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☩ なイン 滑りおちるオちル☩

 私が十歳の頃、引っ越しすることになった。祖父母の家、つまり父の実家の隣に新築した家だった。鉄筋3階建ての構造で、リシンと呼ばれるざらざらの外壁塗装を使っていた。特に色が変わっていて、母が持っていたファンデーションの色だった。子供心に(なんで肌色なん?)と格好悪いなと思っていた。

半地下というのだろうか、1番下には解放されたスペースがあり、鍬や鎌、その横には、刃先を上にして壁に立て掛けられた草刈り機が2台、トップカー、耕運機等が所狭しと置いてある。正面には機械類の燃料となる混合油が置いてあり、注ぎ口からにじみ出た香りが空間を包み込んでいた。右手のコンクリート壁一面に祖父が作った薪が几帳面に積み上げられており、母屋の五右衛門風呂を沸かす際に、焚き木としてそこから取っていくのだ。左手の鍬などが置いてある横には、じゃがいもや米を作るときに使用する化学肥料が積み上げられている。ここには軽自動車が1台は置けるスペースがギリギリ確保されていた。ただし、バランスを考えて入らないと、運転席側のドアが開かず車から降りられない状態になる。そのぐらいの狭さだった。バックが苦手な母はいつも頭から突っ込み、父は決まってバックで車を入れていた。あの狭い空間で、もがくようにして開けられた運転席のドアが、いつしか左手に積み上げられた〈馬鈴特号〉のナイロン袋を鋭く突き破っていたのだろう、床に丸い粒状の硬い肥料がこぼれていた。私が風呂焚きをしていた時に(火遊びが面白く進んでやっていた)薪を取りに来た私が、(てみ)に細く割ってある薪を3本くらいと、太い薪を4本くらいを満載して運ぼうとした瞬間、床にばら撒かれた肥料により、足が滑って転んで(てみ)ごと放り投げる形で尻餅をつき、薪と(てみ)が、頭上から降ってきた事があるのでよく覚えている。もし薪が頭に当たっていたら流血騒ぎになっていたかもしれない。次からは滑らないように気をつけて薪を運んだ。半地下の上が一階の納屋になっており、玄米を貯蔵するサイロや農機具、祖父の車を入れられるほどのスペースがあり、収穫したじゃがいもを集荷、大まかに選別、暗所に保管しておき出荷に備えてある。その際は、祖父の車を中庭に出し、空いた場所で、芋の重さや傷のつき具合を選別して箱詰め作業をするのだ。

私が幼稚園くらいのとき、祖母や祖父と一緒に重量ハカリ(じゃがいものS、M、Lを重量で決める)で遊んでいたのを覚えている。ハカリの針の震えが一瞬も止まることなく、フルフルと揺れていたのが好きだった。

その納屋の二階が私たちの住居部分だった。

引っ越してからしばらくは、平和がつづいていた。

新築の家で暮らす父母のあいだで、夜半過ぎに父による寝タバコ(ボヤ騒ぎ)と、包丁が飛び出すほどの激しい夫婦喧嘩が起きたのだ。その修羅場の残骸は、朝になっても片付けられることなく、新居の階段下へと散らばったまま放置されていた。

私は、祖父母の住む母屋の二階に部屋をもらって住んでいた。私が小さい頃、祖母が個人で被服業を営んでおり、頼まれてゆかたや背広を作っていた部屋だった。祖母が凄く良く切れるハサミで(ビィィーー)と、生地を裁断するのを面白く見ていた記憶がある。歳をとり、目が悪くなったので廃業したのだろう、その空いた部屋を私が使っていた。新築の家には、二人の弟が住んでいた。

その朝、右耳の壁越しに、(ガタゴト、カシャン、キーン) という、何かが鉄に当たるような音が聞こえてきた。ベッドを寄せている右側の土壁と柱の間の二ミリくらいの隙間から聞こえる怪音に、「何の音だろう」と怪訝に思い、母屋の二階から降りて、履き散らかしてあるサンダルを履いて、納屋へ通じる引き戸を開けた。

目の前の新築の二階へ上がる階段の一段目に掛かるように、一部分が真っ黒に焦げた布団が投げ捨ててあった。周辺には、ライターやビールの缶、タバコの残骸などが散らばっていた。私はその真っ黒の布団と、散らばるゴミを、大きく跨ぎながら手すりを掴み、震える足で階段を駆け昇った。

上りつめた先に母がいた。

弟達は昨夜のうちに母屋に避難していた。

ダンボールの中に衣類を乱暴に投げ込んで押さえつけている母に、私は息を切らしながら「どうしたん?何があったん?」と聞くと、母が怒った口調で「どうしたもこうしたもない。お父さんが寝タバコをして、もう少しで火事になるところだったんよ!」と大きい声で私に言った。

私は階段の踊り場から部屋の中に入り、父が寝ていた場所の黒く焦げた跡が濡れて鈍く光っているのを凝視していた。

母が続けて言った。

「こんなところにいたら殺される。お父さんに包丁で刺されそうになった。

あんたの横のトイレのドア見てみんさい」

私はその濡れた畳から、右のトイレの扉に視線を移した。最初は分かりにくかったが、近づいてみると、確かに三カ所のえぐられたような深い差し傷が、ハの字を描くように残っていた。

抜く時にこじったのか、その一つはささくれ立った口をパックリ開いてドア内部の骨組みが見えていた。

「あんたは早く学校に行きなさい」

母にそう言われたので、あまり深く考えたくなかった私は、学校へと向かった。父の姿は一度も見ていないが、母と喧嘩する姿など見たくもない私はほっとしていた。仕事にでも行ったのだろう。

学校から帰る途中、弟たちが二人とも学校に来ていなかったのは気になっていた。

少し不安に思いながら、玄関を開けると祖母がいた。

「お母さんは?」

そう聞くと、「あんたは何も心配せんでいい」とだけ言われて、祖母は逃げるように去っていった。

自分の部屋に入り、「紅はこべ」と言う当時はまっていた本を、何度目だろうか、再度読み返したり、ラジオから流れる好きな曲をカセットテープにエアチェックしてみたり、自由な時間を満喫していると、遠くから聞き慣れたバイクの音が近づいてくる。父が仕事から帰ってきたのだ。

しばらくして階下から「光輝!光輝!」と祖母の声が聞こえた。私が自分の部屋のドアから顔を出すと、「今日は一緒にご飯食べようね」そう言って手招きしていた。

階下に降りると、火鉢に乗せた小さめのフライパンの中で、ぐつぐつと湯気を立てて美味しそうに出来上がっている「鶏肉のすき焼き」を、合流してきた祖父と祖母と私の三人で美味しく食べた。祖父はいつものようにアルミのチロリで沸かした熱燗をちびちび飲んでいた。祖母が唐突に「心配せんでも、お母さんはすぐ帰ってくるよ」とだけ私に伝えた。

一週間が過ぎ、二週間が過ぎても、母は帰ってこなかった。

その頃になると、私もようやく気付いた。

私は母に捨てられてしまったのだということを。

父は一人で新居の二階で暮らしていたのだろう。祖母が「二階へ上がったらいけんよ」と言っていた。父が精神的に良くなかったのかもしれない。

私自身も父には会いたくないので、ずっと母屋だけで暮らした。

そんな父が階段を歩く足音に恐怖を感じた私は、布団を頭から被って身を固くしていた。





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