☩ つぅ 不毛なエブリデイ☩
私の名前は日狩光輝
五十五歳、独身。
十年前、それまでいた会社を精神的な理由で退職し、現在の仕事に就いた。
特殊運転技能の指導員をしている。
雪道などの低ミュー路を走行するための運転技能、ドリフト走行や、不整地路面など、通常では習得できない技術を教えるスペシャリストだ。
それだけに、自分の運転スキルが指導力に反映されやすく、常に自分の運転スキルの上達および維持を心がけなければならない。
新人は、スキルアップを前提とした、給料基本給10%アップ、昼食およびシャワー無料、制服の新調サイクルの早さで差がつくカースト制で鼻の先に人参をぶら下げられた馬となる。
私は、コースレコードを二つ持っている
運が良かっただけなんだが、すでに持ち上げられている。
そのため色々なプレゼンをさせられたり、人よりもストレスは多い。
対外的な仕事も増えて胃がキリキリ痛い。
それが原因なのか、最近私の頭皮に異変が起きている。
私は、朝起きて必ずシャワーを浴びる。 汗っかきな私はすっきりと気持ちよく、仕事にせよ、用事にせよ、上機嫌でこなすことができる。
もちろん頭と体も洗浄する。その段階で、困った事が起きつつあった。
43℃に設定した熱めのシャワーを(キュッ)と止めて、目の前にあるシャンプー等の収納と一体化している、老朽化によりぼんやり曇り始めた半身ほどが写る鏡の前に座り、洗浄を開始しようとした私は、ふと動きを止めた。
ボンヤリ鏡に顔を近づけて頭をつぶさに観察する。
ちょっと前に比べて明らかに頭皮の面積が増え、ハリウッドのヒーローにありがちな見慣れたテクスチャーが出現したのを確認した。
お肌にツヤが増すのは結構なことだろうが、頭に艶が増すのは、いわゆる「ハゲ」てきているという事実に他ならない。
頭上に備え付けられた100ワットの電球が放つ優しいオレンジに照らされた、ヒーローに反射したその輝きを鏡が私の網膜へ投影している。
この行程を芸術的だと捉える。それが、私にとって救済のインフラそのものだった。
我が頭を、手の指を鞭のようにしならせて叩いてみる。
「ぺちペち」
釣りたてのカレイが、コンクリートの上を華麗に跳ね回るあの音。可愛らしくも哀しいビートが響いた。
「きっと今から生えるんだからね!」と 【現実頭皮】を試みる。より現実が目の前に顕現するだけだった。
誰か私をハゲ増して欲しい。
いや。直面している切実な課題を、もっと冷徹に観察するべきだ。
どっからが頭皮で、どっからが顔かわからない。
過去に行きつけだった散髪屋の言葉。
「日狩さん。頭皮のアブラと顔の油は質が違うから、ちゃんとシャンプーと洗顔料は使い分けないとダメだよ〜」
その境界線の設定に困惑する。もっと早く気づくべきだった。そうすれば未来は変わって──
だめだ、マジわからん。
私の脳内では、頭皮軍と顔軍の境界戦が勃発しているのである。
その時、私の索敵レーダーがハゲしく反応を示した。
母愛用の「全身シャンプー」と書いてある、ピンクのボトルにロックオンしたのだ。「これだ!全身と言うからには、全身に違いない」
素早くボトルをつかみ、目を皿のようにして、裏面のラベルをくまなく読み漁る。 皮膚の洗浄、ニキビ、カミソリ負け及び肌荒れを防ぐ 【毛髪・頭皮を清浄にする】
みのん【ミノン】MINON
こんなに身近に髪(神)製品があったなんて。{カミノン}と名付けたいが、髪が更になくなりそうな感じになるのでやめておく。
私が持ち主の神(母)に感謝したのは言うまでもない。
こんなにも厨二病で、キモ可愛らしい五十五歳がこの殺伐とした戦場で生き抜いているなんて。
誰も知る由がない一人芝居の切ない自画自賛だった。




