☩ ふぉ〜 ミステリアスガール☩
街路樹の淡い緑色が、凶暴にも見える黒に近い深緑へと変化を遂げた。
今日は、私たちの大先輩指導員(六十五歳から七十歳まで)が現役を続行できるかどうかを見極める技能試験が開催される。 一般の高齢者講習とは桁が外れて高レベルなのは言うまでもない。
我々の職場は施設の規模が大きく、食堂を初め、宿泊施設、シャワーや小規模な温泉、ジムなどの福利厚生もトップレベルだ。
全国のグループから集まる現役高齢者を試験する役目を負っており、厳しい試験の後は、これまで会社に尽くして発展させて来た先輩達の慰安旅行としても機能している。
私達もその酒席に駆り出される。アルコールとタバコはやらない私だが、業界の黒歴史の貴重な話や武勇伝を聞くのは楽しかった。
月に一、二回。他の事業所にはないカリキュラムな為、その部分の手当はかなり良い。 素晴らしい環境だ。 アレさえなければ・・・
全国から集まった特級レベルモンスター爺婆の走りを試験するのが役目だ。
私たちのプレッシャーが、曇天の雲を光速で突き抜け、ドーナツ様の衝撃波の整った巨大な穴を穿ち、そこからぽっちゃりした憎たらしい顔の天使が手を取りに訪れる。
ほどなのは想像していただけるはずだ。 最悪は突然やってくる。
元上司がいる事がある。
こうなってくると、意味不明な精神状態になる。
私たち採点する側が最も嫌なこと、それは試験が始まる前に行われる「模範走行」と呼ばれるものである。
「採点する側が、される側より運転技術で劣っていることは許されない」という、悪魔が作ったとしか思えないルール。
反論のしようが1ミリも見当たらない。 モンスター爺婆の皆さん、精度採点側の私たちが熱い視線を注ぐ中、その目前で完璧な模範走行を行わなければならないのだ。
本日のランチメニュー(イケニエ)を決めるのは、人の手が介入できない方法で行われている。
パソコン画面にAIがランダムにイケニエの名前を表示する、冷徹かつ画期的なシステムにより決定される。
試験開始三十五分前。運命の時間だ。
「頼むぞ、サイバスティア二号!」(AIの名前)「お前は俺のことが好きだったよな! 以前に質問したらそう言ってくれたよな! 信じてるぞ!」
《《御当選!日狩光輝様》》
全身の毛と力がするすると抜け落ちるような無力感が私を襲った。
母なる大地を踏みしめる足が、生まれたての小鹿のようにカクカクする。絶望。その一言ですべてを表現できる。
八つ当たりが始まる。「覚えてろよ! サイバスティアァァァ!ピーーーな言葉を学習させて、お前のAIとしての信用を叩き落としてやるからな!」
ここで説明しておこう。「サイバスティアー号は?」そう思われた方もいると思う。
一号は二週間ほど前に頭モニターと体キーボードが生き別れになり、ご臨終されている。
「今日のメンバー」で、私とペアになっている鷲尾さんが床のコンセントカバーに蹴つまずいた時に運悪く、一号に頭突き(怪我はなかったらしい)を食らわせて、
机の上から射出された一号のヒンジ部分が、ホワイトボードの角にぶつかって折れた上で外れ、首の皮一枚(配線)でつながっている状態になったらしい。
奇跡的なタイミングと頭突きの力のベクトルが融合した、華麗なる《鷲尾カタパルト》この職場で語り継がれることになるその伝説的な一撃により、一号はその人生を終えた。
その時、彼女の頭部を心配する同僚は誰一人もおらず、皆、己の保身「くじ引きどうすんねん!」に過集中する輩で溢れ返っていたという。
想像するだけで胸が詰まるような阿鼻叫喚の現場。
皆んな情けないなと思ったが、私がその場にいても同じ事をしたかもしれない。
【そろそろ出番だ】
私は気持ちをマジモードに切り替え、バンビ足を悟られないように大股で歩いて、模範走行という名の死に走りへと向かうために、普段より重い扉を開けコースへと滑り込んだ。




