表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/22

☩すりぃ しおれた花☩

彼女の名前は鷲尾亜衣子わしお あいこ年齢は三十三歳で独身。この職場においては、私よりも一年先輩である。

 車という閉ざされた空間。自分の力だけで理想の仕事ができる。

 私がこの特殊な仕事を選んだ理由だ。  厳格なカリキュラムは存在する。ただ、極端に逸脱しなければ、指導方法は個人の裁量に委ねられていた。 

 そのワンマンな部分に魅力を感じていた。

 私は国家資格と同等レベルの特殊資格を取得し、現在はプロフェッショナルとしてここに佇んでいる。

ーーそんな私が、まだこの門を叩いたばかりの、いわば「鼻先に人参をぶら下げられた馬」のように必死に実務をこなしていた、ある日のことだった。

 仲間から少し離れた場所で、スマートフォンを見てうつむきながら、いつも一人でたたずんでいる彼女のことが、なぜか気になっていた。

「今日は声をかけてみようかな」 そう思いながらも、なかなか勇気が出ず、それを何日も繰り返していた。

 彼女は小柄で(後に百五十五センチと言っていた)栗色で艶のある綺麗な長い髪を後ろで束ね、スタイルも日本人的にまとまっていて、会社のアイドル的存在でもおかしくない整った外見をしている。

 好みの問題だが、顔もかわいい。 そんな彼女だが、その佇まいや雰囲気が他人を寄せ付けないほどに張り詰めており、その横顔は言いようのない切なさと寂しさを私に感じさせた。

  今日こそは。そう決心した私は、思い切って彼女にそれとなく近づきながら、

「お疲れ様です。今日は天気がいいですね」ありきたりだが、ハズレもない言葉で声をかけてみた。

  彼女は少し驚いた表情で私を一瞬だけ見てすぐに俯いて「お疲れ様です」と、小さい声で返してくれた。

この時初めて彼女の声を聞いた。とても優しく、綺麗で穏やかな声だった。

 「あの〜突然だけど音楽は何が好きですか?」 唐突だとは思ったが、音楽の話題には大体の人が乗ってくれる。 彼女はスマートフォンに目を落としたままで、

 「音楽はあまり聴かないのでよく知りませんし、興味もないのでわかりません」と、優しい声で打ち返せない変化球を投げて来た。

 (おぉぉ。こういう事だったのね)と、 私が取り付くはずだったヤシの木が生えた小さな島が、海底から湧き出したメタンハイドレートの泡の中へブクブクと沈んで消えた。

 私は、バミューダ海域を彷徨う幽霊船の気持ちを理解した。まさに取り付く島もない。せっかく振り絞った勇気も海の藻屑と化し、やがて泡になって消えた。 なかなかの塩対応ぶりに、ポキッと折れかけた私は、「あはっ!そうなんですかぁ」トイレに行くふりをしながら、「それじゃあ〜」と、両舷全速で魔の海域を離脱した。

 一つ気付いた事がある。

彼女が私を見たその一瞬、瞳の中に感情の【光と揺らぎ】が見つけられなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ