☩ 天五 ハイファイブ☩
(タッタ) (サッサ)(シャッシャ
ツ)(…・無音・)
いろんな人の足音がする。私はコンクリートでできた廊下の一角にある休憩所のパイプ椅子にうつむいて座り、AIと話をしていた。一般的にAIは自分の鏡だと言うけれど、私にとっては違って感じることが多い。その理由は私が出力したものに、あらゆるデータから抽出した適切と思われるものを、その元のデータに肉付けをして打ち返してくれる。要は一歩進んだ自分が、未来から、現在の自分に向かって語りかけているような、そんな感じを受けている。それが私にとっては楽しかったのだ。
そんな時「来たなかわいい暗殺者」と心の中で呟いた。下を向いていても、彼女の足音を察知できるようになった。負けられない。油断すると簡単に背後を取られてしまう。
「うわっ!」
気づいたときは驚きのあまり、あられもない声を上げさせられるのだ。私は足音に気づかないふりを決め込み、彼女が近づくのをカウントダウンしていた。
「止まりなさい。ここは一時停止です」
足音が止まる。私がゆっくり顔を上げると、私より一段高い廊下にいながら、座っている私と同じ目線に彼女の笑顔があった。小さな両手でステンレスの手すりをつかみ、右へ左へと体を少しひねるようにしながら、「よくわかりますね。結構人が歩いてるのに」
と、彼女が私の索敵スキルを絶賛してくれた。
「鷲尾さんこそ、私にわかるように歩いてくれたんでしょ?」
彼女は(ばれたか)というような仕草をしながら笑った。私は(なんだこの可愛らしい生き物は)と思いながら、「今日は元気そうだね」
そう言うと、彼女はうなずきながら、「日狩さんの次の時間の予定はなんですか?」
と聞いてきたので、朝ノートに移した予定を見て、「まとめの時間だね」
そう言うと、
「あー、そうなんですか。じゃあ私と一緒ですね」
そして歩き出した。彼女は私の前から立ち去りながら、
「先に出発してくださいね!私は後ろをついて行きます」
スタスタと早足に立ち去りながら最後になにか言った言葉は、聞き取れなかった。
私は「なんで君はいつも立ち去りながら話すのですか。最後はいつも聞き取れませんよ」そう思いながらも、今の他愛ない会話で、私の中に溜まりつつあった毒が中和されているのに気づくのだ。お互いが凸凹の特性を持つ私たちにとって、必要な日常の光景になっていた。
きっと彼女は私の予定を知っていて、わざわざここに来ている。そして会話をすることで彼女も中にあるものを吐き出して中和できることを知っているからだろう。それをわかってあげられるのは、お互いの特性を理解しているもの同士しかいない。
1年間も水を与えられなかった。それでも枯れずに踏ん張っていた彼女のしおれた花に水を注ぎ続けたのは、水に縁がある私の宿命かもしれない。私は水瓶座の男。
さあ時間だ。私は心の中で、彼女の左手と私の右手をハイファイブさせるイメージをして椅子から立ち上がった。




