第4話 モーニングナイト様
ムーンブレイカーズ、全五十二話。完走した。
前回のプリンセスキュートは、拠点の時間加速を使い徹夜した。今回は拠点の時間加速を使いながらも、二日間に分けて視聴した。私の地球でのヒロイン知識は格段にレベルが上がっている——などとは言い難い。単純に止められなかっただけだし、一気に見ないと続きが気になって平常心ではいられない。恐るべし、この地球のアニメ。
ムーンブレイカーズ。月の光を浴びて変身する五人のヒロインが、闇の帝国と戦う物語。プリンセスキュートが「友情」を軸にしていたのに対し、こちらは「愛」がテーマだ。主人公の月燈ひかるは、普段はドジで臆病で泣き虫な中学生だが、変身すると凛々しい戦士になる。弱い自分を乗り越えて戦う姿は、見ていて胸が痛い。
しかし、私が最も心を奪われたのは、ひかるではなく——彼女をサポートするキャラクターだった。
”モーニングナイト”
彼は、ひかるたちを影から支える謎の紳士。夜の闘いの中で颯爽と現れ、ヒロインたちの窮地を救い、格言めいた一言を残して去っていく。
モーニングコート——地球の礼装の一種——を纏い、「ナイト (騎士)」を名乗る。初めて見たとき、私はこう思った。
——朝なのか夜なのか、どっちだ。
モーニングコートは昼間の礼装だと学んだ。この国では省略してモーニングという。夜だと思ってたナイトは騎士のこと。この国の言語もややこしいが、このイングリッシュというものも、時折”K"を発音しないものがある。それはさておいて、このモーニングナイトという人は夜にしか現れない。劇中でも名前と実態の矛盾を指摘するキャラクターもいた。
しかし。
第十五話。ひかるが闇の幹部に追い詰められたとき、モーニングナイトが屋上から飛び降りて助けた。月光を背に、コートの裾をはためかせ、片手でひかるを抱きとめて——こう言った。
「恐れるな。夜は必ず明ける。そのとき、君を照らすのは——朝の光だ」
モーニングが朝で、ナイトが夜。夜の闘いを経て、朝の光をもたらす騎士——。
名前に、そんな意味が込められていたのか。
その瞬間から、評価が百八十度変わった。
第二十三話の決闘シーンでは画面に齧りつき、第三十八話の正体判明回では声を上げ、最終話のひかるとの別れでは号泣した。
モーニングナイト様。
臆病で泣き虫なひかるの傍に立ち続け、彼女が自分の力で立ち上がるのを見守る——。
私もトレーナーとして、候補生たちにそうありたい。
いや、正直に言おう。
私は——恋をしたのかもしれない。架空のキャラクターに。
——放課後。
「ミルちゃん! 今日の訓練なにすんの?」
翔子がいつもの調子で教室を飛び跳ねてきた。相変わらず机を越え、男子生徒を数人越えてきた。男子生徒はすっかり何も言わずもうなすがままだった。気のせいか、翔子から私までの直進方向に男子が並んでいるように見える。そんなことはさておき——。
「今日は実戦形式の訓練です。研修センターで使われている正規のプログラムを再現しました」
「おおっ、本格的!」
翔子と梵とともに学校を出た。校門の前では大学の講義が早く終わった睦が紙袋を提げて待っていた。
「ミルちゃーん、おつかれー。はい、差し入れー」
紙袋の中には、この星のパンと呼ばれる麦と酵母などで生地を作り、発酵させて焼いた食品がいくつか入っていた。
「あんパンやろ、クリームパンにカレーパン、メロンパンとクロワッサンもあるで〜。ミルちゃんどれがいい〜?」
さまざまなアレンジが施されている。それにしても、四人なのに何個用意したんだろう。
クロワッサン、まるで三日月の形をしている。ムーンブレイカーズでもひかるが食べていた。ある国の言葉で、三日月を意味することも知った。ここは当然……
「……クロワッサンで」
四人で拠点に向かう道中、翔子が突然歌い出した。
「♪〜月の光に照らされて〜♪」
心臓が跳ねた。ムーンブレイカーズの主題歌だ。
「あっ、それ懐かしいなぁ〜!」
睦が反応した。
「ムッちゃんも見てたもんね」
「そやで、小学生のとき見てたわ〜。♪〜闇を切り裂く五つの光〜♪」
二人がサビを合わせて歌い始めた。声はそこそこ大きい。通行人が振り返る。
私は——少しだけ、口角が上がりそうになった。
この曲を知っている。全五十二話分で流れたオープニングとエンディング。しっかり暗記している。一緒に歌えてしまう。口がサビの歌詞の形に動きかけている。危ない。
必死で表情を引き締めた。今この会話の輪の中に入ることは許されない。トレーナーが候補生に、ヒロイン研究だと講じて、アニメに夢中になっていたと知られるわけにはいかない。
「ムーンブレイカーズって変身ヒロインの元祖なんよ〜」
「へえ、そうなんですか。今度見てみますね」
全五十二話、視聴済みだ。
拠点の地下、バーチャル・トレーニング・ルーム。
今日の訓練内容は、研修センターの正規プログラム。私自身も研修時代に何度もこなしたシナリオだ。
仮想空間に市街地フィールドが構築される。ビル群、路地、広場。あちこちにターゲットが配置されている。
「ルールを説明します。フィールド内のターゲットを突破しながら前進し、最奥にいる最終ターゲットが持っているアイテムを奪取してスタート地点に戻る。三人での制限時間は十五分。研修センターの合格タイムは十分です」
「へへっ余裕だね!」
翔子が腕を回した。
「油断してはいけません。ターゲットは正確に攻撃をしてきます。攻撃を受けると、ダメージが蓄積します。そしてダメージが一定値を超えると、仮想空間上で『戦闘不能』になります。仮想空間なので実際のケガはありませんが、全員がデッドになったらそのラウンドは終了です」
「え〜死ぬの!?」
「仮想空間上での話ですよ。用意はいいですか? では——開始」
一回目。
翔子が真っ先に飛び出した。最短距離でターゲットに突っ込んでいく。翔子は調子よく二体撃破。
「ちょろいちょろい!」
「翔子さん! 目立ちすぎです。加勢が来ますよ——」
翔子は聞いていない。三体目のターゲットの攻撃を正面から受け、四体目に背後を取られ——デッド。開始四十秒。
「やられちゃった……」
「だから言ったでしょう……」
睦はバリアを張っていたが、翔子がさっさと言ってしまったので動けずにいた。
「ひゃっ……! いっぱい来たっ……!」
そして孤立した睦に五体のターゲットが集中する。梵が後方から光線銃で二体を撃破したが、残り三体に睦が攻撃され——デッド。開始一分十秒。
前衛が二人ともデッドになったため、ターゲットが一斉に梵に向かってきた。
「オーマイガー」
梵は全てのターゲットに接近され、抵抗することなく——デッド。開始二分。
「全滅です。早すぎます!」
三人が仮想空間のスタート地点に復活した。
「くっそぉ!もう一回!」
二回目。翔子はさすがに少し慎重になった——。一体目、二体目のターゲットを撃破し、さっき三体目に攻撃を受けたあたりで待ち伏せた。しかし、三体目はさっきとは違う方向から現れ、攻撃を受けた。そして、四体目にとどめをされ——デッド。
「なんで、さっきと違うところから出てくんの〜?」
「あの、ゲームじゃないんで……」
三回目。翔子は前方を睦にバリアを展開させ、前方から来るターゲットの攻撃を凌ぎつつ、自分は仮想デバイスを形成し、一気にターゲットを飛び越えようと考えた。しかし、もたもたしている間にも前方のターゲットは増え続け、攻撃が凌ぎきれなくなり、挙げ句の果てに後方で梵がターゲットによって連れ去られてしまう。
「あぁっ!ボンちゃ〜〜ん!」
梵を追いかけるが、結局待ち伏せした何体ものターゲットに囲まれた。ターゲットにはめられた翔子と睦。もろとも総攻撃を受けてデッド。
四回目。五回目。六回目。
全滅。全滅。全滅。
「なんでなんで!? ターゲット自体は強くないよね!」
翔子が苦情を言ってきた。
「個別の戦闘力の問題ではありません。これには状況分析と連携が——」
「ミルちゃーん、あたしどうしたらええの〜?」
睦が泣きそうだ。六回デッドすれば泣きたくもなるだろう。ここはトレーナーとして私の出番と言ったところだ。
「いいですか、ターゲットは何もないところから現れるわけではありません。決まったところに潜んでいます。」
私はとりあえず、センターで学んだことを三人に伝えようとした。
「まずは状況を確認しましょう。向こうからしたらこちらは侵入者なわけです。まずはターゲットに見つからぬよう、ターゲットがどこに何体いるか把握するために偵察しなくてはいけません。ツールで索敵ができます。そして目的地へ近づきながらターゲットを見つけ出して、なるべく一体ずつ破壊します。彼らは数が多くなると連携を組んで攻撃してきますから、数を減らすことで、最終ターゲットに近づきやすくなりますし、帰り道の確保がしやすくなるんです」
的確な指示だ。これで三人とも少しでもヒントを掴んで、前身してくれればいい。あとは要所でサポートしていけば……
「非効率」
梵が、静かに言った。
「え?」
「提案ある」
梵は光線銃をくるりと回しながら、私に背を向けて翔子と睦の前に立った。九歳の子に指示される高校生と大学生——。百二十五センチの体が、妙に頼もしい。
「まず、隊列を組む。先頭にサル子、次にムツ、最後に私」
「ふふ、やっぱりあたしが先陣を切らなきゃだね!」
「うん、サル子は前に進むことしか能がないから、前に進めばいい」
「それって褒めてんのかな?」
「で、サル子。最終ターゲットだけを見て。途中のターゲットは無視して。攻撃は避けてかわして走り抜けて」
「えっ、敵倒さなくていいの?」
「倒さない。走るだけ。いつもやってることと同じように」
翔子の目が変わった。「走る」と言われたら、この子のスイッチが入る。
「ムツ」
「は、はい〜?」
「サル子の後を、少し間を開けてバリアで援護しながら追いかけて。そして合図したら、その場で倒れ込んで。ポーズは——こう」
梵が両手を広げて仰向けに倒れるポーズを取ってみせた。
「え〜……? なんでそのポーズ〜?」
「いいから。信じて」
睦が困惑しているが、梵の目は真剣だった。
「あと、私は最後尾から走る。合図のタイミングは私が決める」
「……梵さん、何を考えているのですか?」
「見てればわかる」
七回目。開始。
翔子が走り出した。今度は出てくるターゲットには突っ込まない。左右から飛んでくる攻撃を、パルクールさながらの動きでかわしていく。跳ぶ、滑る、転がる、壁を蹴る——時にはターゲットを飛び越える。目の前の敵を倒したい衝動を堪え、ただ前へ。
翔子の後ろを、睦が走る。距離を保ちながら。翔子が避けたターゲットは睦に照準を変えて向かってくるが、バリアで弾きながら進む。梵は最後尾。時折、睦のバリアをすり抜けたターゲットを攻撃しながら、ツールで索敵をしている。
翔子がフィールドの中盤を過ぎた。翔子の目には最終ターゲットの姿が映っている。梵は、ツールで周囲に潜んでいたターゲットが一斉にこちらに向かって動き出すのを確認した。
「ムツ——今!」
梵が叫んだ。
睦が指示通り、その場で前方に足を向けて倒れ込んだ。両手を広げ、仰向けに——。
その瞬間、梵が光線銃を構えた。拡大機能。
ビームが睦に命中した。
「えっ——」
睦の体が膨張した。二メートル、三メートル、五メートル——。
「ひゃああああああ!!」
巨大化した睦が、フィールドの中央に仰向けに倒れ込んだ。両手を広げたその体が、通路を埋め尽くす。
周囲からやってきたターゲットが、巨大な体に次々と潰された。左右のビル間に挟まった巨大な睦の体が、壁のように立ちはだかり、周囲から集まってきたターゲットの進路を完全に遮断した。
「な、なにこれぇぇぇ!?」
睦の悲鳴が仮想空間に響き渡った。巨大化した声は、さらに大きい。
しかし——翔子が向かう通路は開けた。
翔子が走る。巨大化した睦の股の間を真っ直ぐ最終ターゲットに向かって——。
他のターゲットは巨体の向こう側で全て睦に潰されたか、睦の体で遮断されている。
「いやや〜、ちくちくする〜〜ん!」
進路を塞がれたターゲットが睦の体に攻撃をしているようだ。しかし巨大化した睦のスーツは装甲に厚みをもたらし、睦にダメージはない。
翔子は最終ターゲットの前に到達。見事そのターゲットを撃破し、アイテム奪取。
「ゲット!!」
翔子がアイテムを掴んで反転した。帰り道——フィールドの中央には巨大化した睦がまだ横たわっている。ターゲットは翔子に近づくことができない。
翔子は巨大な睦の足元から体の上を走り、お腹のあたりでぼよんと跳ねた。
「やわらかっ!」
「ひゃっ……! くすぐったいぃ……!」
巨大化してもくすぐったいらしい。
翔子はさらにさらに巨大化した睦の胸の上に到達すると、トランポリンの要領でゴール地点へ飛んだ。
「あはん〜」
睦が艶やかな声を上げた。なんですかその声は!?
そして、翔子がゴール地点に着地。梵が時間を確認した。
「……四分十二秒」
研修センターの合格タイムは十分。それを大幅に——大幅に上回った。
「う、うそでしょう……!?」
私は呆然とした。
「あ……あの、梵さん……」
「なに?」
「これは……研修センターの正規プログラムです。つまり、研修センターの歴代のトレーナーたちが、正攻法でクリアしてきた訓練です」
「うん」
「それを、巨大化した睦さんで通路をふさいで突破するというのは——」
「この方が効率的」
「効率の問題ではなく! ある程度の制約がある中で、一つずつ問題を解決していかないと訓練にはなりませんよ!」
「でもクリアした」
「クリアはしましたけど!」
「タイムも更新した」
「確かに……そうですけど……」
「早く元に戻してぇやぁ〜〜」
巨大化した睦がフィールドの真ん中で横たわったまま、うるうるしている。巨大な目に巨大な涙が浮かんでいる。
「あ、はい! 梵さん、元に戻してあげてください」
「……縮小は光線銃の効果リセット機能で」
梵が光線銃を操作し、睦が元のサイズに戻った。睦はよろよろと立ち上がり、自分の体を確認した。
「……もういやや〜……」
「ムッちゃんのおっぱいやわらかかった! トランポリンみたい! めっちゃ跳んだ!」
「それ褒めてへんからな〜!?」
やっぱり、こいつらなんかヒロインじゃない。
心の中で叫んだ。でも、声には出さなかった。四分十二秒という数字は驚異的だった。
訓練を終えて地上に戻った。四人でパンを食べた。翔子はカレーパンを選んだ。
「ボンちゃん、クリームパンでしょ?」
「……うん」
「はい!」
梵は、カスタードクリームが好物らしい。クリームパンを黙々と食べていた。
「ムツはやっぱりメロンパン?」
梵は明らかに睦の胸を見ながら言っていた。
「どういう意味やろか〜?」
睦は苦笑いしながらメロンパンを頬張った。
パンを食べながら、翔子が切り出した。
「ねーミルちゃん、こないだムッちゃんと話してたプリンセスキュートとムーンブレイカーズぜひ見てね」
「あ、はい、さっきも言いましたが、地球のアニメはまだ詳しくありませんので。いつか見てみますね」
プリキュー全四十八話、ムンブレ全五十二話、視聴済みだ。
「ミルちゃん見たら絶対ハマるって〜。ムーンブレイカーズにはモーニングナイト様っていうキャラがおってな〜、めっちゃかっこええねん〜」
睦が目を輝かせている。
「モーニングナイト……ですか」
はい、知っています。そうれはもう、名場面は全て暗記しているほどに。
「うちの推しはルナプリンセスやけどな〜、モーニングナイト様は別格やもんな〜」
ルナプリンセスはクールな印象だ。睦はかっこいい女性が好きなのだろうか。モーニングナイト様については同意。
「せやけど、モーニングナイト様の宿敵、プリンスブラックもなんかこう、素敵なんよなぁ〜」
プリンスブラックは、主人公ひかるを執拗に狙った悪役だ。確かに容姿はカッコよかった。……モーニングナイト様を最後まで苦しめた憎っくき存在。
「そうでしょうか?」
「え?」
「あ、いえ、なんでもありません」
あぶないあぶない、思わず本音が出そうになってしまった。
「あたしはリーダーのひかるが好き! ドジなのに頑張るとこが!」
ドジで臆病で泣き虫なひかるが好きだという翔子。翔子自身はドジだが臆病でも泣き虫でもない。真逆だからこそ惹かれるのだろうか。
「ミルちゃんが見たら、きっとモーニングナイト様推しになると思うわ〜。ミルちゃんと同じポジションやもん〜。ヒロインをサポートする人〜」
睦の何気ない言葉が、胸に刺さった。
モーニングナイト様はヒロインをサポートする紳士。私はヒロインをサポートするトレーナー。
確かに、立場が似ている。
だが、決定的に違う点がある。モーニングナイト様は颯爽と現れ、的確に助け、格好いい台詞を残して去る。私は指示を無視され、振り回され、巨大化した候補生の胸がトランポリンになるのを見せられている。
私はモーニングナイト様などにはなれない。
「私は……紳士でも、しっかりしたサポーターでもありません。むしろ……みなさんと同じです……」
「ミルちゃんはミルちゃんでええやん〜。ミルちゃんにはミルちゃんの良さがあるって〜」
「……どこですか」
「いっしょにいておもしろいとこ〜」
おもしろい。
おもしろい!?
それは褒めているのだろうか。褒めてはいない気がする。というか、「おもしろい」はトレーナーとして最も不要な評価ではないか。頼りになるとか、かっこいいとか、そういう方向の言葉はないのか!
「あたしはミルちゃんの方が好きだよ〜。モーニングナイトってかっこいいけどさ、いつも最後に来て美味しいとこだけ持ってくじゃん。ミルちゃんは最初からいるし」
翔子の言葉は雑だが、たまに核心を突く。
「……サル子が正しい」
梵がクリームパンを食べ終えて言った。
「そのお助けキャラは物語のスパイスにすぎない。物語を動かしているのはヒロインたち。ミルティナさんは私たちといっしょにいる人」
九歳に文芸批評された。
しかし——嬉しかった。
候補生たちが帰った後、私は自室のベッドに倒れ込んだ。
今日も振り回された。訓練は想定外の方法でクリアされ、自分のトレーナーとしての存在意義を疑い、好きになったアニメの話を必死で隠し通した。
疲れた。
……でも。
端末を開いた。
検索窓に打ち込む。”モーニングナイト 名場面集”。
動画が表示された。地球のファンが編集した、モーニングナイト様の登場シーン集。サムネイルには月光を背にコートをはためかせる彼の姿。
再生。
第五話の初登場シーン。屋上から飛び降り、ひかるを片腕で受け止め——。
「恐れるな」
画面の中のモーニングナイト様が、低い声で言った。
「……モーニングナイト様……」
ベッドの上で端末を抱え、布団を顎まで引き上げ、目だけを画面に向けている。トレーナーの威厳はどこにもない。
第十五話の名台詞。第二十三話の決闘。第三十一話のひかるを庇うシーン——。
「かっこいい……」
小さく呟いた。声に出してしまった。
思わず赤面してしまった。この姿を候補生たちに見られでもしたら、トレーナーとしての信頼が根底から崩壊する。
動画が終わった。次の動画が自動再生される。”モーニングナイト 決め台詞まとめ【全話】”。
……もう一本だけ。
もう一本だけ見たら寝よう。
通信デバイスが震えた。ダルマイヤック。
「ニャンデーレ君」
「は、はいっ!?」
ベッドから飛び起きた。端末を慌てて裏返す。画面にはモーニングナイトのアップが映っている。見られた? いやいや通話だけだから慌てる必要はない。
「まだ起きているのか。明日も学校だろう」
「……少し、研究を」
「このところ地球の動画配信サイトへのアクセスが増えているな。しかし、エンターテイメント系のサイトだ。研究と言うにはさすがに無理があるな」
バレている。センターにアクセスログは筒抜けだった。顔が熱い。暗い部屋で一人で顔が真っ赤になっている。
「い、いえ! あ、あれはトレーナーとして地球のヒロイン文化を——」
「ニャンデーレ君」
「はい」
「推し活は程々にしろ。明日の訓練に支障が出る」
「おしかつ……?」
「地球の用語だ。好きなキャラクターなんかに情熱を注ぐ行為を指す。君は今まさにそれをしているんじゃないのか?」
推し活。また一つ、地球の言葉を覚えてしまった。
「……了解しました。寝ます」
「ああ。おやすみ」
通信が切れた。
珍しく、穏やかな声だった。
端末を閉じ——ようとして、一瞬だけ画面を見た。モーニングナイト様のスクリーンショットが壁紙に設定されている。さっき自分で設定したのだった。自然と顔が綻んだ。いかん……これは重症だ。
……明日から、もう少し真面目にトレーナーをやろう。
モーニングナイト……のように、颯爽と——は無理でも。
あの子たちといっしょにいる人として。
目を閉じた。
すぐに寝落ちした。
開いたままの端末の画面には、自動再生された次の動画が流れ続けていた。
”モーニングナイト様と過ごす癒しの一時間【作業用BGM】”……。




