☩ 天四 焼滅☩
「それでは今から荼毘にふさせていただきます」
そのようなことを係員が言った後、棺桶が炉の中に吸い込まれていく。
その周りに集まった人たちは、数珠を手に持ち、黙祷を捧げていた。
私はその光景を前の方で見ていた。父の抜け殻が入った棺桶をできるだけ長く見ていたかったのかも知れない。
(カシャン)
軽く扉が合わさる音がして、父のいる世界と、こちら側の世界が完全に隔離され、異質なものになった気がした。
父の体が煙に変わっていく。
物質が炎に巻かれ焼けていくルーティーンを、そのおぞましい光景を頭の中に描きながら、あちら側の世界に通じるその扉をにらみながら、じっと立ち尽くしていた。
45分ほどだったと思うが、父の体が骨になるまでにはまだまだ時間がかかると言うので、私たちは待合室で時間が来るのを待つことになった。
この時に昼食を食べたような気がする。
突然アナウンスがあって、私たちはぞろぞろとその場所に向かった。扉を開けて父と対面した。
ものすごく暑い。かなりの熱気が立ち込めていた。
病院にあるストレッチャーのような台の中に父の体はあった。
ほとんど何も残ってはいなかった。
闘病の過酷さが、その投与された薬が、父の骨までも砕け散らせた。
長さ40センチほどの竹の箸のようなもので、灰のミルフィーユのように積層された白くパサパサした父の骨らしき物をつまむと、音もなくハラハラと崩れ落ちた。
唯一大腿骨は残っていたが、その骨の表面には緑色をした色素がアメーバを思わせる感じで張り付いている。
誰かが「これが、癌の色かもしれんね」と言っていた。私は「本当にそうかもしれない」と思いながら、その大腿骨を弟と二人で協力してつまんで骨壺に入れようとした時、陶器に接触した骨がまるで鉄琴のような、レンガ同士がぶつかりあったときのような異常に澄んだ、
「リィン」
と言う金属質な音がしてびっくりしたのを覚えている。
夏に玄関にぶら下げたりするウィンド
ベルのような音と言えばわかりやすいかもしれない。
人の骨ってこんなきれいな音がするんだと、妙に感心してしまった。
父の体はこの世界から消滅した。
もう父との思い出が増えることはない。
何日かして学校に行くと、先生や友人が励ましの言葉をくれたり、いろいろ気を遣ってくれたりした。
それはとてもありがたかったが、同時にそれほどは落ち込んでいない自分がおかしい人なのだろうなというふうに感じる原因にもなった。
そうそう、私が昔父がいなくなれば自分のものになるのにと思っていた「オリムピック」というブランドのリールは、あの人の形見として今でも大切に持っている。
だが、それを使うことはもうない。
十七歳にして最初の喪主を務めた。私はこの先自らの人生の中で何度も喪主をすることになる。




