幕間ノ弐「舞台裏——それぞれの思惑」
まず、片付けなければならない問題があった。
スクランブル交差点のトラック事故。
あの日、交差点にいた歩行者のスマートフォンが、変身スーツ姿の少女たちがトラックを素手で止める映像を捉えていた。
拡散は速かった。
地球のSNS——不特定多数がリアルタイムで情報を発信し共有するネットワーク——に、映像と画像が次々と投稿された。「コスプレ少女がトラックを止めた」「新手のゲリラ撮影か」「CGにしてはリアルすぎる」「ヒーローは実在した」——
ダルマイヤックは、モニターに並ぶ投稿の数を見て、舌打ちした。
「……想定より拡散が速い」
SNSの威力は、リサーチ済みだった。だが、実際に自分のコンテンツがこの星の情報網に乗る速度は、想定を上回っていた。
対処は迅速だった。
センターの技術班が、地球のネットワークに介入した。拡散された映像と画像を一つ一つ特定し、加工を施す。変身スーツの細部をぼかし、顔を判別不能にし、映像のフレームレートを落として「加工動画」に見えるように処理する。
同時に、センターの所員がSNS上に複数のアカウントで書き込みを行った。「あれはゲリラ撮影だよ」「映画の宣伝じゃないの」「俺の知り合いのクリエイターがやったやつ」——偽の情報源を複数用意し、真相を攪乱する。
三日後には、映像は「精巧なCGによるバイラル動画」として処理された。一部の陰謀論者がまだ騒いでいたが、大勢に影響はない。当然、梵が巨大猫に乗って登校したのを撮られたものも同様に処理した。
「次からはもう少し人目のない場所で仕込むか……それにしても、あの天才少女があんな目立つことするとはな……」
ダルマイヤックはそう言いながら、次の「仕込み」を練っていく。
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さて、プロジェクト・アースは順調に進んでいた。
第四回と第五回の素材は、ダルマイヤックを大いに満足させた。
まず、訓練プログラム。
センターの正規プログラムをミルティナが再現し、候補生たちに挑ませた。ダルマイヤックはモニターの前で、菓子をつまみながら観戦していた。
一回目。翔子が突撃、四十秒でデッド。
「早い」
二回目。翔子がまた突撃、今度は一分でデッド。
「学ばない子だな」
三回目。翔子の妙案でもたもたしている間に後方の梵が連れ去られる。
「……おもしろいな」
四回目、五回目、六回目。全滅、全滅、全滅。
ダルマイヤックは笑っていた。声を出して笑っていた。
「最高だ。この子たち、正攻法が全くできない。なかなかのポンコツぶりだ!」
センターの正規プログラムは、歴代のトレーナーたちが模範的な連携でクリアしてきたものだ。まずは索敵し、前衛が切り込み、中衛がサポートし、後衛が援護する。教科書通りの戦術。
この三人には、教科書が通用しなかった。
そして七回目——梵が動いた。
隊列を組む。翔子を先頭に走らせる。睦に時間差で飛び込ませ——拡大光線を浴びせる。
ダルマイヤックは、菓子を持つ手が止まった。
モニターに映る、巨大化した睦。通路を埋め尽くす巨体。ターゲットが次々と潰されていく。翔子がアイテムを奪取し、巨大な睦の体をクッションにして帰還。
四分十二秒。
「…………」
ダルマイヤックは、しばらく無言だった。
「……これは、想定外だ」
センターの歴代記録を確認した。正規プログラムの最速クリアタイムは七分四十秒。それを大幅に——大幅に上回っている。
「九歳の子供が、拡大光線で仲間を巨大化させて通路を塞ぐ……教科書にない。研修でも想定していない。完全にイレギュラーだ」
ダルマイヤックは、感心していた。いや、感心を超えて——興奮していた。
「これだ!これが欲しかった!最高じゃないか!」
型通りの成功ではない。予想を裏切る、規格外の解法。視聴者が「そう来たか」と膝を打つ展開。
「編集チーム、この回は巨大化のシーンを三アングルで押さえてあるか」
『はい。正面、俯瞰、翔子の主観カメラの三アングルです。しかし小型飛行カメラの一つはあの巨体に破壊されました』
「予備を入れていて正解だったな。睦の表情のアップは」
『バーチャル空間内のカメラで記録しています。巨大化した際の悲鳴と、翔子がお腹の上で跳ねたときのリアクションも鮮明に撮れています』
「完璧だ」
ダルマイヤックは特に、梵が睦に対して行う行為を好んでいた。
胸を持ち上げる。揺らす。観察する。巨大化光線を浴びせる。梵の無邪気さと、睦の恥じらいのコントラスト——これは、アルケオンの視聴者にも確実にウケる。
「梵という子は天才だな。意図せず最高のエンターテインメントを生み出している」
九歳の無自覚な加害者と、十九歳の善良な被害者。このコンビネーションは、ダルマイヤックにとって大好物だった。
「天才か……巨大猫に乗るような発想の子……この国には天才となんとかは紙一重なんて言葉があったな……」
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ムードシフター。
あれは、ダルマイヤックが自らデザインを監修したアイテムだった。
スポンサーでもあるザイオン・コープから「ヒロインの実践をサポートするツール」として開発された、セルフ・アファメーション (自己暗示)ツールのモニタリング依頼が来たとき、ダルマイヤックはこう依頼した。
「メンタルトレーニングの補助として、徐々に効果を発揮していく素晴らしいツールですが、もう少し効果を高めましょう。この三種類のモード——『勇気』『集中』『情熱』で、あの三人がまるっきり別人になるほどに調整しましょう。ただしその効果は一時間程度。」
つまり、「正規品の効果を強め、面白くカオスになる」ように設計させていた。
ミルティナは真面目な性格だ。まず一人ずつ検証し、効果を確認してから実戦投入を検討するだろう——とダルマイヤックは読んでいた。
そして、候補生たちが暴走する展開も。
集中モードの翔子が冷静になりすぎて仲間を冷たく指示する。勇気モードの睦が突進して暴れる。情熱モードの梵がはしゃぎ回る。
「性格が逆転すると、普段の個性がいかに重要かが浮き彫りになる。視聴者は普段の彼女たちをもっと好きになるだろう」
ダルマイヤックの計算は、ここでも正確だった。
ただし、一つだけ想定外があった。
翔子がミルティナにムードシフターの「情熱」を噴霧したこと。
モニターに映る、鬼軍曹と化したミルティナ。候補生三人に腕立て伏せを強要し、仮想ターゲットを増殖させ、失敗すると怒鳴りながら責め立てる姿。
ダルマイヤックは——笑いを堪えきれなかった。
「この子のポテンシャルは計り知れないな……」
ミルティナの情熱モードは、ダルマイヤックですら予測できなかった破壊力を持っていた。
「次の案件アイテムも、ニャンデール君自身が巻き込まれる設計にしよう」
プロデューサーの目が、また光った。
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そして——第六回の舞台裏。
珠の加入エピソード。
これは、トラック事故に続き、ダルマイヤックがまたもや綿密に設計したものだった。
まず、珠のデータ。
雲龍珠。十三歳。極度の臆病。恐怖への耐性が著しく低い。虫、暗闇、高所、大きな音、動物、雷、お化け——ありとあらゆるものを恐れる少女。
しかし、データにはもう一つの項目があった。ミルティナには開示されていない項目。
「恐怖が臨界点を超えた場合、変身スーツの性能を極限まで引き出す可能性がある。推定出力:通常の三倍以上」
通常、変身スーツの出力は装着者の精神状態に左右される。冷静な者は安定した出力を発揮し、動揺した者は出力が落ちる。それは、訓練時より実戦時の方が顕著になる。トラック事故を見れば一目瞭然だ。
だが、珠は逆だった。恐怖が大きければ大きいほど、スーツの出力が上がる。泣き叫ぶほどに、強くなる。
これは——使える。
ダルマイヤックは、珠を「最強の候補生」にするシナリオを描いた。
段取りはこうだ。
まず、ミルティナが珠に接触する。通学路で偶然を装って出会う。ここまではミルティナの自主的な行動だ。
問題はその後。珠をセンターが舞台として選んだ旧市民会館に誘導しなければならない。珠の学校には、旧市民会館にはお化けが出るという噂もすでに流してある。そこへ行くようにダルマイヤックが直接指示するのは不自然だ。
だから、珠の「臆病さ」を利用した。
大型トラック。あれはセンターの所員が運転していた。夕陽の角度を計算し、珠とミルティナの背後に大きな影が落ちるタイミングで通過させた。珠が驚いて逃走する方向を限定するため、トラックの進行方向も計算済みだ。
大型犬。あれもセンターが用意した。所員が飼い主に扮し、リードを長くして珠に近づけた。犬は拡大機能でやや大きくし、動物を手懐ける機能で、人懐っこく振る舞うよう仕込んであった——が、珠にとっては「大きな犬が近づいてくる」だけで十分に恐怖だ。
運動部の男子学生たち。あれは——実は本物だった。ダルマイヤックはあの時間にあのルートで部活動のランニングが行われることを事前にリサーチしていただけだ。仕込む必要すらなかった。
「あの子の行動パターンは単純だ。怖いものに遭遇すると、反対方向に全力で走る。走る方向を計算に入れて、怖いものを配置すれば、意図した場所に誘導できる」
トラックの影→犬→運動部。三段階の恐怖を、旧市民会館へ向かう経路上に配置した。珠は計算通りに走り、計算通りに旧市民会館に飛び込んだ。思いのほかうまくいったので、保険で仕込んだ別ルートの着ぐるみの呼び込みと、ホラー映画の看板は無駄になった。
建物内の仕掛けは、センターの技術班が事前に設置した。自動ロックの扉、赤い光の演出、そして——黒い塊。
あれはセンターが製造した人工生命体だ。不定形で、再生能力を持ち、光線エネルギーを吸収する。ただし、物理的な衝撃には脆い。
なぜ物理衝撃に弱い設計にしたのか。
「珠という子は、恐怖が頂点に達すると、考えるより先に体が動く。光線銃のような道具は使えない。パニック状態で武器を冷静に操作できるはずがない。だが、殴る、蹴る、体当たりする——本能的な攻撃なら、できる」
つまり、黒い塊は最初から「珠に殴り倒される」ために設計されていた。
光線銃が効かないのは、ミルティナに「珠の力が必要だ」と思わせるため。ミルティナの足を拘束したのは、珠に「自分が戦わなければ」と思わせるため。ムードシフターを弾き飛ばしたのは、珠に「道具なしで立ち向かわせる」ため。
全てが、珠の覚醒を引き出すための舞台装置だった。
そして、ミルティナには「候補生を狙う何者かがいる」と伝えた。
嘘だ。
地球に脅威など存在しない。黒い塊はセンターの製造物だ。
だが、この嘘には意味がある。ミルティナに「自分がこの星に派遣された理由」を確信させる。外部の脅威から地球を守るため、ヒロインを育成する——という使命感を強化する。そして、ヒロイン候補生を守るという使命も加えられ、使命感が強ければ強いほど、ミルティナのリアクションは真剣になり、コンテンツの質が上がる。
「残酷だと言われるかもしれないが」
ダルマイヤックは、誰にともなく呟いた。
「彼女たちが本気であればあるほど、物語は面白くなる」
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ウィンドラゴン。
珠につけた変身名の由来について、触れておく。
ウィン。
ダルマイヤックは、この名前を考えたとき、いつもの法則に従った。響きはかっこいいが、裏の意味はこちらの真意。
Win Dragon——勝利の龍。
だが、Winではない。Wimp Dragon——弱虫の龍。
極度の臆病者。虫を見て泣き、影に怯え、犬から逃げる少女。弱虫。
ダルマイヤックは命名リストにwimpと書き込み——
少しだけ、手を止めた。
モニターには、珠が泣きながら黒い塊に体当たりする映像が再生されていた。泣き叫びながら、拳を振るい続ける十三歳。怖くて怖くて仕方がないのに、ミルティナを守るために戦っている。
「…………」
ダルマイヤックは映像を見つめ続けた。
やがて、小さく息を吐いた。
「……弱虫でいい。弱虫で、構わない」
それ以上は、何も言わなかった。
命名リストの「wimp」は、そのまま残された。
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プロジェクト・アースの成績報告が、センター本部に提出された。
パイロット版全六回の累計視聴データ、スポンサー収益、SNS上の反響分析。
結果は——。
「シリーズ化、正式承認」
センターの幹部会議で、満場一致だった。
パイロット版の視聴率は予想を大幅に上回り、ザイオン・コープに続く新規スポンサーも複数決定した。「未発達文明のヒロイン育成ドキュメンタリー」というジャンルは、アルケオン市民の心を掴んだ。
センターの存続が、正式に決まった。
ダルマイヤックは報告を受けた後、自室に戻り、引き出しから達磨の置物を取り出した。
赤くて丸い。片方の目だけが描かれている。
もう片方の目を入れるのは、シリーズが正式に承認されたとき——そう決めていた。
ペンを手に取った。
達磨の右目に、黒い瞳を描き入れた。
両目が揃った達磨が、ダルマイヤックを見つめている。
「……七転び八起き、か」
地球のことわざ。何度倒れても起き上がる。不屈の精神。
センターは、起き上がった。
ダルマイヤックは達磨を棚に戻し、モニターを開いた。次の候補生のデータベース。まだ空欄が多い。
しかし、一枚の写真が追加されていた。
新しい少女。次の干支の候補生。
ダルマイヤックは写真を拡大し、データを確認した。
「……なるほど。これはまた、面白い子だ」
口角が上がった。
「ニャンデーレ君には、また苦労してもらおう」
プロジェクト・アースは、まだ始まったばかりだ。




