☩天一 スクウモノ☩
(ジリリーン、ジリリーン)
黒電話が鳴った。祖母が電話に出る「はい、はい、はいおりますので、はいわかりました」ガチャチン。
「今から持ってきてくれるんだって」私はこの日をワクワクして待っていた。私が中学生になった頃、祖母に自転車(当時はスーパーカー自転車が流行った時代だった)を買ってもらったのが嬉しくて、夜、その自転車のスーパーカーみたいなリトラクタブルライト(出たり、引っ込んだりするライト)
を点灯させて(電池で発光するイエローフォグライトも付いていた)、寝間着のまま自転車と一緒に写った写真が残っている。
疑問に残るのは、誰がこの写真を撮ったのだろうか、ということだ。全く覚えていない。
この嬉しかった気持ちの衝撃から、私のカメラアイは作動を開始したようだ。そこまでは、途切れ途切れのぼんやりした記憶しか残っていない。実に現金なシステムだ。
そのような平穏な日々がしばらく続いた。ある日のこと、夜、自分の部屋で、時友人に教えてもらって好きになったオフコースの曲を聴いていた。
「ん?」
突然違和感を覚えた。歌の隙間から何かが吠えているような声らしきものと、(ドンツ) という振動を伴う衝撃音が聞こえたような気がしたので、すぐさま音楽を止めた。
「うおおお~・・・・・・」
遠くで何かが吠え、何かを喋っている。何かを叩くような音も聞こえる。
私は高鳴る心音と恐怖を感じながら、階段を恐る恐る一階へと降りて行った。
そこには暴れ回る祖父がいた。
プラスチックの灯油缶の注ぎ口から、液体を畳に撒き散らしながら、人間とは思えぬ声で「もやしちゃる!何もかも燃やしちゃる!うあぉおおおん!」と、すでに狂乱していた。
祖母が「やめんさい!」と祖父につかみかかっていたが、祖父は力任せに跳ね除け、祖母はごろごろと畳に転がった。
「燃えるお~、燃えるお~、しねえ〜!」
そう叫びながら、あまりの事態に固まって動けない私に向き直り、尋常じゃない、おぞましい顔で歯をむき出し、私に向かって灯油をぶちまけた。
私の顔に、放たれた灯油が(バシャツ)と音を立ててふりかかった。瞬間的に目をつぶったので、目には入らなかった。服からは灯油が滴っていた。
私はブチギレた。
次の瞬間、気がついたら祖父に馬乗りになり、泣きながら顔を殴り続けていた。私が殴るたびに祖父の顔が右へ左へ向きを変えていたのを覚えている。
その記憶を最後に、その先どうなったのか記憶が飛んでいる。
次に記憶が戻ったとき、目の前にいつも優しい親戚の叔父が来てくれていた。叔父は、なおも泣き叫び続ける祖父を必死になだめていた。
叔母も来てくれていて、私に「風呂が沸いてるから入って体を洗ってきんさい」そう優しく言ってくれた。
そこから先も記憶が飛んでいる。多分だが、灯油をかぶっているので、風呂に入って寝たのだと思う。
後日、何が原因でそうなったのかを祖母に聞いたら「あんたは知らんでもええ」そう言って、それ以上聞かれたくないと言わんばかりに、逃げるようにその場を立ち去った。
いまだに何が原因だったのかはわからない。
不思議なのは、父や母がその場にいた記憶がないことだ。私の記憶は飛び飛びなので、たまたまなのかもしれない。
少し離れた新しい家の二階にいたので気づくのが遅くなったのかもしれない。
風呂を沸かしたのも誰かわからないが(当時は薪で炊く五右衛門風呂だった)、父母が追い焚きして沸かしてくれたのかもしれない。
親戚の叔父叔母に声をかけられたのは覚えている。けれど、父と母に声をかけられた記憶は無い。
けれど、あのとき心の底から湧き上がった恐怖は、今も覚えている。
「この家は本当に呪われてる」




