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こいつらなんかヒロインじゃない!  作者: 文月(あやつき)


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第7話 はたらくミルティナ

 珠を、みんなに紹介する日が来た。


 場所は、睦がよく行くというファミリーレストラン。「初めましての子がおるんやったら、まずはご飯やろ〜」という睦の提案に全員が賛成した。この国では、食事が人間関係の潤滑油になるらしい。


 私と珠が先に到着した。珠は私の隣にぴったりくっついて座っている。


「ミルティナさん……他の人たち、怖くないですか?」


「怖くないですよ。みんないい子たちです。少し……騒がしいですが」


「騒がしい……」


 珠の表情が曇った。騒がしいのも怖いものリストに入っている。


 入口のドアが開いた。


「珠ちゃーーーん!!」


 翔子が突撃してきた。ドアから席まで、テーブルの間を跳び越えながら。他の客が振り返る。


「ひっ!」


 珠が私の腕にしがみついた。


「翔子さん、さすがにお店でそのようなことはいけません」


「は〜い」


「ほら、大丈夫です。これが翔子さんです。猿渡翔子さん。申のヒロイン、パッションモンキー」


「パッション……モンキー……」


「……名前は気にしないでください」


「よろしく珠ちゃん! あたし翔子! サル子って呼んでいいよ!」


 翔子が珠の手を掴んでぶんぶん振った。珠は目を白黒させている。


「翔子さん、もう少し優しく——」


「あっごめんごめん! だって嬉しいもん!」


「い、いえ……よ、よろしくお願いします……」


 珠がかろうじて声を絞り出した。頬は真っ赤になっている。


 続いて睦が入ってきた。


「こっちは乾睦さん。戌のヒロイン、バウンドドッグ」


「こんにちは〜。珠ちゃんやんな〜? うち睦。よろしくな〜」


「は、はい……よろしくお願いします……」


 睦のおっとりした雰囲気に、珠が少しだけ安堵したようだった。……しかし、睦が席に座った瞬間、珠の視線がある一点に固定された。


「……おおきい」


 小さな声だった。誰にも聞こえていないと思っているだろうが、私の耳は地球人より優れている。


 珠が睦の胸に目を奪われていると、胸が上下に動き出した。


「よいもの」


 いつのまにか梵がちょこんと座っており、睦の胸を隣で上下に揺らしていた。静かに。音もなく。


「ちょ、ボンちゃん、やめてぇやぁ〜」


 梵さん!? 新しい子の前で!? 初対面ですよ!? ……と叫びたかったが、珠が怯えるので黙って梵の手を引き剥がした。


「小学生……?」


「この子が夜摩涅梵さん。子のヒロイン、ミルキーマウス。九歳で私や翔子さんと同級生なんです」


「……よろしく」


「す、すごい、あ……お団子かわいい……私より小さい」


 珠が梵を見た。梵が珠を見た。


 九歳と十三歳。身長百二十五センチと百三十八センチ。同じ「小さい側」だ。


「……あなたも、小さいね」


 梵が言った。


「え……は、はい……」


「小さい仲間だ」


 梵が珍しく穏やかな声を出した。珠の緊張が、少しだけ解けたように見えた。でも小さいとは、はたして背丈のことか、胸のことか……。


 食事を注文した。翔子はチーズインハンバーグ定食。睦はオムライス。梵はカルボナーラ。珠はメニューを三分間凝視した末に、一番端に書いてあったプリンを指差した。


「珠さん、それデザートですよ。食事は——」


「……これがいいです」


 目が泳いでいる。怖くて決められなかったのだ。メニューの選択肢の多さが怖い。プリンは一番端にあって、一番目に入りやすかった。それだけの理由。


「じゃあ、プリンと、ミニドリアとフライドポテトもつけよか〜」


 睦がさりげなくフォローした。さすが睦、そういうところが最年長らしい。


 私は、カレーライス。最もポピュラーかつ、絶品だと、リサーチ済みであった。ただ、これが飲み物だとする記述については理解不能だった。


---


 食事の後、五人で商店街を歩くことになった。


 珠にとっては、知らない街だ。私の拠点がある街は、珠の住む静かな住宅街とは雰囲気が違う。人が多い。店が多い。音が多い。


「ひっ」


 自動ドアが開いた音に驚く。


「ひゃっ」


 店頭に置かれたマネキンに驚く。


「きゃっ」


 広告の幟がはためいて体に触れて驚く。


 三歩ごとに悲鳴を上げている。


「珠ちゃん大丈夫〜? うちの腕掴んでてええよ〜」


 睦が腕を差し出した。珠がおそるおそる睦の腕を掴む。


「……やわらかい」


 梵はじっと見ていたが、今回は手を出さなかった。緊張している珠を見て自重したのだろうか。


「ミルちゃんミルちゃん! あの店見てよ! 新しいシューズ出てる! パルクール用だよ!」


 翔子が靴屋に吸い込まれていった。確かに足元を見れば古びたシューズを履いている。パルクールでいろいろなところから飛び降りてボロボロなのだ。珍しく真剣な表情で吟味している。


「サル子、それ買うお金あるの?」


 梵が横からポツリと言った。


「……ない」


「じゃあ見るだけだね」


「見るだけでも楽しいんだよ!」


 商店街を進んでいくと、一軒の店の前で私の足が止まった。


 ホビーショップ。


 ショーウィンドウに、フィギュアが並んでいる。きっと地球のアニメなんかのキャラクターたちだろう。その中に——


 ”キュートブリーズ”


 私の背中に電気が走った。プリンセスキュートの登場人物。プリキューでは一番の私の推しだ。今日着ているこの服は、このキャラクターの私服をもとにデザインしたものだ。


 全高約二十センチのフィギュア。繊細な造形。風になびく髪。凛とした表情。台座には名前のプレートがついている。そして、何度も本編で見た印象的なポーズ。自室で何度も鏡の前でそのポーズをとった。


「……ほしい」


 声に出してしまった。


「ミルちゃん、フィギュア好きなん〜?」


 睦が横から覗き込んだ。


「い、いえ! これは研究の一環として——」


「あ、プリキューのキュートブリーズだ!」


 翔子が靴屋から戻ってきた。


「ミルちゃん、プリキュー知ってたんだ?」


 しまった! しまったしまったしまった!


「ああ、いえ、このあいだ教えてくれたので、少し調べただけで……。今初めて見て、造形が見事だと思ったので——」


「そういえばミルちゃんの服、このキャラの私服に似てるよね?」


 翔子が私の服をまじまじと見た。


「えっ?まさか…………」


「偶然でしょ」


 梵がボソッと言った。助かった。梵はもしかしたらわかっているのかもしれない。


 値札を見た。中古ながら税込一万四千六百円。税込……そういえば、この星の文明はさまざまなものに課税していると聞いた。


 五桁……どのくらいの価値だろう。さっき食べたカレーライスは七百円だった。高い、約二十皿分だ。あのカレーライスを二十杯我慢しなければ手に入らない。


 ——私は、この星の通貨を持っていない。


 候補生たちと一緒にいるときの食事代や交通費は、センターから支給された端末の非接触型決済で支払っている。候補生との活動中はモニタリングされている——つまり勤務中だ。勤務中の経費はセンターが負担する仕組みになっている。


 しかし、私個人の買い物は別だ。さすがに、センター支給の非接触型決済で支払うわけにはいかない。

 私のトレーナーとしての報酬だが、実はアルケオン・リングでの仮想通貨で支払われている。地球の通貨には変換できない。生活に必要なものは全てセンターから支給されるので、地球の通貨は必要ないとされているのだ。


 つまり——フィギュアが買えない。


 キュートブリーズのフィギュアが、ショーウィンドウの向こうで微笑んでいる。手の届かない場所で。こんなに近いのに。ガラス一枚と一万四千六百円が、私とキュートブリーズの間に横たわっている。


「ミルちゃん? どしたの、固まって」


「……なんでもありません」


 なんでもなくない。全然なんでもなくない。でも「お金がなくてフィギュアが買えません」とは、トレーナーの威厳にかけて言えない。


 未練を断ち切って、歩き出した。——三歩で振り返った。キュートブリーズはまだ微笑んでいた。今度こそ歩き出した。


---


 近くの公園のベンチで休憩していると、睦がスマートフォンを取り出して何かを確認していた。


「睦さん、何を見ているんですか?」


「バイトのシフト〜。来週の予定確認せなあかんくて〜」


「バイト?」


「アルバイト。知らん? 学生でもできる短時間の仕事のことやで〜。ミルちゃんの星ではあれへんの〜?」


「し……仕事、ですか?」


「そうそう。うちは大学の近くのカフェで週三回働いてるねん〜。お小遣い稼ぎ〜」


 なるほど。地球では、学生でも労働をして賃金を得ることができるのか。アルケオン・リングでは、派遣されたトレーナーが外部で労働することは許されていない。これはアルケオン・リングの法令でも定められている。未発達文明の武力での支配は当然だが、経済面で支配することも大罪とされているのだ。それに私の地球での行動は全てセンターが管理している。


「あたしもバイトしたい! さっきのパルクールシューズ欲しい!」


「サル子、前に出前のバイトクビになった」


「えへへ〜、いろいろ近道したら、中身がぐっちゃぐっちゃになってぇ〜」


 笑い事ではない。


「ミルちゃんも、サルちゃんも、バイトしたらええやん〜。欲しいものあるんやったら〜」


「い、いえ、私はそのためにお金が欲しいわけでは——」


 嘘だ。大嘘だ。キュートブリーズのフィギュアが欲しい。一万四千六百円が欲しい。喉から手が出るほど欲しい。でもトレーナーが「推しのフィギュアを買うためにアルバイトしたい」とは口が裂けても言えない。


「いいんじゃない。バイトしてる留学生、最近けっこう多い」


 梵が言った。カバーストーリーの設定——フィンランド出身のハーフ——がここで活きる。留学生がアルバイトをするのは、この国では珍しくないらしい。


「やろ! 実は募集してるコンビニ知ってるんだ! クラスの子もみんなバイトやってるよ!」


 翔子の言葉で気がついた。私は高校生に扮し、高校という教育機関に潜入している。他の生徒と日常会話をするとき、「バイト」という共通の話題で馴染むことができる。帰ったら規則を確認してみよう。


「……考えてみます」


 その夜、拠点に戻ってから、センターに連絡を入れた。


「この星の高校や大学の学生が行っているアルバイトという短時間の就労につくことは可能ですか?」


『はい、新事業の起業、特許の先取り、株式の買い占め等、その星の経済に影響のあること以外は可能です』


 よし、思ったとおりだ。


「海外留学生としてその短時間労働を行います。目的としては、生活費の補填や文化理解という海外留学生としての一般的な理由と、学友たちとの交友関係の構築のため、ある程度現地の通貨による支払いが必要である——ということです」


 理由としては申し分ないだろう。


「そこで、私の履歴書の作成を依頼したいのですが」


『履歴書、地球の就労用の書類ですね?』


「はい。カバーストーリーに基づいたものを用意してください。フィンランド出身、高校二年生、日本語能力問題なし——」


『なるほど、それでしたら海外留学生ですので、履歴書より在留カードが必要です』


「……在留カード?」


『はい、それの資格外活動許可を偽造しておきます。あとすでにこちらで準備した学生証、パスポートがあれば問題ありません。あと、給与を受け取るための金融機関口座も必要ですが、雇用側と相談して現金で受け取るようにしてもいいでしょう』


「……わかりました。お願いします」


 センターの事務能力は、こういうとき頼りになる。


 通信デバイスが震えた。


「ニャンデーレ君」


「はい、指導官」


 なんだろう……何か問題でもあるのだろうか。


「アルバイトをするそうだな」


「候補生やそれ以外の地球人との交流を深めるためある程度現地の通貨が必要なのと、この星の文化をより深く理解するためです」


「なるほど。それは悪くない」


 意外にも、ダルマイヤックは好意的だった。


「地球の労働環境を体験するトレーナーは前例がない。新しい素材になり得る」


 最後の一言が引っかかったが、気にしないことにした。


「何のバイトをする予定だ?」


「コンビニエンスストアを考えています。候補生の翔子と一緒です。拠点の近くにありますし」


「コンビニか。いいじゃないか。日本文化の縮図だ」


「縮図……ですか?」


「二十四時間営業、多様な商品、マニュアル化されたサービス。あの小さな箱の中に、この国の合理性と非合理性が凝縮されている」


 ダルマイヤックの日本文化論は、たまに的を射ている。


---


 翌日。学校帰りに、翔子と一緒に拠点近くのコンビニに寄った。


 入口に「アルバイト募集 高校生可」の張り紙がある。


 センターが用意してくれた書類を鞄に入れてきた。何もかも全て架空だが、書類としては完璧だ。センターの偽造技術は一流である。


 レジにいた店長らしき男性に声をかけた。


「あの、アルバイトの募集を拝見したのですが」


「ああ、はいはい。履歴書ある?」


「これで〜す」


「私はこれです」


 翔子が履歴書を渡した。私も続けて在留カードを一緒に渡した。店長が目を通す。


「猿渡翔子さん、ミルティナ・ニャンデーレ……外国の方?」


「フィンランドと日本のハーフです」


「へえ〜日本語上手だね」


「ありがとうございます」


「二人とも高校二年生か。放課後と土日入れる?」


「はい。放課後は十七時から、土日はご相談で」


「同じで〜す」


「じゃあ、来週から入ってみる? 最初はレジと品出しから教えるよ」


「よろしくお願いします。あ、給料は現金でいただくことは可能ですか?」


「高校生だしね〜。まだ口座は持ってないよね。手渡し可能だけど、十分気をつけてね。この辺は物騒な奴もいるからね……」


 二人ともあっさり採用された。

 最後の言葉が気になり後で調べたが、今この近辺で非行に走った少年たちが、バイト上がりの高校生や登下校中の中学生を狙い、恐喝してお金を巻き上げる、いわゆる”カツアゲ”という行為が増えているんだそうだ。


 ——こうして、私はアルケオン市民で初めて、地球の「労働者」になった。


 帰り道、ショーウィンドウの前を通った。キュートブリーズのフィギュアが、まだそこにいた。


 時給千百円。一万四千六百円のフィギュアを買うには、約十三時間の労働が必要。


 十三時間……。アルケオン・リングで私が研修を受けていた時間に換算すると——いや、やめよう。考えると泣きそうだ。


 ——がんばろう。


 翔子たちには「地球文化の理解とクラスメートとの話題づくり」と説明した。嘘ではない。嘘ではないが、本当の動機はショーウィンドウの向こうにいる。


 YARNのグループにメッセージを送った。


『お知らせです。私、コンビニでアルバイトを始めることにしました。訓練のスケジュールに影響が出る場合は調整しますね。——ミルティナ』


 翔子から即レス。


『イェーイ!バイト仲間!!いっしょにがんばろうね!!!』


 睦から。


『ミルちゃんも地球でのバイトデビューやな〜。おつかれの時はうちのバイト先のカフェに来てな〜。バイト割引で安くしたるわ〜。サルちゃんもファイト〜』


 梵から。


『Got it. 訓練スケジュールは端末で共有して』


 珠から。


『がんばってください 私も高校生になったらできるでしょうか』


 五人のグループが、少しずつ日常になっていく。


 ——さて、明日から。


 コンビニ店員ミルティナ。


 異星人がおにぎりとお弁当を並べる日々が始まる。

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