト代、今月も新しいディスプレイ買えずに消えたんだから」
「そりゃわるいことしたなぁ。お礼に今度、マクド奢ったるわ」
「マックな。……まあいいけど。それより西園寺、今回の配信の企画はどうすんだ? 相変わらずコメント欄は地獄だぞ」
「地獄って言うなや。みんな温かいリスナーさんやで?」
「温かいっていうか……お前、完全に『関西の五十代オバチャン』だと思われてるだろ」
私は思わず持っていたシャーペンを落としそうになった。
「だから! うちは現役ピチピチの女子高生や言ってるやろ! なんで誰も信じてくれへんの!?」
「自覚がないのが一番怖いんだよなぁ……」
真壁は深々と溜息をついた。
そう、私のVライバーとしての活動名義は「結城あおい」。真壁が描いてくれたモデルは、ピンクの髪をツインテールにした、どこからどう見ても可憐な美少女女子高生VTuberである。
だが、配信が始まると様子が一変する。
私が画面に向かって「みんな、やっほー!」と挨拶した瞬間から、コメント欄には『オバチャン投薬の時間だぞ』『今日も元気にアメちゃん配ってそう』『中の人の年齢層が高すぎるV』といった言葉が飛び交うのだ。
原因は分かっている。私の「知識の偏り」だ。
中学一年の時に父親の転勤で関西から関東へ引っ越してきた私は、昔から大の親父っ子・お袋っ子だった。休みの日はいつも親子三人でドライブに行き、車内では両親が青春時代に聴いていた曲が延々と流れていた。家でのゲームも、両親が昔ハマったというレトロハードばかり。
私にとってはそれが「当たり前の日常」だったのだが、同年代の高校生に通じるはずもなく、配信でふとした拍子にその素が出てしまうのだ。
「この前もゲーム配信中に『ルビー・サファイア』の思い出熱弁してただろ。今のJKはポケモンと言えばスカバイなんだよ」
「だってレックウザ獲る時のマッハ自転車の操作、めっちゃ難しかったやんか! グラードンとカイオーガのバトルとか激熱やったやろ!」
「そういうとこだよ! あと、雑談配信中に無意識で歌う鼻歌がKiroroってどういうことだよ。『未来へ』とか『長い間』を完璧な音程でハミングする女子高生がどこにいるんだよ!」
「ええ曲やんか! お母さんが車でいっつも歌ってたんやもん!」
私はカバンの中からイチゴ味のキャンディを取り出し、口に放り込んだ。そしてもう一個を真壁の机の上にポイと投げる。
「ほら、真壁も舐めぇ」
「……ほらな。そうやって無造作にポケットから飴玉を出して人に配るムーブが、完全に大阪のオバチャンなんだよ」
「飴ちゃん配って何が悪いんよ! 水分補給と糖分補給は基本やろ!」
「飴に『ちゃん』付けてる時点で察しろ」
くそう、と言い返せないのが口惜しい。
だが、私だってこれでも気を使っているのだ。関西出身だからといって、コテコテだと思われるのは癪に障る。
「うちかて努力はしとるで? よく関東の人から『関西人って家に絶対タコ焼き機あるんでしょ?』とか言われるけど、そんな都市伝説みたいな話、ちゃんと否定しとるもん」
「……で、西園寺の家にはあるの?」
「あるけど」
「あるんかい」
「うちの家はあるけど! 全家庭にあるわけちゃう言いたいんや! あとあれな、トラ柄の服着たオバチャン! あんなん都市伝説やからな! うち一回も見かけたことないで!」
「へえ、そうなんだ」
「お母さんは『昔、道頓堀で見かけたで』って言ってたけど!」
「お母さんは見てるじゃねえか!」
真壁の鋭いツッコミが教室に響く。私はフンと鼻を鳴らして窓の外を眺めた。
夕日が教室を茜色に染めている。
「……なあ真壁。うちはただ、みんなと楽しくゲームして、雑談したいだけなんやけどな」
「分かってるよ。お前の配信が面白いから、みんなイジりながらも見てくれてるんだろ。チャンネル登録者だって、もうすぐ三千人行きそうなんだから自信持てよ」
「三千人……。ほんま、信じられへんわ。真壁がPC貸してくれて、絵描いてくれへんかったら、こんな景色見られへんかった」
私はカバンにつけた「おっ!サン」のストラップを指で突っついた。
「関東に来てからさ、周りに合わせようとしてずっと標準語使おうとしてたやん? 中学の時は関西弁弄られるのが嫌で、ずっと大人しくしとったし。でも、真壁が『それ面白ろいからそのまま喋れ』って言ってくれて……なんか、救われたんよな」
真壁は一瞬目を見開き、気恥ずかしそうに視線をスケッチブックに戻した。
「……べつに。俺は単に、面白いコンテンツになりそうだと思っただけだよ。お前のその、ちょっとズレた関西人っぷりがさ」
「ズレてへんわ! 根っからの生粋の関西人や!」
「嘘つけ。お前、野球の話になると急に歯切れ悪くなるだろ。関西人なら猛虎魂見せろよ」
「うっ……」
胸の痛いところを突かれた。
「関西に居た頃はさ、周りの友達がみんな阪神ファンやったから『うちもトラキチやで〜!』とか合わせてたけど……実はうち、オリックス・バファローズファンなんよ……」
「告白が地味だな!」
「地味ちゃうわ! ほっといて! 京セラドームの雰囲気が好きなんや!」
わあわあと言い合っているうちに、放課後のチャイムが遠くで鳴った。
「よし、ラフできたぞ」
真壁がスケッチブックをこちらに向けた。
そこに描かれていたのは、華やかなライトを浴びて笑顔でマイクを握る「結城あおい」のイラストだった。背景には「半年記念&目指せ登録者三千人!」の文字。クオリティの高さに思わず息をのむ。
「うわ……すご……! 真壁、これめっちゃ可愛いやん!」
「だろ? 気合入れて仕上げてやるから、週末の配信、絶対成功させろよ」
「うん! おおきに、真壁!」
私は満面の笑みを浮かべた。
この時の私は、まだ知らなかったのだ。
今週末の記念配信で、まさかあんな「運命のいたずら」が自分を待ち受けているとは。そして、いつもクールにサポートしてくれる真壁の「本当の姿」を知ることになるとは、夢にも思っていなかった。




